「冬」 7 映画『バードさんの日本旅行記』(12月25日)
雄一
翌日、朝食に昨日のケーキ作りの合間に煮豚の煮汁を使ってミフユが作ってくれたカレーシチューとバゲット、コーヒーをご馳走になると俺たちはミフユと一緒に家を出た。古城のおじさん、おばさんとミアキちゃんが玄関で盛大に見送ってくれた。
おじさんが駅まで送るよと言ってくれたけど、どうみてもみんな身体が重たいから散歩がてら歩いて行く事にしたのだ。
「お世話になりました。荷物はすいません。助かります」
おばさんは笑った。
「何言ってるの。運送便の会社の人に取りに来てもらうだけだから気にしないで。二人ともご両親にはよろしく伝えてね」
『はい』
と俺たち二人は答えた。
今日は三人で映画を観て、その後都内に出て遊んで夕食を食べてからバスタ新宿発のバスで帰る予定だった。
3人でJRに乗ると立川に向かった。立川にある映画館は音響が凄いという事で全国的に知られていた。俺も紘子も映画は2ヶ月に1回ぐらいは観に行くファンだったので是非行ってみたかったのだ。
「しかし、二人が見たい映画が『バードさんの日本旅行記』って長編アニメ映画だとは思わなかった」
「ん。冬ちゃんだって、ミアキちゃんの付き添いとかで見ない?」
「あの子、映画は案外お父さんと行く事が多いから。お父さんはミアキの海外ドラマ趣味気にしていて、同世代の子が見るアニメ映画見せようとするんだけどあの手この手でお父さんをだまくらかして、結局もう少し年齢層の上の映画見てるわ。この映画も希望リストに入っているみたい。私自身はアニメ映画はあんまり見ないけど、『バードさん』は大元の紀行文が好きだから気になってたよ」
「でもだいぶ改変しているらしいけどな。ミステリーシーン充実させたって監督がインタビューで言ってたし」
「そういう記事も読んだけどそんな事はないって噂もきくけどなあ」
あれ?作品に肩を持ってるなあ。なんでだろう?
紘子
立川駅を降りると冬ちゃんの先導でモノレール沿いにある映画館に着いた。あまり見ないという割りには迷いがない。チケットカウンターに並んで3人の席を取った。
「ラッキー。1階のスクリーンaだ。ここはスクリーンも音響も一番いいから期待していいよ」
私はふと不思議な感じがした。
「ねえ、冬ちゃん。なんか、詳しくない?」
「え、まあ、なんというか映画見る時はここにくる事が多いからさ」
どうやら、ミアキちゃんほどではないにしろ映画は見ているらしい。そして多分それはミアキちゃんには伏せておきたいんだなと察した。
「なんとなく、理由分かったわ」
「そういうのじゃないよ。ミアキだと年齢制限が入って見られない洋画とか見たがるから。それを見たと知ると結構うるさいのよね。なのでたまに内緒で見てて」
冬ちゃんでもそういう普通の姉妹、兄弟にあるような事あったんやね。なんかほっとした。
「中央に席取っているから早めに入っておこうよ」
冬ちゃんが先導して私達はスクリーンaへと向かった。
雄一
エンドロールが終わるとフッと部屋が明るくなった。周りの人達が席を立ち始めた。
「面白かったねえ」とミフユと紘子が口々に言っている。
中々面白かった。明治時代の日本を旅行する英国婦人の紀行文が元で改変がどうなるのかなと思っていた。
「俺、改変が日本と大英帝国の危機になりかねない機密文書を巡っての一大スペクタクル……とかになるかと見る前は想像してたわ」
「そうだよねえ。こんな丁寧な作りだと思わなかった」と紘子。
旅行中の物語の中でちょっとした不思議を入れて彼女が通訳として雇った日本人の青年と一緒に謎を解くというという趣向になっていて繊細な映像と音楽がそこにあった。
「実際にあんな光景だったんだろうなという描写がいいよね。そういう100年以上前の生活風景にも興味が沸いたなあ」
ミフユもいたく気に入ったようだった。
こういうのが面白いって言うんやろうと思う。また紘子と広島で見るかもしれないぐらいに良かった。
映画館の建物の外に出た。ミフユがニコニコして言った。
「じゃあさあ、オリジナルの『日本奥地紀行』の初版本を見に行く?」
イザベラ・バードの原作本の初版本が東洋文庫という博物館施設にあるのだという。
ミフユの奴、みんなが映画に納得できるかという所で伏せてたのかな。
JRの駅に行くと駅ビルの中にあるレストランでさっと昼食にした。そして中央特快に乗って新宿へと向かった。新宿駅で乗り換えて、また20分ほどで駒込駅に着いた。
3人で歩いて東洋文庫へ向かった。広い道路沿いに公園が広がっていた。
「こういう場所、結構残ってるんやねえ」
「都内には緑がある所は結構あるよ。町は変ってもこういう場所は残ってきたんだよね」
ミフユが今日の目玉について改めて説明してくれた。
「日本奥地紀行はUnbeaten Tracks in Japanというのが原題なんだけど、映画に合わせたのか展示されているっていうのは調べてたのよ。普段はここでは申請して受理されなかったら見られないからさ」
「冬ちゃん、よく調べてるねえ。実はもっと前から映画見てたんじゃない?」
紘子が鋭くツッコんでいた。ミフユが遂に認めた。
「実は封切りの週にあそこで見てました。言わないでごめん。ミアキが見たいって言い出していて、家じゃもう見たって言えなかったから」
「妹思いの冬ちゃんらしいけど、それなら連れて行ってあげたらいいのに」
「あの子、変に勘がいいからね。今日見て良かったからって言って連れて行くわ」
10分ほどで東洋文庫へ着いた。大きな正方形に近い感じのビルがそびえ立っていた。受付でチケットを買って入場した。
中には英国やフランスの貴族の邸宅にあるような書架があってモリソンという人が集めたというコレクションが展示されていた。
そして目玉はモリソン書庫の書架の一角に展示されていた。
「へえ。これが大元の原著なのか。1880年刊行ね。イラストが豊富なんやなあ」
「写真はまだまだの時代だから写生は大事だったんじゃないのかな」
「写真の印刷技術ってあったのかな。イラストの線画がすごい緻密だね。それにしてもこれって聖地巡礼ってやつになるのかな?」
「あ、たしかに」
「ロケ地訪問じゃないけど、これが起点だろうからそう考えていいと思うけどな」
紘子
他の展示も見終わると山手線の駅に戻って新宿に戻った。陽子ちゃんの所へ行く時刻にはまだ時間があったので冬ちゃんのリクエストで新宿の紀伊國屋書店本店に行った。
「冬ちゃんって本当に本が好きやねえ」
「定期的に見ていたら色々と発見があるからね。買わなくても行くようにしている」
店内では各自で見て回る事にして30分後に1階の茶寮コーナーに集合する事にして別れた。参考書のコーナーに行って英語など見ていたら雄一くんが隣に立った。
「真面目やなあ」
「後で小説とか見るけどね。この手の本はそう広島と変んない感じはする。そういうあんたこそ大丈夫なん?」
「大丈夫やないなあ。自分が何者かなんてわからんし。分かってる奴が羨ましいなあと思うよ」
「その考えで行けば、冬ちゃんは何者であろうとしたいかは分かってるみたい」
「昨日の夜の話か」
「うん。あの子の本棚、海の職業とか知識に関する本が多かったから聞いたらそうだって言われた。夏休みに冬ちゃんとミアキちゃんが神戸に立ち寄ってるでしょ。冬ちゃんはそこで自分が何者でありたいかは知ったみたい」
「そうなんやなあ。俺にも夢はあるけど仕事についてそこまで確信を持てるのは羨ましいなってこんな事言ってたらダメか……」
そう言うと雄一くんは他を見てくるわと言って私から離れていった。
私は英語の参考書を買って、気になっていた専門書のコーナーを見て回ってから集合場所に戻った。二人もほどなくやってきて抹茶シェイクを飲んで一休み。
「良さそうな英語の参考書があったから買ったわ」と私。
「俺はノンフィクションの本にしたわ。ちょっと気になっているテーマでその最前線の人達に話を聞いているのは参考になるし」と雄一くん。
「戦果ががあったようで良かったね」と微笑む冬ちゃん。
冬ちゃんも書店のビニール袋を持っているのにねえ。
「ん?冬ちゃんも買ってるよね、その袋」
「え、これは」
よくよく聞いてみたら『バードさんの日本旅行記』の公式ガイド本だった。これはこれは。思った以上にのめり込んでるんやねえ。でも、それ、ミアキちゃんに見つかったらどうする気だろう?
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