第19話 再会

「お主の活躍の程は、城内で聞いた。江口五兵衛(光清)殿など激賞しておったぞ。負傷は気がかりだが、深手でもないようで何よりであった。まあ、急いで田舎に帰る必要もなかろう。しばし山形でゆるりと致せ」

 山寺参詣の警護役を勤め上げた某に秀綱は、労いの言葉をかけてくれた。本来ならばすぐにでも帰るところだが、某は秀綱の言葉に甘え、しばらく滞在しようと思った。

 ふと、同じ山形にいれば、花輪にまた会えるような気がしたのだ。山犬の一件以来、某は花輪という侍女の存在が気になっていた。

 ――だが、某の如き田舎武者と北ノ方様の侍女では身分が違う――

 斯様なことはわかっていたが、どうしようもなかった。悶々とした思いを抱きながら、留守中に届いた指鍋村からの文を開いた。

 ――おや、華蔵からではないのか――

 文は珍しく華蔵とともに舘に仕える市蔵からだった。どうやら華蔵が体調を崩したようだと書いている。湯沢城の件以来、華蔵は舘に住み込みで働いてくれている。だからわかったのだが、華蔵は少し体が弱いようで、月に一度くらい、具合が悪そうにしていることがある。たまに寝込んだりすることもあった。それがまた出たのだろうか。少し心配になったが、そのような時こそ華蔵はいつも以上に仕事をこなそうとしてしまう。

――某がいない方が、ゆるりと過ごせるやも知れぬな――

 某は、山犬の一件を文に認めるのと合わせて華蔵に少し楽に過ごすように命じる文を送った。


 次の日、某は山形で立った市に出かけてみた。

市は指鍋村から近い真室川でも立つが、山形はやはり規模が違う。庄内・米沢・越後など諸国の商人が集い、連日祭りのようであった。

「お武家様、奥方へのご入用ですか」

 ふと女物の櫛に目を落とすと、商人が声を掛けてきた。慌てて店を撥ねるように後にした。その隣に古着を売っていた。何着かの古着を手にとって、華蔵への土産にしようと考えた。

 散々迷って代金を払い市を後にしようとすると、某の前を歩く六、七歳と思われる女童が、気になった。見ると女童は辺りを窺いながら、半分ほど泣きそうになり、歩いている。

 ――迷子になったに相違ない――

 幼子が迷子になれば大声を上げて泣くであろう。しかし、女童は泣き声を上げていない。ゆえに、周りも気付かない。

 ――他人前(ひとまえ)では泣くなと躾けられているのかのう。健気(けなげ)じゃ――

 某は女童に前に回り込み、しゃがんで話し掛けた。

「迷子か。親御様とはぐれたのであろう。一緒に探すのを手伝おう」

 某が笑顔で話し掛けたが、女童は驚き、声も出ない風であった。

「安心致せ。某は、鳥海勘兵衛。其方の親御様をともに探そうではないか」

 重ねて優しい声色で語り掛けたが、女童は、小さな風呂敷包みを胸に抱いたまま、微動だにしなかった。

 ――これでは、埒が明かぬな――

 某は女童を目立たせて、注意を引かねばならないと思った。

「すまぬ。動くなよ。しっかり某の頭に掴まっておれよ」

 そう言って、某は女童を強引に肩に乗せた。

「誰か、この子の親御様を知らぬか。どうやらはぐれたようじゃ」

 某は大きな声を出して、人混みに呼び掛け続けた。

 ――お武家様が女の子を乗せて、親を探している――

 某と女童のことは市に来た人の口から口に伝わった。すると、周りの商人や女たちが、めいめいで迷子の親を探す声を上げ始めた。

「彩、彩」

 四半刻ほど経ったころだ。背後から、嗄れた女の声が聞こえた。某は声のする方に向きを変えた。女童も声の主を認めたようだった。

「姉様、姉様」

 女童が肩の上で叫びながら跳ね降りようとした。某は、しゃがんで女童を地に下ろした。

 彩と呼ばれた女童は、声の主の許に走っていった。女の胸に飛び込むと、安堵したのだろう。ようやく涙を流し始めた。

「あのお侍様に助けてもらったの」

 彩が一息ついて話したので、女は頷いて立ち上がった。某は、女の顔を認めた。驚きを禁じ得なかった。

「ああ、花輪殿ではござらぬか。勘兵衛にござる。覚えておいでか」

「勘兵衛様……、どうしてここへ」

 まさかと諦めていた再会の願いが、急に現実になった。だが、その場になると、某は、それ以上の言葉が出なくなった。

 それは花輪も、同じらしい。言葉が継げないようで、妙な間が生じた。

「其方(そなた)の妹であったか、見つかって、よかったの」

 沈黙を破るべく、某は先に声を発した。どこか白々しいのを自分でも感じる。

「人買いに連れられたかと思い、必死に探しておりました。お礼を申し上げまする」

 花輪は深く頭を下げて、礼を述べた。だが、それ以上は話が弾まなかった。さりとて、そのまま別れることもできないままであった。

「姉様、あのお侍様きっとお腹がすいているんだよ。だって、ずっと一緒に姉様を探してくれたんだもの」

「まあ、そうでしたか。忝のう存じます。あの、よろしかったらお礼に何か差し上げたいと存じますので、一緒に参ってくだされ」

――そんなお心遣いは無用にござる――

言葉が出かけたが、某はその言葉を飲んだ。彩が熱心に誘ってくれたこともあるが、この機を逃したら花輪に二度と会えない気がしたのだ。

「では、折角ですので。某が見られなかった山寺参詣の話などお聞かせくださいますか」

「お安い御用です。私に着いてきてくだされ」

 某が頷くと、花輪は彩の手を取って歩き出した。某は5歩ほど下がって、花輪に従った。

 

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