【お題:空、空の手、もげた羽根】
彼は木々の間から空を仰ぎ見る。本島は今日も快晴で、白い雲が眩しい。
立ち止まった場所で、ぐい、と片方だけの翼を伸ばした。ちらりと目に入るその羽根の色は昇りたての朝日のような美しい黄金の如く、木漏れ日に反射してきらり、光るのは虹色の光沢。これで一対の完璧な翼であったなら、アクリア一族において大変な名誉を受けたであろう……彼も、両親も。極稀に誕生する黄金の、猛禽――彼ら一族の言葉でアクリアという――の翼を持つ飛天人はしかし、片方しか翼を有していなかった。
「……メルイック」
遠く東に見える点は白い海鳥の翼、メルイック一族が空を舞っている。恐らく街の番人が巡回しているのだろう。彼は飛べなかった。飛ぶことの出来るものが羨ましかった。抜けるような青空に、白い雲はまるで、おいで、と言わんばかりにその柔らかそうな手を差し伸べて、向かってくる。飛びたい。
しかし彼は飛べない。
アクリアもメルイックも普通、片翼の者を生かしてはおかない。何故なら彼らは大空を舞う種族であるからだ。何故なら彼らはそれを吉兆とは捉えないからだ。飛べぬものは凶兆であった。しかし彼が生きているのは、その翼の色故であった。
小鳥が、詩を歌いながらぱたぱたと飛んできて、彼の肩にとまった。つぶらな黒い瞳、彼と同じ黄金色のとさか、虹色の羽毛に覆われた美しい身体。森に棲むこの小さな生き物は、彼が本島の火山でしか採れない小さな木の実を沢山所有していて、それを恵んでくれることを知っている。
そう、彼は飛べぬかわりに、森を駆ける狩人となった。飛ぶ者以上に、森と共に生き、森を知った。時には彼らを狩り、喰らい、己の血肉とした。その奥深くに棲む者と縄張りを争い、一線を引いた。彼は森の一部であった。
「欲しいのかい、ほら」
彼は腰に下げた袋から小さな木の実を手に取り出して、肩の上の客人に差し出す。否、客人は此方かもしれない。彼は元々この森にいたわけではないのだから。彼は吉兆と凶兆を共に抱いて生まれてきたのだ。アクリアの者達は扱いに頭を悩ませ、彼は好奇の目に晒された。30歳、人間の2倍の寿命に半分の速度の老い。しかし、30年は長かった。彼は彼の種族として孤独でいることを選び、それは結果的に擦れた心を癒した。彼は今40歳だった。
小鳥が木の実をつつく。彼は優しい笑みを浮かべて、それを見る。
「……食べ終わったら、行くといい」
そうして僕のぶんまで舞って、空を。小さく呟いて、再び彼は空を仰ぎ見る。雲は相変わらず、手招くが如く、深い青空に張り出してきていた。
『地を行く猛禽、飛べぬ空を仰ぎ見る』
新シルダ歴700年代/フライアスヘヴン、北西の森にて
2012.10.29
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