【お題:朽ちるもの】
落ちる朝露は積もった貴方の穢れを綺麗に流すでしょう
優しい西風が森の木の葉を撫でて子守唄を奏でています
色とりどりに舞う花弁はその身体を美しく彩るでしょう
貴方の傍に芽を出した双葉がきっと善き友人になります
もうこれ以上心配することは何もありません
さあ 安心してお眠りなさい 我が愛しきほしの子よ
おやすみなさい ゆっくり おやすみなさい
この果てなく深い世界に生まれた貴方
愛土に抱かれ世界へ還りなさい
苦しむことも喜ぶこともない魂の向こうに再生を夢見て
その柔らかく香る肉は獣達の血肉となって大地を満たし
朽ちる骨はやがて蒼く豊かな森へと変わることでしょう
よく泣いていた貴方に似合う花をひとつ捧げますね
有難う 対のひと
うつくしい貴方の涙が大好きでした
「……さよなら、メルポメノン」
彼は呟いて、微笑んだ。イェーリュフ族の喜劇役者に涙は似合わないからだ。
死ぬという概念のなかった彼らにとっての、初の死者だった。原因は人間、殺されたのだ。何でもかんでも悲しいと捉えていた友にとって、他人の手でその生を奪われるということはどれだけ悲しいことなのだろうか、考えてみたりはするけれども彼にはわからない。喜劇役者タレイオスには理解出来ない。この世は面白おかしく馬鹿馬鹿しく、そして愛しいものであるからだ。別に、彼を殺めた者については何とも思っていない。何れ来る終わりを受け入れられぬ愚かで短命な人間のしでかした下らないことなのだ。そして、彼一人いなくなっても世界は廻り続ける。
メルポメノンとは何故か気が合った、と彼は思っている。正反対の考え方であるにも関らず、気付けば互いの存在が心地好くて、結構な時を一緒に過ごしていた。お互いの身体も知っていた、それはこの二千年にも及ぶ付き合いの中では必然であったと思っている。
エルフィネレリア、午後の陽の光に照らされてきらきらと宝石の如く輝く海の見える墓地には両手の指で数えられるほどしか墓がない。それも、イェーリュフ族以外の種族の者の墓ばかりだ。メルポメノン、悲劇役者にして深き声の謳い手は初めて一族の墓地に死者として入った者であった。
「喜ばしいじゃないか、君。イェーリュフ族初の墓地持ちだよ、それに……ポリュムノンに碑文を刻んで貰えるなんて羨ましいな」
彼はくすくす笑いながら紅いシャゲの花を添えた白石に話しかける。紅や黄金に染まった木の葉がひらひらと舞い落ち、切り出されたばかりの白石を彩っていく。そうか、自分達は死ぬのか、死ねるのか。タレイオスは思った。次は誰だろう、そう考えた。自分かもしれない。
「……うん、君は、僕達に教えてくれた。僕達は、僕達でさえも、何れいなくなる。だからこそ、こうやってここに立っていることって、素晴らしくて――」
喜劇役者は持っていた杖についている鈴をちりり、と鳴らした。
「――君なら悲しいって言うんだろうね」
知ってるよ、などと呟けば、一陣の風がさらりさらりと色付いた木の葉を揺らし舞い上げて、彼を撫でた。
『泣き虫の鎮魂歌』
統一グラマスカ歴56年、10の月/エルフィネレリア、墓地にて
2012.11.2
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