【お題:机、真っ赤、重なる紙】
「ルイ」
やわらかい年末の夕刻の光が、実習棟の西の大きな窓の向こう、森のずっと向こうから差し込んでくる。行儀が悪い事は知っている。制服のローブを着たままブーツも脱がずに足を椅子に掛けて机に腰掛けていた彼は、よく知っている声が名を呼んだ、その方向を振り返った。
「……ミーナ」
「行こう、ルイ」
そう言って誘う、彼女の赤金色の髪が夕日に照らされて見事な美しい赤に染まっている。優しい眼差しは茜色の雲がたなびく東の空のようだ。
ローダ教授の整理のし忘れだろうか、戸棚から竜皮紙の紙の束がはみ出ている。幾重にも重なったそれは開けた窓から吹き込む風に微かな音を立てながらひらひらと揺れていた。目を凝らしてみるとそれが下の学年で行われたであろう年末筆記試験の束だということに気が付いた、新シルダ歴917年12の月と小さく今年の判が押されているのが読める。あの教授は忙しいエルフだから、仕方ないのかもしれない。
「……ここともお別れだな」
ルイはぼそりと呟いた。彼女がすぐ隣まで歩いてきたのが音と気配でわかった。
「そうね……色んな事があった」
「ドラゴンを拾う、ドラゴンと知り合う、2人目の父親が出来る、学院を守る、エルフの笛を折る……全部学院で起こったことだけど、いや、普通の学院生は絶対にこんなこと経験しないさ」
ついうっかり苦笑が漏れ、彼は軽く声を上げて笑った。ミーナも何処か呆れたような、それでいて懐かしむような愛しむような笑い声を立て、次いでこんなことを言うのだ。
「……でも貴方はよくやったわ、素晴らしかった。あたしはそんなルイの傍に居られてよかった」
「……ありがとう、ミネルヴァ」
夕日の色に染まるレファントの森から目を離し、彼はまた笑って右手を伸ばし、隣に来た彼女の頬を至極優しく撫でる。鼻梁のすぐ横から、涙袋の下の柔らかく弾むすべらかな頬を親指でなぞり、耳まで。ふと見える、華奢だと思っていた相手の腕は思ったよりしっかりとしていて、ラ=レファンス術力研究所の大きな書類を大量に抱えていた。
ミーナが擽ったそうにはにかんで、頷いた。
「どういたしまして、ルキウス……そして、これからも宜しくね」
彼女の腕の中にある重なった竜皮紙がかさかさと音を立てる。彼は、蒼い色をした猫のような形の目の中に自身の姿――黒髪に鳶色の目、火、水、風、土、光、闇の6つ全ての力を操るラル・ラ・イーの末裔だ――を一瞬捉え、そっと目を閉じた。自身の唇に柔らかな口付けが落とされる。
自分のような伴侶を持つことで、彼女は大きな苦労を背負うだろう、と彼は強く思うのだ。ルイは昨年の数々の騒動や事件について言及し、これからもこのようなことが沢山あるだろうとこの1年間で何度も言ったが、ミネルヴァ・アルフィはだからどうしたの一点張りだった。それは私が貴方から離れる理由にはならない。
水の力を使いこなすのが下手だった彼女は最後の1年で何をどうやったのか、めきめきとその腕を磨き、集中力と精神力を鍛え、卒業する水使い達を遥かに凌ぐ優秀な成績を修め、術力研究所の研究員に抜擢された。
唇が離れた。沈んだ太陽の光の残滓の中で、頬を真っ赤に染めながらも、ミーナはまた微笑んだ。机の上に座ったまま、ルイもその美しい笑顔につられて微笑んだ。彼は、大陸においてドラゴン達との交流と関係修復を父親から任されていた。
2人は次の年、1の月からも、レファントの森に留まる。
『いとし君と共に』
新シルダ歴917年、12の月/ラ=レファンス魔法学院、実習棟にて
2012.10.30
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