「冬」 2 行ってきました、浦安へ(12月23日)
紘子
8時40分過ぎにはアトラクションランドに到着した。今日は8時から開園だった。これに間に合うように来る時間のバスがなく、泣く泣く昨夜の高速バスになったのだった。出遅れ気味だけどまあ、仕方ないところか。これでも混雑はさほどでもないレベルらしい。さすがやねえと思いながら雄一くんを引っぱり回し、並んで、一緒に楽しんで、また並んだ。
夕方18時前には名残惜しかったけど駅へと向かった。ミフユたちの家には20時前には行くねと約束していたのだ。流石に雄一くんはホッとした表情。
「うん。面白かったな。こういう所と知った意味は大きい」
なんか遠い目してるなあ。
「本当に楽しめた?」
「そりゃ。もう。俺一人で来ようとか思わんけどな」
「さいですか」
「紘子と俺で次の機会があるならお互い大学生なってからやろうな。そもそも俺が一人で来るところやないとは思うわ。一緒に行った人が喜んでればそれでいい」
あ、また私と来る気はあるんだ。
冬ちゃんたちの川崎の家は小田急線の沿線の駅が近い。いつ着くか教えてくれたらお父さんと迎えに行くからと言われたので、電車乗ったらメッセで送るねと伝えていた。スマフォで経路検索すると乗り換え回数のバラツキが大きい。
二人でスマフォのディスプレイを見て眉をひそめてしまった。
「なんでこんなに経路があるのよ」
「せやな」
私達は流石に疲れていたので乗り換え回数の少ない東京駅経由を選んだ。これが楽なはずだった。
東京駅の地下は広かった。
「ごめん。雄一くん。こんな歩く羽目になるなんて」
「いや、仕方ないやろ。俺も乗換え回数少ない方が正解だと思うよ、普通は」
東京駅から東京メトロ千代田線大手町駅までまさか数百メートルもあるとは。そんなの知らないよという感じ。ミフユに相談したら良かったのかな。
ここからは1本で小田急沿線の冬ちゃん達の住む町の駅まで行ける。良かったあ。
紘子:最後の乗り換え完了しました。19時15分にそちらの駅に着きます。
ミフユ:OK。迎えに行くから。改札が2カ所あるので南口の方に来てね。改札の外で待ってる。
紘子:ありがと!
雄一
19時15分に無事、駅に到着した。南口改札の方へ向かうとミフユとミアキちゃんが改札の外で手を振って待っていてくれた。
「おつかれー。浦安は楽しめた?」
「うん。よかったよお。来た甲斐あった」
とミフユと紘子が同年代女子高生らしいトークに入った。
ミアキちゃんが俺の方に寄ってくるとじっと見上げて話しかけてきた。
「大変だったんじゃない?」
「何が?」
「だって、紘子お姉ちゃん、体力の限界まで予定入れてたんじゃない?」
俺は小声で言った。
「紘子にあんな緻密な計画能力があるとは知らんかったよ。ついてまわっただけやから、俺は気楽やったし」
「そのあたりお姉ちゃんと変らないのかなあ」
「ん?」
「私もお姉ちゃんに一度連れて行ってもらった事があったけど、どれだけ回れるか挑むのが大事って言われて、ランドを後にした時、とっても疲れたあと思った事があったから」
「そりゃ、同じ境遇やな。お姉ちゃんもそんな感じやったか。あそこは女性の行動を変えるのかなあ。まあ一緒に行く人は相手が喜んでるならそれでもええんやけどなあ」
「ふーん。何言っているか良く分かんないや」
「いや、今の話は分からなくていいから」
四人は駅のロータリーに止まってハザードランプを点滅させていたハイブリッドカーに案内された。運転席には古城のおじさんが乗っていて手を振っていた。
「雄一くんは助手席ね」
そうミフユに言われたので前の助手席のドアを開けて乗り込んだ。まずは古城のおじさんに挨拶した。
「ご無沙汰してます。おじさん。お世話になります」
「よく来たね。家は5分ぐらいだから……みんなシートベルトしたかい」
「はーい」と後ろから3人の声が聞こえた。俺もすぐシートベルトを締めた。それを見たおじさんはハザードランプを切るとすぐウィンカーをカチカチと音をさせて車をゆっくり走らせ始めた。
おじさんがバックミラーをちらっと見ながら尋ねた。
「浦安はどうだった?」
後ろから紘子が答えた。
「とっても良かったです。夢が一つ叶いました」
「ははは。それは良かったね」
古城のおじさんもどこか口調に虚ろさを感じる。その昔、ミフユかおばさんに振り回された口っぽい。そんな反応と見た。
車が家の前で止まった。
「みんな、降りていいよ。車庫に入れるから先に入ってなさい」
そうおじさんに言われたので俺たちは車から降りた。
ミアキちゃんが先に駆けていって玄関のドアを開けた。
「ただいまあ。お母さん、雄一くんと紘子ちゃんが来たよ」
「おじゃまします」
と俺と紘子が言いながら上がらせてもらった。
春海さんがキッチンから出てきて歓待してくれた。
「いらっしゃい。疲れたでしょ。すぐ夕食だからね。ミフユ、二人を部屋案内してあげなさい」
「了解。雄一くんはこの客間使って。紘子ちゃんは2階の私の部屋ね。先に運送便で送ってくれていた荷物は入れてあるから」
夕食は鍋料理をご馳走になった。魚は古城のおじさんがさばいたものなんだという。この家に来ると男も料理できないとダメだなあといつも実感する。またおじさんも楽しそうなのだ。この家の食卓の机が大きいのには驚いた。6人は座れる。お客さんが来た時はリビングに動かすのだという。
「たまに私が学生を呼んだり、守雄さんが会社の人連れて来たりするからね大きい机にしたのよ。こんなふうにみんなで鍋を囲むのって憧れるじゃない」とは春海さんの弁だった。
紘子
夕食後、古城家の人達は食器を洗って後片付け。私達も手伝いますと言ったけど「お客さんなんだからいいよ」と先に風呂に入ってと言われたので、雄一くんに先に行かせて、私は皿拭きを手伝った。
雄一くんは10分もせずにトレーナー姿で戻ってきて私を突いた。
「そんな事やと思ったわ。代わるから風呂ゆっくり入っておいで」
言葉に甘えて交代した。
30分ほどでお風呂からあがるともう片付けは終わっていた。冬ちゃんはミアキちゃんとお風呂に入るから先に寝ててと言われた。
冬ちゃんの部屋に行くと女の子らしいものってあまりおかない子やなあと改めて実感。熊のぬいぐるみがベッドにあるぐらいで、壁には荒天を行く帆船の絵のポスターが飾ってあった。勉強机の脇には背の高い本棚が2つ並んでいてぎっしり詰まっていた。お母さんが研究者、お父さんも通訳関係の仕事しているとか聞いているけど、そういう環境で育つとこんなに本を揃える子になるのかねえとか思ったりした。確かに昔から傍らには本が必ずある子なのだ。それがごく自然な事だと思っているのだろう。
どんな本があるのかしらと背表紙を見ると小説とか案外多いけど、海関係、造船から商船乗員や海洋学、法律の本も一角を占めていた。いろいろと興味を持ってるんやねえ。
マットレスの上に冬用布団が敷いてくれていたので、そこに寝転がった。私と冬ちゃんの関係はあの子のお祖母ちゃんのご近所さん以上のものではない。雄一くんの方が彼女と仲が良かった。なので彼女のお祖母ちゃんと雄一くんを通した関係だとも言える。別に嫌いじゃないし、彼女が呉に来たら一緒にお祭りに行ったりもしているけど、常に雄一くんが一緒だったな。雄一くんと彼女が話をしているとたまにイラッとする事がある。何故なのかよく分からない。
彼女が雄一くんを私よりは距離の近い友達としてしか見てないのは分かってるのだけどねえ。ほんと、何でだろう?なんて事を考えながら瞼を閉じた。
目が覚めた。部屋のドアが開くと冬ちゃんが入ってきた。
「ああ、さっぱりした」
時計を見たら23時前だった。
「冬ちゃん、ありがとうね。大元は私が浦安行きたいって話からだし」
彼女はベッドにストンと座ると笑った。
「何言ってるの。幼馴染みじゃない。こんなのたいした事ないって。それより紘子ちゃんと話できるのがうれしいかな。案外二人きりってないしさ」
「そうねえ。だいたいは雄一くんが一緒だものねえ」
「でも紘子ちゃんだってそれは嫌じゃないでしょ?」
「あいつの事は嫌いじゃないよ、勿論。私は一人っ子だし、あいつはお兄ちゃんみたいなものだしさ」
「ほんと、それだけ?こんな熱愛旅行しているのに?」
「あのねえ。あいつ、最初ビジネスホテルシングル2部屋で考えてたんだよ。それが佐呂間のおじさん、おばさんが聞いてすぐ春海さんに連絡入れたからこんな風になったんだけど」
「そりゃ、高校生二人っきりの旅行なんて普通ダメっていう親の方が多いし、紘子のお父さん、お母さんにも話して公認の健全な旅行で考えてたんでしょ。当然と言えば当然なんじゃない。むしろ同じ部屋で泊まるとか考えているならその方がどうかと思うよ」
「まあ、そうだったら張り倒してるけどさ」
「だよねえ。そういうところがちゃんとしているから雄一くんは信用出来るんだよね」
そして冬ちゃんがニッコリ笑ったんだけど、その後のリクエストでいやな予感がした。
「ねえ。写真見せてよ。ツーショットあるんでしょ」
そうきたか。仕方ない。充電させてもらっていたスマフォのケーブルを外した。
「こっち、座りなよ」
冬ちゃんがベッドの左隣を指さしたのでそこに座るとスマフォをアンロックして写真アプリをタッチした。冬ちゃんがニコニコしながら左手をさし出してきたので諦めてスマフォを渡した。猛獣に餌を与えている気分。彼女の指が画面をスクロールさせてタッチした。
「うわああ。熱愛発覚だね」
今朝のサービスエリアのツーショット写真を表示させてきた。こいつ、目敏い。
次に左フリックすると前の晩の夜のバスの前のツーショットも出てきた。
「こっちの紘子ちゃん、顔が真っ赤でかわいい」
「それはあいつがいきなり他の乗客に頼んで撮ってもらったから驚いたんだよ」
「それはごちそうさま」
冬ちゃんの指が画面をピンチアウトすると下へスクロール。アトラクションランドでの写真も見られた。
「おお。これはまた自撮りツーショットだ。やっぱ、熱愛じゃん」
そうしないとあいつが撮りたがらなかったのだ。その方が恥ずかしい目に遭うと分かってその後はアトラクションランドのキャストの人に頼んで撮ってもらったので普通だったりするんだけど、ほんと、こういうのは目敏く見つけるねえ。まいったわ。
「もう。勘弁してよね」
そういうと冬ちゃんからスマフォを取り上げた。
「ごめん。ちょっといじりすぎたかな」
そう彼女からは謝られた。
「もう遅いし、明日は明日で朝から準備とかいろいろあるから寝よ」
「分かった」
私はスマフォに充電ケーブルをつなぐと布団の中に潜り込んだ。それを確認すると彼女はリモコンで部屋の照明を消した。
「おやすみ、紘子ちゃん」
「おやすみ、冬ちゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます