「冬」 3 ミアキちゃんの「ドナ・ドナ」唄(12月24日)

紘子(承前)


 24日土曜日の朝7時。冬ちゃんが起きて着替え始めた所で目覚めた。

「ゆっくりしてなよ。朝食の用意が出来たら起こすから」

とは言われたものの、負けてられないと思って「えいや」と起き出すと洗面所で身支度して着替えて1階に降りた。キッチンでは一家総出で朝の用意をしていた。

「おはようございます。手伝います!」

といったものの、

「手は足りてるから大丈夫。それよりそろそろ雄一くん、起きているか見てきてくれるかい」

とおじさんに言われてしまった。客間のドアを開けると雄一くんも流石に起きていて大慌てで着替え終わった所だった。

「出遅れた」

「っていうかこの家の人、気合い入っているから手遅れ。この後挽回するしかないかなあ」

と告げておいた。私も人の事は言えないけど、雄一くんに教える必要はないかな。


 朝食はバゲットに野菜サラダとベーコンエッグにコーヒーだった。どうやらおじさんがベーコンエッグを絶妙に焼き上げ、野菜サラダとドレッシングを冬ちゃんが作り、おばさんがコーヒーを淹れて、バゲットを切ってトーストしつつお皿をミアキちゃんが並べたらしい。この家の家事はほんとうに分担が徹底している。

「コーヒーとっても美味しい」

と思わず言ってしまった。何故か古城家の春海さん以外の人達の眼差しがきびしくなった。あのミアキちゃんまでそれは触れちゃダメという顔をしている。

「でしょう。お湯の加減とか注ぎ方とか研究しているからね。これは守雄さんもミフユも覚える気がないみたいだから私がやってるのよ」

 ああ、余計な何かを踏んでしまったらしい。

「お母さん、私がヤカンをを持てる年齢になったらお母さんの淹れ方を教えてもらうからもう少し待ってね」

とミアキちゃん。ナイスフォロー。他の二人が安堵の表情。

 すかさず雄一くんが話の軌道を変えようとした。

「このフランスパン、皮がパリッとしていて美味しいです」

「神戸発祥のパン屋さんが東京にも進出していてね。ここのパンは大好きだったから僕か春海さんが帰りに買うようにしているんだ。ストックはあるから遠慮せずどんどん食べてね」

 古城家の人は本質的に食べ物に対する執念が違うんやねえと思う。呉のチセお婆ちゃんはそこまで拘らない感じだけど、この差異はおじさんの方の由来なんだろうか。

 朝食を終え、後片付けをみんなで済ませるとリビングに食卓と椅子をそちらに移動させた。そして別に折り畳んであった料理用の机を引き出した。

 その後、冬ちゃんを中心に高校生三人でこの日のホームパーティーの打ち合わせに入った。クリスマスなので冬ちゃんの友達も呼んで盛り上がろうという企画。おじさん、おばさんとミアキちゃんは小学校のクリスマス会に行くとの事なので私達だけでやる事になった。

「今日、呼んでいるのはクラスメイトの委員長、名前は日向肇くんと別のクラスのやっぱり委員長の三重陽子ちゃんの二人」

「男女?ひょっとして付き合ってる?」

と私は聞いた。

「うん。良い子達だよ。日向くんが陽子ちゃんと付き合えている事は学校の学年の七不思議に入ってるけどね。前期の生徒自治会執行部最大の失態扱いしている男子生徒もいたっけ。そのせいか分からないけど原因になったっていう副会長は今期の会長選落ちちゃったし」

いやあ、何故生徒自治会の失態扱いなのかさっぱり分からないけど、ミフユの相手がいないのってどうなのよ?というと、

「これ、プロムじゃないよ。いいじゃない、そんなの」

「プロムって?」

「アメリカの高校のダンスパーティー。男女カップルで参加しなきゃいけないってアメリカの高校生が出てくる映画ではたまに出てくるよ」

いやあ、それってミアキちゃんの領域の話では?さすがに知らないわよ。

 冬ちゃんの話だと二人も手料理を持ってくる事になっているという。で、冬ちゃんがおじさんの指導を受けて(「お菓子作りも上手い。計量で決して手を抜かないから」とは冬ちゃん談)ケーキを焼くという。ここまでは事前確定していた。そして私達も共同または単独で料理してねというのが事前オーダーとしてメッセが飛んできていた。

「俺、刺身作るわ」

「えっ。そんなの出来るん」

「釣りには行くからな。親父に仕込まれた。自分の釣ったものは自分でさばけってね」

「知らなかったわあ」

「チセ婆ちゃん家も紘子の家も俺のさばいた魚食べてるけどなあ。呉で何回か親父のお裾分けと言って持っていった魚の中には俺のも入ってたから」

「えええっ」

雄一くんの意外な一面を知った気がする。

「だから、魚は買いに行きたいけどお店を知らないのが問題やなあ」

「それならいい解決策があるわ。ミアキ、ちょっと来てくれる?」

冬ちゃんはミアキちゃんを呼んだ。ミアキちゃんがパタパタと駆けてきた。

「呼んだ?お姉ちゃん」

「重要なお仕事が出来たの。ミアキにしか出来ない事。雄一くんを近所のお魚売っているお店に案内してあげて」

「いいよ。どんな魚見たいか言ってくれたら、その魚を扱ってそうなお店に連れて行くから」

「頼むね。雄一くんが出かける前に声かけるから」

「わかったぁ!」

というとミアキちゃんはまたパタパタ駆けていった。元気やねえ。

それにしても雄一くんがまさか料理の強敵だったとは。冬ちゃんにもとより勝てる気はしてなかったけど誤算。対抗するには何が良いかしらん。

敵は魚なら、そう、私は肉、肉よ。

「じゃあ、私は煮豚作るわ。この家なら圧力鍋もあるよね」

「あるよ」

「じゃあ、貸してくれる?……それで決定。私も買い物行かなきゃ」

「お肉屋さんもミアキが知っているから、雄一くんと紘子ちゃんと一緒に行ってきて。私はお父さんとケーキの格闘をするわ」


雄一


 ミアキちゃんを呼ぶと厚着の上で紘子と三人で買い物に出かけた。

「雄一お兄ちゃんはどんな魚が欲しいの?」

「イカ、サンマ、アジかな」

「了解。紘子お姉ちゃんは?」

「豚肉のブロック肉やけど、いいお店ある?」

「大丈夫だと思うよ。じゃ、ついて来て」

そういうとミアキちゃんが私達を先導して町を歩き始めた。

「ミアキちゃん、お店はどうやって覚えたの?」

「お姉ちゃんやお父さん、お母さんと夕食の材料買いに一緒に行く時に覚えた」

 英才教育は材料から、って感じかな。

 この町、丘の上を切り開いて出来たようだけど新興住宅地にありがちなわかりやすい区画になっておらず道が入り組んでいる。ミアキちゃんはそんな中を目的地への最短経路一直線で歩いて行く。

 お魚屋さんは駅の近くにある個人商店のお店に連れて行かれた。冷蔵庫があって魚が並んでいるという今のスーパーじゃお目にかかれない光景のお店だった。

「お魚屋さんはここがいいかなあ。こんにちは!」

「いらっしゃい。何を今日は探しているかな。お嬢ちゃん」

「えーと。このお兄ちゃんの案内なんだ」

「分かった。あんちゃん、何が欲しいの?」

「刺身にするんですが、イカとサンマ、アジでいいのありますか?」

「あるよ」

ということで魚を見せてくれた。

「一杯ずつ貰えますか」

「刺身にしなくていい?」

「いいです。俺、やれますから」

「よし、勉強しておくよ」

と言われて思ったより安い金額で買えた。自分でやると言ったのが良かったらしい。


紘子


 雄一くんの買い物が終わったけど、ミアキちゃんがこの界隈のお店知り尽くしているんだろうなあという事がよく分かった。春海さんの研究者気質あたり影響があるのだろうか。

「紘子お姉ちゃんのお肉、お肉」

ものすごく誤解されそうな歌を歌いながらミアキちゃんが先を歩いて行く。

まるでドナドナの気分。

「ミアキちゃん。その歌詞だと誤解を招くから止めて欲しいなあ」

「あ、ごめんなさい。じゃあ歌詞を変えるね。紘子お姉ちゃんの料理のお肉、料理のお肉……」

結局歌うんかい、なんてツッコミを心の中でいれながら今度はショッピングモール内にある個人商店に連れて行かれた。

「こんにちは!」

「いらっしゃい。ミアキちゃん」

「今日はお姉ちゃんの友達が料理するのでその材料を買いに来ました」

という事であとは私が交渉しなさいという事らしい。

「煮豚作ろうと思うんですが」

「煮豚ね。部位はどこがいいかな」

「肩ロース、ブロックであります?」

「もちろん、あるよ」

見せてもらったら良さそうだったので塊で約1キログラムほど買った。流石にズシッとくる。

あとショッピングモール内のスーパーの生鮮食料品売り場に回って料理用の赤ワインを買った。

「お家にニンニクとかネギとか足りてるかな?」

「大丈夫だと思うよ。昨日、お母さんが買ってたのは見たし」

とミアキちゃん。じゃあ、料理用ワインだけでいいかな。量をたっぷり使うので流石に常備の料理酒を借用するのは気が引けるし。

「雄一くんも他に買い物大丈夫?」

と念のため確認した。

「あ、大根とか大葉欲しいなあ」

と言い出した。するとミアキちゃんが、

「刺身に添える分ぐらいなら冷蔵庫の野菜庫にあると思うから買わなくて大丈夫」

との助言が入った。私、ミアキちゃんのぐらいの歳の時、ここまで把握なんてしてなかったよ。

「ミアキちゃん、凄いねえ。お店の人と顔見知りだし」

「お父さん、お母さん、お姉ちゃんに教えてもらってるから。たまに一人で買い物頼まれる事もあるし。料理って見ていて面白いし早く包丁とか火とか自分で扱えるようになりたいけど、まだ背が足りないからダメって」

スマフォが振動したので見たら冬ちゃんからの電話だった。

「はい。紘子です」

「お買い物どう?ミアキ役に立ってる?」

「凄いねえ。もうバッチリ。こっちがいろいろ教えてもらってるわ」

「よかった。買い物まだ時間掛かる?」

「ちょうど終わったからこれから帰ろうかって言っていたところ」

「了解、了解。じゃ、30分ぐらいで戻ってくるよね」

「それぐらいで戻れると思う」

「じゃあ、お昼作って待ってるから」

電話を切ると二人に言った。

「ミフユから。30分ぐらいで帰ってくるよねって。お昼作って待ってるからって言われたわ」

「じゃあ、家に帰ろうか。お腹も空いてきたしなあ」

朝、結構遅かったのにねえ。結構歩いたからかしらんと思いつつ三人でまた別ルートでミアキちゃんが町の様子を紹介してくれながら家に戻った。

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