【お題:異文化交流、カルチャーショック】




【お題:異文化交流、カルチャーショック】



 彼女は目をむいた。目の前の相手が、自分の作った料理を手掴みで食べだしたからだ。果物ならまだわかるが手を伸ばした先の皿の上に乗っていたのは竜肉と季節の野菜の香辛料炒めである。

「……あの、貴方、これを……」

 差し出したフォークを一瞥し、竜肉の欠片を指で挟んだ青年はもぐもぐと咀嚼しながら汚れていない方の手をひらひら振った。必要ないということだろうか。

「……それでは、此方をどうぞ」

 言って、今度は清潔な麻の布巾を差し出したが、彼はちらりと見ただけで、また手をひらひらと振った。これも必要ないということなのだろうか。

 彼女は思う。何処から来たのだろうか、先ずはそれが気になった。褐色の濃い肌は高地に生える木イオクスのような色、目の色は濃い緑に彩られた縁が美しい金混じりの翠、筋肉がしっかり付いた健康そうな身体……服装は至極簡素で、麻のズボンを足首と腰で縛り、その上に色とりどりの糸で刺繍が入った丈夫そうな腰巻を。幾何学的縁取りに何らかの肉食生物が糸で描かれており、素晴らしく見応えがある。そして、上半身には着古した草食竜の革をなめして作ったであろう、マントを素肌に……腹部がちらりと見えているから素肌で間違いない筈だ。髪は何と見事な銀灰色で、長く艶のあるそれを編んで後ろに垂らしている。

 そして、酒場の皆が振り返るくらいには整った、中性的な顔立ちだ。だが、古くから存在する丈夫な石畳が有名な百万都市国家ヒューロア・ラライナには、これくらいの美形など、そこらを見渡せば幾らでも歩いている。街角に掲げられる街頭モニターにも街で選ばれた見目麗しい俳優やらが幾らでも映る時代だ。

 ヒューロア・ラライナの人々は総じて素朴な格好をしている。大陸中部、荒れた地にある大都市は暑く、樹木は殆ど育たない王国である。そういう土地などは誰もが欲しがらないので、この都市国家は意外と広い。しかし、ここに都市があるからこそ大陸の東西間貿易が損なわれずに上手く機能しているのだ。遥か昔はただの小さな村だったが、水使いが石畳と水路を整備し、荘厳且つ何処か素朴で潤いのある街を作り上げたのだ。その水使いのおかげで人の集まる大都市になった。子孫は未だ王家を継いではいるが、善き政治は石畳が敷かれた頃から民に任せている。大陸横断鉄道が開通してからは更に豊かさが増し贅沢品は増えたが、それでも都市の住民は古来からの堅実さと素朴さを確りとその血に流しており、そしてあたたかく、親切だった。

 ところで、彼は喋らない。ただ一心不乱に料理を頬張って咀嚼している。粗野で野性的な何かを彼女は感じ、思うのだ。ただ、醸し出している雰囲気がこの国のものではないだけで、こんなにも際立つとは。

「竜ってこんなに美味しいんだね。いっつも乗ってるだけだからわかんなかった!」

 と、男性にしては思いの外高い声が飛んできた。

「ね、お姉さん! 美味しかったよ、ありがとう! やっぱりこのヒューロア・ラライナが、一番人があったかい所だね、暑いけど!」

「えっ……ああ、どういたしまして」

 元気な声に、彼女が言いながら振り返れば、満面の可愛らしい笑み。ちらり、とマントの隙間から見えたのは柔な膨らみで――

「お、女の子だったの!?」

「あれっ、私のこと、何だと思ってたの? 男じゃないよ! 皆間違うんだ、私はただ南の砂漠から来た旅の女なだけなんだけどなあ……」

 彼――否、彼女はマントを脱ぎ捨てた――上は何も着ていない。

 ……酒場にいた男の幾人かが鼻から血を噴いた。後の者は目をむいた。



『石畳の街より愛を込めて』

統一グラマスカ歴1212年、8の月/大陸中部ヒューロア・ラライナ王国首都、酒場にて

2012.11.4


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