第7話 小野寺の将として

「では、豊前守殿や越前守殿によしなに……」

 孫七郎が頭を下げた。礼であり、早い帰陣を求める拒絶であった。

「なんで二人は逃げねえんです。犠牲が少ないほうがいいなら、自分たちも犠牲にならねえ算段、すべきではないのですか。助けをよこさない小野寺家に仕える義務もないでしょう」

 ――確かに華蔵の申す通りにしてほしい。だが、この方たちはそうはしない―― 華蔵の言は詮なきことに思えた。

「確かに。我らが一介の足軽であれば左様に振舞おう」

 孫七郎は、扇子で太腿を叩いた。弱弱しい音がした。孫作も気分を害した様子もない。

「だが、我らの伯父である八柏大和守こそが、小野寺家の軍制を整え、掟を定めた。掟に従い、我らは兵を鍛え、戦に臨んだ。ゆえに、掟に殉じなければならぬのだ」

 孫七郎の話を孫作が引き取った。

「兄上の話は難しくていかん。某は、小さき話をしよう。明日に最期を迎える愚かな将の昔語。聞いてくれるか」

 某や華蔵の目に籠った想いを感じたか、孫作はゆっくりと語り始めた。

「谷柏大和守掟条々は、三十一ヶ条からなる。背いたものは、最悪、斬に処す。某は、ある戦で敵方の領内で米を盗んだ雑兵を斬り捨てた。『敵方の収穫前の稲を刈り取ってはならぬ』という掟に背いた。仕方がないと思っておった」

「厳しい掟でも守らねば、軍は纏まらぬもの。当然の処置かと」

「確かにそうだ。某は正しい対処をした。だがな……」

 この屈託にこそ孫作という武将の本質があると見て、某は話を続きを待った。

「某が斬った兵には、病の老親がいた。米を盗んだは、親に粥を食べさせたいからであったのだ。家は薬代で貧しくなっておってな。それなのに戦に駆り出し、あまつさえ斬に処せられたのだ。稼ぎ手を失った家は、老親が死に、妻は倒れ、子は売られていった。皆、後から知ったことだがな」

 目を鬱ぎがちにして、孫作は沈黙した。

 一軍を率いる将になれば、雑兵を手違いで斬首しても、意に介さぬ者もいる。だが、孫作は違う。人一倍情に厚く、傷つきやすいのだ。

「兵に掟に殉じよと命じたならば、某も掟に殉じねばならぬ」

「高潔すぎる。もっと器用に生きる方法もあるはずでござる」

 明日の戦は、孫作は間違いなく死ぬまで戦う。いくら豪将でも、三千を越える兵を相手に、いつまでも戦えない。

 ――この方を殺したくない――

 だが、某の想いを、孫作は言下に否定した。

「できぬ。某が掟を守らせ、逃げるを許さず、敵に向かえといった兵は何千とおる。敵に向かえというは、死ねというも同じ。いざ、死地に臨んで、某だけが生を貪るつもりは微塵もない」

 議論であれば、説得すればよい。感情であれば、揺さぶればよい。しかし、生き方だけは、変えられない。某は、目の前の孫作を見詰めるしかできなかった。気付くと、涙が流れていた。

「すまぬな、勘兵衛殿。某はこれまでに多くの小野寺の兵を死なせた。ゆえに、最期まで小野寺の武将として、わかりやすく死なせてくれ。先に死んだ者たちに、六道の辻にて言い訳するは面倒なのでな」

 孫作の決意は固い。某は頷いて、退き返すしかなかった。



 

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