第6話 皮肉
「わが娘の名は、山吹と申す。某に似て、色が白いと評判であった。だが、気性は母を受け継いでしまってのう。行動力があるというのか……。ちと思慮に欠けるというのか……」
「気持ちが先に立つのでござろうか」
某の助け船を孫作は手を叩いて、肯定した。
「正しくその通りじゃ。ゆえに驚くことに、さっさと好きな男を連れてきおった。さて、どれほどの男かと思うたが、会うてみると、なかなか実直な男であった。そなたのようにのう」
急に話を振られ、某は少々狼狽した。
それをみた孫七郎は笑いをこらえられずに吹き出していた。孫作も、心なしか楽しげに見える。ただ、某は出汁にされた感じがして、少し面白くなかったが。
「全く融通が利かぬな。不器用な性格も、右兵衛に似ておる」
「右兵衛とは……」
――まさか……――
某は、心当たりの名ではないことを願った。
「ああ、其方は知らぬであろうな。申し訳ない。右兵衛とは、娘婿になるはずだった男の名だ。白鳥右兵衛と申す者であった」
――何という皮肉――
やはり、某が討ったとされる将だった。背後を振り返ると、華蔵も目を見開いていた。一方、孫作は、そのような事実を知る由もなく話を続けた。
「右兵衛が、戦で院内に出ることになった。『武功を立てれば、山吹との仲を認めてやる』と戯言をいうてしもうてのう……」
白鳥右兵衛が、いかなる者なのかすら、某は知らなかった。単に貰い首をして、最上家の軍忠状に記しただけの相手である。その右兵衛の人柄を知ることになるという巡りあわせに何かの因縁を感じた。
「院内の戦の大将のであった横内喜平次が如きは、つまらぬ者よ。だが、喜平次が追い詰められた際、右兵衛は命を懸けて奴を守ったようじゃ。武功と引き換えなど、戯言を本気にしおって。馬鹿者が……」
――己が右兵衛の立場であったら……――
某は自問した。答は一つであった。
――同じく、寄騎を仰せつかった将を助けるであろう。むざむざ討たせる腑抜けと舅殿に思われたくはないはずだ――
「そうか。貴殿も右兵衛と同じ行動を取るか」
孫作は、某の想いを言い当てた。某は驚いき見返すと、孫作は笑っていた。
「貴殿は、心が分かりやすい。ゆえに、戦場では死ぬ恐れが高い。全くそのようなところまで似ておるとはのう。ゆえに……」
孫作は言葉を切った。笑みを湛えたままだ。間に右兵衛への想いが滲んでいた。
「ゆえに……」
誰もが言葉を発しない中、華蔵が端を切った。華蔵の言葉に刺激され、孫作が続けた。
「ゆえに、貴殿を討てぬのじゃ。右兵衛と刃を交えるようでな」
孫作が某へ向ける一種の優しさの根源は、右兵衛への想いなのだと知った。しかし、某はその右兵衛を討った者として、感状を賜っている。孫作の優しさを受ける資格が最もない男である。
「あの……」
――右兵衛殿を討ったとされるは、某でござる――
口の端まで言葉が出かかったが、とうとう言葉が出なかった。
「主・勘兵衛は、孫作様の想いに感極まり、言葉が出ませぬ。僭越ながら、主に代わって勘兵衛が下人・華蔵が申しあげます」
華蔵が、孫作に代わり言葉を発した。華蔵が武家に対する言葉遣いが十分にできることに驚き、目を見張った。
「許す。申せ」
孫作は華蔵に視線を移した。某は、華蔵を止めなかった。いや、立て続く驚きに止める気も起きなかった。
「主・勘兵衛は、豊前守様、越前守様から差し入れをせよと命じらてございます。我らが持参した酒肴をお納め下され。英気を養い、明日の戦、堂々と雌雄を決しましょう」
「されば、有り難く頂戴致す。犠牲を減らそうとの想いは、我等も同じ。たっては、明日まで搦手の包囲を解いて下され。勘兵衛殿、両大将に、確かに伝えて下されよ」
孫作の言葉に、某は戸惑った。某の不理解に気付いた孫七郎が、孫作に諭した。
「孫作。勘兵衛殿は何も知らされておらぬようじゃ。この酒肴が、我らに対しての鬼手であることにな」
「誠に……。勘兵衛殿は、知っていたら顔に出る。ゆえに、何も知らず、重要な役割を任されたのでござりましょう」
孫作は、某に笑みを向けた。華蔵に目をやると、華蔵も孫作たちの会話の意味が分かっていないようだった。
「勘兵衛殿も華蔵殿も腑に落ちておらぬようじゃな。されば、お教えいたそう。豊前守殿の鬼手にて、我ら死兵が敗れるわけを」
某は頷いた。この酒肴が鬼手になる理由を、あれほどの恐怖を感じさせた死兵が、なぜ瓦解するか知りたかった。
「死兵の肝は、意地と絶望である。意地は名誉。絶望は、生の諦めじゃ。わかるな」
某と華蔵はほぼ同時に頷いた。
「絶望の裏で、人は大なり小なり、心が渇く。何人も生への欲望は強い。また、戦では飢餓に陥る。腹も喉も渇く。心身ともに乾ききるまで、死兵は生まれぬ」
「多くは戦意を失いませぬか」
「失う。戦意なき者は去る。だが、中には己が英雄たらんとする者もおる。父は、夫は、いかに死したか語らせたいとの意地に憑かれた者が、望みなき戦に心を奮い立たせる」
「しかし、飢えを満たし、生への道を描かせれば……」
孫作は微笑みをもって、某の呟きを肯定した。
「左様。死兵は憑き物が落ち、瓦解する。人の心地を取り戻せば死兵は終わりよ。喉も心も潤えば、いかな豪傑でも命が惜しくなるものじゃ」
「では、わかった上で、酒肴を受け取ると……」
「いかなる戦であれ、犠牲が少ないに越したことはない。今日の戦である程度の意地は通した。明日、城内に残った者を全てを道連れにすることもあるまいと思うていたゆえ、豊前守殿の差し入れは我らにとって嬉しき救援。おかげで犬死が減る。敵味方ともにな」
安堵の笑顔で孫作は語った。
「孫作、この期に及んで、もう反対せぬ。酒肴を兵たちに勧めよ。仙北の酒に劣らぬ出羽の酒であるぞとな」
孫作が、下座の兵を走らせた。すぐに何人もやってきて酒肴を運んでいった。やがて、本丸奥にまで歓喜の声が響てきた。本丸でも宴が始まったようだ。
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