「秋」 6 「取り替え子」事案

ミフユ(承前)


 教室に戻ると日向くんと岡本先生が台帳と売れたバザー品の管理票を見て確認をしていた。私はミアキにバザー品を見ていてというと二人のそばに行った。

「ありましたか?」

「売れてる」

そう日向くんが単刀直入に返してきた。岡本先生の話だと家で表紙が入れ替わってしまったらしい。そして奥さんが気付いて連絡して慌てて飛んできたのが先ほどの廊下のドタバタの理由だった。高い訳ではないが人からもらったプレゼントで思い入れのある初版本なんだという。

 販売済みの管理票はあった。きちんとオペレーションは守られていてそこまでは追う事が出来た。問題はそれを売った担当の生徒が誰かまでは分からない事。

「なんで誰が売ったのか分かるようにしておかないんだ」

そう岡本先生が言い出したけど、こんな追跡の必要性があるなんて考えてもいないし、後から言われてもあなたは担任でしょうに、気付けば指導すれば良い立場の人が何それ?と呆れてしまった。日向くんが怒りそうになっていたけど、目配せして止めた。今、何言ってもこの人には届かないだろう。

「これまでに当番で入ってもらった子たちに電話で確認してみます」

「頼むよ」という担任。

「電話、俺も手伝うよ」と日向くん。


 日向くんと私は分担して第1班から第4班までの子達に覚えがないかスマフォで電話して確認していった。岡本先生は憂鬱そうに落ち込んで座り込んでしまっている。

 その時、ミアキはというと当番のクラスメイト達とキャッキャッと何か話が盛り上がっていた。私の名前が出ているような気もするけど、変な事言ってないよね、ミアキ?


「古城です。澄山さん?ごめん。バザーで本を売った子を探しているんだけど。単行本で1冊だけ売れているものがあるんだけど、その本の販売対応した?した。その相手の人は知っている人?知らない。その人の服装とか髪型、年齢とか言える?うん。20歳ぐらいの女性。服装は、ちょっと待って」

一旦スマフォを耳から離した。

「岡本先生、書いて良い紙とペンを貸して下さい」

「あ、ああ」

岡本先生が自分の持っていた手帳を1枚破るとボールペンと一緒に差し出してきた。

それを奪うように受け取るとスマフォをハンズフリーモードにした。

「ミフユ、続けても良いかな?」

スマフォのスピーカーから対応したという第3班の澄山さんの声が流れた。

「ごめん。澄山さん。今、ハンズフリーモードにしたから。メモに書くから言って」

「えーっと、20歳ぐらいの女性。髪の毛はショートで中肉中背。クリーム色のワンピースだったよ」

「ありがとう。助かった!」

先生にスマフォを指さして何か言う事ありますよねと合図した。

「担任の岡本です。澄山さん、思い出してくれて助かったよ。ありがとう。手数掛けて悪かったね」

「あ、いえ。見つかるといいですね」

そう澄山さんが言うのを確認して電話を切った。


「よし、この買った人を探そう」と岡本先生が言い出した。

「でもどうやって探すんですか。闇雲に探してもダメだと思いますよ」

「……確かに。古城の言うとおりだな。すまん」

岡本先生も少し冷静になってきたようだった。

「岡本先生、本の中身が違うならちゃんとしたものと替えてもらうか、返金してもらいたがるんじゃないでしょうか。だから名乗り出てくるかも」

「古城、それはいい線だけど、知って買った可能性もあるよ。めくればどんな本か分かるはずだし、知ってその本を欲しがったのかも知れない。初版本ってコレクター気質の人は欲しがるだろうし」と日向くん。

「あ、それは考えから漏れてたわ」

私も考えが足りてなかった。


 ミアキたちの会話が再び聞こえてきた。どうも私の家での家事対応について話題が及んでいたらしい。

「で、お姉ちゃんが言うには世の中、お金で解決出来る事とお金では解決出来ない事がある。そしてお金で解決出来る事はだいたいは簡単な事なんだよって」

「へえ。ミフユって凄いなあ」

そう、予算という縛りが緩ければお金で解決した方が楽だし早いし品質も良いんだよってうちのクラスメイトはこの話の真意分かる子と分からない子はいるだろうなあと思っていたら、ひらめいた。


「岡本先生。解決策を思いつきましたけど何か人に喜ばれるプレゼントに出来るものって今すぐ用意できますか?」

「うーん。……図書カードならあるよ。5000円で未使用」

「いいですね。それ。使えます。それじゃあ、放送室に行きましょう」

日向くんも岡本先生も訳が分からず何をする気だという顔をしていた。

「後で説明します。時間が惜しいので先生、すぐ放送室へ行きましょう。私じゃ動かし切れないかも知れないですし。帰っていたら万事休す、手遅れですから」


 文化祭の日、放送委員会は各種イベント案内から迷子・落とし物の案内を中心に対応していた。イベント案内は事前にエントリーして欲しいと依頼が出ている。そして私が考えている事はそこに割り込みを意味した。説得する自信はないし、お願いするしかない。それには当事者たる先生本人が言うのが一番早いだろうと思った。

 ドアをノックすると「どうぞ」と言われたので開けて中に入った。中には2年生の放送委員長の加藤一樹先輩が制御卓に陣取っていた。日頃は昼の音楽番組放送のDJをやっている女子生徒。トークの内容から言うと辛口で厳しい人という印象がある。今日のアナウンサーは委員長の隣に座っている2年生の保阪学先輩が担当していた。

「1年A組の古城です。放送して欲しい事があるんですが」

「岡本先生も一緒ってどんな内容ですか?」

「うちのクラスでやっているバザーで売れた本の中で表紙と本体が違うものがあると分かったんです。その方に連絡をとって確認をしたいんですが、普通に案内しても気付きにくいと思うので懸賞に当選という形で案内をしたいんですが、確実に校内に告知しようと思ったら放送委員会に助けてもらうしかないのでお願いに来ました」

「そういう理由だとイベント告知にあたると思うのだけど、申請は?」

「してないです。本来はこんなお願いしなきゃならない事態は発生しない予定のものでしたから」

「例外ってトラブル招くんだよねえ」

分かります。

そこに先生が口を開いた。

「加藤、件の本は私が寄付したものなんだ。本来あってはならないような話だし、今なら間に合う可能性がある。君たちにとって面倒な話で申し訳ないが助けて欲しい。頼む」

そういうと岡本先生は頭を下げた。

「分かりました。そこまで言われるのなら仕方がない。引き受けます。古城さん、文案くれますか?」

加藤先輩がメモ帳とペンを差し出してきたので、さらっと読み上げて欲しい内容を書いて岡本先生に見てもらうと頷かれた。

「これでお願いします」

加藤先輩はさっと内容を確認して赤ペンで加除修正してアナウンス原稿に仕立てるとアナウンサーの保阪先輩に渡した。

「この内容だと15分ぐらい開けて3回は放送した方がいいよね」

「そうしてもらえると助かります」

「じゃあ、当選した方が来たらすぐ誰か連絡に寄越して下さい。後の放送はその時点で入らない訳だし」

「はい」

そういうと私と岡本先生は放送室を出てドアを閉める前に加藤先輩とアナウンサーの保阪先輩に頭を下げた。


 放送室を出ると岡本先生は職員室へ行くと言われた。

「放送委員会が困る事態になりかねない割り込みだから。放送委員会の顧問の先生に一言詫びを入れておく。図書カードを預けておくから先に戻っててくれ」

「分かりました。ただ本を買われた方の説得は先生がされないと」

「分かっている。すぐ戻るからその時は少し待ってもらってくれ。あそこの顧問はうるさい人ではないから筋さえ通しておけば時間は掛からないと思う」

「はい。分かりました」


ほどなく最初の告知が校内放送で流れた。

「1年A組バザーについてお知らせです。1年A組バザーで単行本版『塩の市』をお買い上げになったお客様、おめでとうございます。抽選で図書カード5000円相当に当選されましたので、校内におられましたらお手数ですが1年A組までお出で下さい。繰り返します、1年A組のバザーで……」


 私が教室に戻って10分ほどで岡本先生も教室に帰ってきた。どうやら大きな問題になる事はなく話は通ったらしい。

私と日向くん、岡本先生が雁首を揃えて本を買われた人が来ないかと待った。

「帰ってなきゃいいけど」と私。

「その時は諦める。古城、日向とクラスのみんなには申し訳ない。ここまでさせて悪かった。感謝している」と先生。

「まだ時間はありますよ。諦めるのは早い」と日向くん。

 結局3回目の放送の後、つまり1時間ほどして『塩の市』を買った女性が姿を見せた。幸いな事に帰っていなかったのだ。最大のウィークポイントだったけど、なんとか運は味方してくれたらしい。

 事情を説明されていた当番の子たちが盛大に歓迎して担任から図書カードを渡してもらい、その後で岡本先生が頭を下げて拝み倒して結局、岡本先生がもう5000円支払って買い戻しが成立した。岡本先生は受け取った本の表紙と中身を確かめるとホッとした顔をした。そしてお客さんがいない瞬間にみんなに感謝と謝罪の言葉を言うと教室を出て行った。


 教室の後ろで日向くんとバザーの後半戦の様子を見ながら話をした。第6班の子たちも忙しくなってきたのでミアキもこちらに来させた。

「お姉ちゃん。結局何があったの?」

「うちの担任の先生が家で本の表紙が入れ替わっていたものをそのままバザーに持って来ちゃった。そして売れた。先生がそれを取り戻そうとしたからアイデアを出して買い戻せるようにした」

「ふーん。本の表紙ってそんなに簡単に入れ替わるものなのかなあ」

「そうね。そもそも表紙が入れ替わっていて都合良く奥さんが気付いたっていうのが眉唾かな」

日向くんがえっという顔をした。

「でも表紙は確かに違っていたよな」

「表紙の入れ替えは確かにあった事で本当。でも、なんで今日、そんなに都合良く気付けるのかな。普通、表紙の入れ替わった本の事なんて読む時じゃないと気付かないよ。あと都合良く入れ替わる本を選ぶのも大変。ページ数と版型が近い本がないと無理。先生の自宅で、どの本が大事か知った上でその本に合わせて表紙を付け替えるとか誰がそんな事を出来る?先生の家族は奥さんだけだったはずだから、そこから考えれば奥さんが知って仕掛けた何かのシグナルなのかな」

日向くんはうなった。

「何の目的でそんな事を」

ミアキが言った。

「海外ミステリードラマなら、どこかに奥さんが来ていて見ている展開じゃない?」

「わざわざ?」という日向くん。

「だって、もし嫌がらせなら困っている所を見る事ぐらいしか楽しみはないんじゃない?突き詰めて考えればそれぐらいでしょ?」

とは言っておいた。

 下手するとあの買っていった女性が奥さんの知り合いで奥さんが買うように頼んでいた可能性すらあるけど、二人には毒が強すぎる話で証明も難しい事なので言うのは止めておいた。

「そんな夫婦喧嘩に俺たちは巻き込まれていたって事なのか?」

「実際、ふり返ってみるとバカバカしいね。ちゃんと話し合えばいいのに」

とミアキが総括した。そして、

「あの先生が奥さんとちゃんと話をせずにいたから怒ったんじゃない?今日、お姉ちゃんが私に『ぶんかさい』の事を隠していたのと似ている。でも、私は怒ってないよ。ちゃんと話は出来たし」

「こらあ。謝ったじゃない」

それにしても無駄に役立つミアキの灰色の脳。この子将来何者になる気かな。


 教室の外に背の高い女性がやって来て誰かを探していた。当番の子を呼び止めた。

「古城の母ですが、娘達はいますか?」


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