第4話 夕日

 警察は事件として捜査中、消防は瓦礫の中の遺体を捜索中……男性一人と言うのは、父さんのことだ。行方不明の三人の写真には僕も入っていて、それに母さんと、アズサの写真も。思い、出してきた。昨日、何があったのか。だけれど、昨日倒れたはずのあいつは、まだ見つかっていない。僕の家族を殺したあいつは……まだ、生きている……!


「ねえあのさぁ、聞いてる? もしもし、もしもーし!」


「殺してやる……」


「は?」


「っ!? い、いや! 何でもない、です」


 今僕は、なんて言った? 自分の口から出た言葉が、信じられない。僕は今、殺してやるって言ったのか? あの化け物を? ダメだ、そんなことは……

 何でダメなんだ? あいつは人間じゃない。ただの化け物だ。血を貪る、吸血鬼。害悪でしかない、死んで当然の奴なんだ。父さんと、母さんと、アズサを殺した……! そうだ、殺してやる。同じように、脇腹に穴をあけて、首を千切って蹴って遊んでから体の中に手を突っ込んで心臓を握りつぶしてやる! それで、それで……!


「雨宮君? 急にどうしたんだ? 一回落ち着いて、何があったのかを話してくれないか?」


「え? あ……すみません」


「いやいや、君にもいろいろあったんだろう。ゆっくりでいい、話してくれないか?」


 それから、僕は昨日会った出来事を話した。ヨシさんは、何度か考え込むしぐさをしたり、言葉に詰まった時は大丈夫かい? と言葉をかけてくれた。リエちゃんは、相変わらず度々こちらを睨むように見ては来るものの、言葉を遮られたりすることはなかった。途中何度か言葉につまり、頼んでお水をもらった。しかし、やはり僕の喉が潤うことはなかった。


「そう、か。家族を……辛いことを言わせてしまってすまない。それで……君はその男を憎んでいるのかな?」


 憎んでいるのか、だって? 答えは当然イエスだ。家族を、あんな無残に殺されたんだ。言葉で表現できないのが悲しいほど、憎くて、憎くて! 憎い!!!


「ええ、そう……でしょうね。今でもあの時を思い出すと……!」


「あいつは死んでもいい、そう思うかい?」


「っ! 当たり前だ! あんな人殺し、死んでしまえばいい! 人の生き血を吸う化け物め! あいつなんて、化け物なんてみんな、みんな! 死んでしまえばいいんだ!」


 狼男も、吸血鬼も、化け物共はいてもいいことなんてない。この世から、いなくなれ!


「っ! こいつ……!」


「やめろ、リエ。そんな事をしても何にもならない。雨宮君、君は、蚊は血を吸うからと言って血を吸わないオスの蚊まで殺すのか?」


「そんなの、どの蚊が刺さないかだなんて見ただけじゃわからないじゃないですか。所詮蚊は蚊。刺そうが刺すまいが、関係ありません」


「そうか……残念だよ。君は、僕らとは価値観が違うようだ。君にとっては、僕らも化け物。殺すべき存在なんだね」


 え? この人は、何を言って……!?

 冷たくなった目でこちらを見る、ヨシさんも。その横で、今にも飛び掛かって来そうなほど睨んでいるリエちゃんも。その目は血のように真っ赤に染まり、口の端に人間のそれとは違う鋭く長い犬歯があった。


「っ!? ば、化け物!」


 何が何だかわからない! 何が、何が起こってるんだ! この二人がまさか、吸血鬼!? ただの人間に、そう、見えたのに……!

 保健室から飛び出し、人気のない廊下をただただ走る。追って来ているかなんて見ている暇はない。今はただ、ここから逃げることだけを考えるんだ!

 無限に続いていると錯覚しそうな廊下をひた走り、滑り落ちる様に階段を一階へと降りていく。一階にたどり着くと、目の前の昇降口からは光が差し込んでいた。

 ここを出れば……!


「一応言っておいてあげる。やめといた方がいいよ」


 リエの声だ、しまった! 追いつかれた!? だけど、もうすぐ! あと、一歩!


「っつあ! あああぁぁ! 熱い、熱い! や、焼けるぅぅぅ!!!」


 何だ!? 身体中が熱い! 炎に飲み込まれたみたいだ! 熱が身体中を突き刺して、ひきつって、痛い! だめだ、し、死__!


「だから言ったってーのに、あーもう!」


 地面に倒れ、悶え、這いずりながら上を見上げた。傾いて空を真っ赤に染めた夕日が、僕を燃やし尽くさんとばかりに赤く、紅に揺らめいていた。

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蛾は蝶のように、月を求めて闇を舞う すけ。 @sukekunS

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