第3話 保健室

 なんだか、夢を見ていた気がする。とても嫌で、怖い夢だ。悲しくて、痛くて、辛い。内容はあんまり覚えていないけれど、もう二度と見たくないのは確かだ。


「……ぅ、ん?」


「あ、起きた」


 目を開けて見えたのは、知らない景色だった。白くて清潔な壁と天井、薬品の様な、独特のにおいが鼻を刺激する。視線を横へとずらすと、少しごちゃごちゃとした棚やデスクが。僕の横には、どうやら寝かされているのと同じような白いベットが置いてある。病院と言うよりは、保健室みたいだ。


「あんたどこ見てんの? そっちじゃなくてこっち」


 顎を掴まれ、ぐりんと振り向かされ引き寄せられる。視界の回転が収まり目に映ったのは、ちょっと怖い印象の女の子だった。ショートの黒い髪に、むすっとした仏頂面。歳は僕より少し下位だろうか。前髪を赤いピンでとめていて、笑えばきっと可愛いのだろうが。真一文字に結ばれた口も、射貫くような鋭い目線も全く笑っていない。


「ふん、間抜けな顔」


「うわっ」


 パッと手を離され、少しバランスを崩してしまった。掛けられていた毛布がずり落ち、僕は慌てて拾おうと身を起こして。


「……血?」


 僕が着ている制服、その胸の部分に大きな穴と、べったりと血の痕がついていた。

 なんで、血? そもそも僕は、なぜこんな知らない場所にいる? まさか、夢じゃなくて、あれが本当に……


「お? ああ君、起きたんだね!」


 部屋のドアが開き、誰かが入って来たのがなんとなくわかる。でも、今はそれどころじゃない。

 頭の中で夢の、いや違う。昨日の光景が何度もフラッシュバックしてくる! 父さん、母さん。化け物め……! 殺してやる、殺して……アズサ。アズサ、アズサ!


「うぷっ、おぇ……」


「な!? き、君! 大丈夫!?」


「ヨシさんの顔が気持ち悪かったんじゃないですか?」


「り、リエちゃん。その言い方はないんじゃないかな? そ、それよりもほら、ここに」


「う、うぇぇ……」


 何が何だかわからない。頭がごちゃ混ぜになって、気持ちが悪い。やめろ、もう見たくない。もう、こんな……!


*____*


「落ち着いた?」


「はい、あの……ご迷惑をおかけしてすみません……」


「いやいやいや! 別に迷惑だなんて思ってないよ! 落ち着いたなら、よかった」


 僕は、もらった水を一度喉に流し込んだ。何故だか、さっきから飲んでも飲んでも全くと言っていいほど喉が潤わない。おかしくなってしまったのだろうか?

 いやいやと首を振り目の前に座る、先程背中をさすって桶を持ってきてくれた男の人を見た。柔和な笑みを浮かべるこの人は、いい人そうだ。僕よりも十センチは背が高く、癖っ毛みたいな頭をわしゃわしゃと搔いている。


「僕は|青木良樹(あおきよしき)。皆からは、ヨシって呼ばれたりしてるよ。その子は今井理恵(いまいりえ)ちゃん。仏頂面してるけど怒ってるわけじゃないから気にしないでね? 本当は優しい子だから。君をここまで運んで来たのだって、リエちゃんなんだよ? ちゃんとお礼を言っておきな」


「っ! ヨシさん……!」


「あ、ありがとう……」


「何? 聞こえないんだけど、もっと大きな声で喋ったら?」


 この子は、僕に何か恨みでもあるんだろうか? さっきから親の仇って程睨んでくるんだけれど……


「大丈夫大丈夫、照れてるだけだから。気にしないでね」


「は、はい……」


「ヨシさん、怒りますよ?」


 やっぱり、ヨシさんと言う人とは対照的でこの子とは仲良くなれる気がしない。僕の苦手な部類に入る人、なのかもしれない。


「怖い怖い。ところで、君の名前は?」


「雨宮五木、です。あの。ここは……?」


「ふんふん、雨宮君ね。ここは東高校の旧校舎。その制服、君東高校の生徒だよね? なら大体は分かるんじゃないかな?」


 東高校と言えば、僕の通っている高校だ。旧校舎は今は使われてはいないが、本校舎とは近い位置にあり窓からも見ることができる。

 戻の外に目を移すと、夕暮れの日に照らされる本校舎を見ることができた。


「さて、雨宮君。今度は僕に質問させてもらってもいいかな? 君の身に昨日、何が起こったのかな?」


「それは……すみません、まだ記憶があいまいで」


「ああ! いいんだ別に、思い出したくないならそれで。嫌なことを聞いて悪かったね」


「ヨシさん、何そんなまどろっこしく聞いてるんですか? 普通に聞けばいいじゃないですか。これ、あんたの家でしょ? 昨日あんたの家で、何があったの?」


「これは……ネットニュース? 二丁目の民家全焼、男性一人の遺体発見、家族三人行方不明……っ!」


 それまで口をつぐんでいたリエと言う子が、ずっと弄っていたケータイの画面をこちらに向けて問い詰めて来た。その画面に映っていたのは、焼け跡となった我が家だった。

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