「秋」 5 ミアキと姉の楽しい文化祭探訪

ミフユ


 エンジンが掛かったのは第3班の12時過ぎからだった。この頃には常時5〜6人の人が教室内でバザー品を見ていて、5分に1人ぐらいが2,3点は買ってくれるようになっていた。私の当番交代の5分前、12時55分頃には日向くんが教室にやって来た。

「古城、引き継ぐから状況を教えて」

「54点ほど売れた。売上は14900円ぐらいかな。あ、今、服が売れたから15900円。オペレーションはマニュアルで問題なし。先生の寄付はみんな怒ったけど台帳登録と管理票は付けて並べておいたから。それぐらいかな」

「了解。じゃあ後はやっておくから。お疲れ様。陽子が来てくれって念押ししていたから。なんか指名競争とかやっていてとりあえず負けるのはイヤって言ってたから協力よろしく」

「なんだ。やっぱりキャバレーシステムそのものじゃない」

「んー。あいつに関してはホストだと思うよ。行けば分かる」

 さて、それならばクラスメイトの友達で手空きの子を呼んで一緒にいこうかなと思ってスマフォを取りだした。するとSNSメッセージの受信があり振動した。アンロックして内容を見た。


母:ミアキと一緒に行く計画は中止。っていうかミアキがいつもの推理を発動してそちらに行ってるから。あなたの所に行けって指示している。

母:あと仕事で緊急の打ち合わせがねじ込まれたのでそちらに着くのは15時ぐらいになりそう。その間、あの子とは一緒にいるようにしてくれる?ごめん。

ミフユ:了解。お母さん。じゃあ、遅くなるようならメッセ頂戴。

母:わかった。

 

 すると聞き慣れた声がタイミング良く聞こえた。

「古城ミフユはいますか?妹のミアキです」

大声で姉を呼ばわるミアキ。こら、見えてるでしょうが。

「じ、じゃあ、私はこれであがるね!」

そう日向くんと当番の子たちに言うと妹の手を引いて猛然と教室を飛び出した。後ろからは、

「あれ、古城の妹?」

「へえ。小学生の妹さんいるんだ。かわいい」

「あの子、古城の妹さんだったんだ」

などという声が聞こえて来た。


 廊下で歩きながら妹と話をした。

「あんたねえ。いきなり来ないの。お母さんが仕事が午前で終わったらあんたを連れて見に来るって話になってたのに。お母さん、大慌てで仕事が終わったらすぐこっちに来るって」

「そんなの知らないから分かんないよ」

泣きそうになる妹。頭を抱える私。確かにちゃんと言うべきだったのだろう。妹の目線にしゃがむと謝った。

「その点は悪かったわ。お父さんも仕事だしさ。お母さんの予定もちょっとはっきりしてなかったから。ごめんね」

「……うん」

「じゃあ、私の親友のところ行こうか。喫茶店なんだって。是非来てって誘われているから。多分ジュースとか飲めるよ」

「行こう!喫茶店ってなんだか面白そう」

いやあ、面白いかどうかは分かんないよ。うん。陽子ちゃんも日向くんもやけに変なシステムの話してるし。ひょっとしたらお化けとかホラーだったりもするしさ。


ミアキ


 お姉ちゃんの親友がやっているという模擬店にやってきた。1年E組という教室の名前の板が見える。なんだかすごく変な雰囲気になっていてお姉ちゃん共々「?」が頭を乱舞した。

「あそこに書いてあるなんとかマナーハウスって何?、お姉ちゃん」

「なんとかっていう部分は漢字で『中央高』って書いてある。言うまでもなくこの学校の名前ね。そしてマナーハウスというのはヨーロッパの中世にあった荘園、地方領主の家って意味だったはず。どうりで中世風な飾り付けしてるわけね」

 二人で恐る恐る中に入った。なんと執事&メイドカフェだった。受付にいたメイド・ルックの男子学生、ネームプレートに「のだ ともあき」とあった、が応対してくれた。

「いらっしゃいませ。お嬢様がた」

「1年A組の古城ですけど。三重さんをお願いします」

「はい。お嬢様。執事頭をご指名ですね。只今呼んで参りますのでお待ち下さい」

私は思わずつぶやいた。

「お姉ちゃん。何、あの人。怖い」

「頑張っているけど、あれじゃメイドというより冥土かな。なんでこんな事に?」

するとやって来た男装の執事の女性が言った。

「いや、面白いって言ってあげて。恐いとか言われたら彼の立つ瀬がないから」

「それは分かるけどねえ。陽子ちゃん、どういう基準で執事とメイド決めているの?」

お姉ちゃんの親友だという三重陽子さんだった。

「これ、お父さんの礼服を借りたんだ。似合う?」

クルリと回ってくれた。髪の毛はまとめていて残念。きっと長髪にしていたら髪の毛がふわっと肩の周りに浮いてきれいだっただろうな。きれいな人はどんな格好をしてもかっこいいや。

「似合ってる、似合っている。すごいねえ。ミアキ、この人がお友達の三重陽子さん。陽子ちゃん、この子が私の妹のミアキ」

「ミアキちゃん、初めまして。お姉ちゃんの親友の三重陽子です」

「姉がいつもお世話になってます。妹のミアキです」

私はそう言うと頭を下げた。

「うーん。冬ちゃんから話は聞いていたけどかわいいし、しっかりしているね。じゃあ、席に案内するね」

 陽子さんに窓際の席に案内された。机と椅子は当たり前ながら普通の教室のものだけど、机の上はクロスが掛けてあって砂糖壺が置いてあった。もう一人、男子生徒の執事が寄ってきて私達の椅子を引いてくれた。

「どうぞ、お嬢様がた。おかけ下さい」

 私は椅子に腰掛けながら執事とメイドの人達を見ていた。執事とメイドの逆転現象はかならずしも起きていない。そして奥の飲み物など準備するスペースには名前と星が書かれた模造紙が貼られていて、ちょうど星が2個書き足されていた。

「陽子さん、これってジャンケンとかで勝った人から順番に決めたんですか?」

「あら、誰かから聞いたの?」

「いいえ。灰色の脳で推理してみました。何か意図があって進んで先ほどののださんもやっているように見えましたし」

ちょっと自慢げにえへんと咳をしてみた。

「呼んだお客様の人数と人気投票で一番ポイントが高かった人に担任が学食のスペシャル定食の食券10枚贈呈してくれる事になって競争してるの。執事になるかメイドになるかはどう受けを狙うのかっていう本人の自由選択.。私は別に食券はいらないんだけど、負けるのは嫌いだから」

「人気投票と呼んだお客様の人数って同じような感じにならないですか?」

「そこに気付いたんだ。アンケートは呼んでくれた人は書いてはダメってしてあるから。この紙への記入よろしくね。ちなみにさっきの受付の彼はこの子だから」

そう言いながら用紙の中の名前「のだ ともあき」を指さした。

「あと二人も人気投票は私とは別の人を選んでね」

お姉ちゃんに後で聞いたら用紙に確かにそう説明があると教えてくれた。面白い事をやっているなあと思った。

「ところで、お嬢様がた、何を飲まれますか」と執事な陽子さん。

「じゃあ、私はコーヒーをホットで」とお姉ちゃん。

「オレンジジュースをお願いします、冷たいので」と私。

「かしこまりました。お嬢様がた。珈琲とオレンジジュースをすぐお持ち致しますので、しばらくお待ち下さい」

そういうと陽子さんは一旦下がっていった。


ミフユ


 陽子ちゃんがコーヒーとオレンジジュースを持ってきてくれると次の指名が来たようで「ごめんね」と言ってそちらの対応に行った。徹頭徹尾、キャバレー&ホストの仕組みだね、これは。

「それにしても今日文化祭だってどうやって気付いたの?」

「灰色の脳を使って想像しただけだよ。今日は休みなのにお姉ちゃんは制服を着て出かけていて、この間お父さんと見に行ったアニメ映画で『ぶんかさい』ってお祭りが高校だとあるって知っていたから、行くだけ行ってみようって思った。そして来てみたらお姉ちゃんが隠していた事が分かった」

「で、お母さんに知られて、私の所で待ちなさいって言われたのね」

「うん」

「夕方まで私は時間が空いているから、ミアキと一緒に回ろうか。友達とも特に約束はしてないし、陽子ちゃんは午後はずっと執事頭らしいから一緒には回れないし」

「ほんと?」

「とりあえずお母さんが来るまではそうしよう」

「うん。ミアキ、うれしい!」

 毎度どこれに騙されている気がするけど妹の笑顔は好きなので良いかな。悪い事したのも事実だし。お母さんがミアキに対して勝手にしたと怒っているとまずいなと思い、スマフォでメッセした。


ミフユ:最初からあの子には正直に言うべきだった。私の判断ミスなのであの子には謝りました。やっぱり小学1年生にもなるとお子ちゃま扱いはダメかも。

母:確かにね。私も反省。


 陽子ちゃんの接客の合間に二人で「また、来るね」と声を掛けた。

「その時は指名じゃなくて今度は人気投票の方よろしく!」という公職選挙法だと違反だろうなという売り込みに苦笑いしつつ、二人で校舎内の展示を見て回る事にした。


 1年E組を出ると二人で廊下をとりとめもなく歩いた。

「ミアキ、お昼は食べたの?」

「お父さんが作って置いてくれたサンドイッチを食べてから出てきた。あと学校のお店でお菓子は食べた」

「ふーん。じゃあ、まだお腹は空いてない?」

「あんまりは」

「私はまだだから、何か食べられる模擬店行こうか。味見はさせてあげるし」

「あ、それじゃあ気になったお店、教えるからそこに行かない?」

「いいよ」

 そう言いながら廊下を歩いていると結構面白そうな展示があったりして、妹が、私が引っかかっていった。


 天文同好会では二人でプラネタリウムを見た。真っ当な展示、理系王道だよね。

 お料理クラブ。何か食べられるかなと入ってみたら料理はなく、歴史上の料理の文献研究などメインという立派な研究クラブだった。

今回のテーマは『平安期の貴族の料理』。

調べるのはいいけど、

「ここまでされたら料理自体を展示したりしないのって勿体なくないですか?」

と思わず聞いたら文化祭の食品関係の規則がうるさくて、なれ寿司とか部員食用でもダメ(発酵物とか校内で作るなら安全対策示せと言われて暗礁に乗り上げたとか)から諦めて部員の家で作って写真にして展示したんだ、分かってくれと言われた。

「美味しかったんですか?」と思わず聞いたら、

「もとより保存食だからね」と言われた。これで察しろって事ですね、先輩。


 妹が一番面白がったのは図書委員会だった。図書室を開けているのは知ってたけど、まさか展示部門参加だったとは。そしてテーマは『ミステリーの世界 映画・テレビドラマと原作』なんていうミアキの灰色の脳を刺激するものだった。知ってたら近付かなかったのに!

 展示を見ながら私は溜息。妹は好奇心炸裂。妹は海外ドラマをよく見ている子なのだ。シャーロックホームズぐらい?と思ったらそうでもなかったのでなお質が悪い。妹が本格的に喜んじゃってるじゃない。

「コナリー大好き。この人の原作のドラマを見たいからお母さんに頼んでネット配信サービス入ってもらってます」とか言い出して「ボッシュ&リンカーン弁護士」について熱く語っていた2年生の図書委員の音田先輩が感涙。

妹は小説は読めないけど映像作品はなんとなく分かるとか言っていて、とてもついて行けない時がある。そりゃ、この子が気に入っている作品は面白いけどさ。

聞いている図書委員の音田先輩がミアキの知識量にもううれしくてしかたないらしく「リンカーン弁護士は1作だけ映画化されたけど、今をときめく俳優が演じていていいんだよね」とか盛り上がっている。

 音田先輩はさらにとんでもない事を言い出した。

「あの俳優がセクシーなダンサーやっている映画があって」

こ、こら。小学1年生に教えるんじゃない!だいたい、どうやって先輩はあれを見たって言うんですか!R−15だったでしょうに。そこは『インターステラー』とかもっと適当な作品にして下さい。

……うちの学校に何故海外ミステリーの翻訳小説がよく入っているか原因がよく分かった気がする。

「お姉ちゃんがうちの1年生なんだ。お姉ちゃんに言えば、うちの司書の先生は理解あるから海外ミステリーの翻訳書はだいたい入っているし。まだ読むには漢字が多すぎて無理かも知れないけど、本を見てみるだけならお姉さんに頼んで借りて貰ったり購入希望申請してもらったらいいからね」

「わかりました。ありがとうございます」

そこでしっかりお礼をいう妹。あの、私も自分で借りたい本は多いんですけど。音田先輩。同好の士の育成に余念なさ過ぎ。


 腕時計を見たら14時過ぎだった。お料理クラブでは何も食べられなかったのは誤算。妹が言っていた模擬店に行こうかと言って1階の靴箱コーナーへ向かっていると渡り廊下から担任の岡本先生が青ざめた顔をして飛び出してきた。

「古城、ちょうどよかった。私が持ち込んだ本ってまだあるか?」

「え?」

「1冊、大事な本が紛れ込んでしまっていたらしい。表紙が入れ替わっていて、今、連絡があって分かったんだ」

「教室で見てみないと分かりませんけど、台帳で売れた分も分かるようにはしていますので、その本のタイトルが分かるなら確認は出来ると思います。教室は今、委員長の日向くんが詰めてくれてますから」

「分かった。日向に聞けばいいんだな?」

そういうと岡本先生は教室の方へ向かって階段を駆け上がっていった。ちょっと短絡的な結論だが、大きく誤っている訳ではない。

あの様子じゃあ、経緯は私じゃないと分からない事があるし日向くんも困るだろうな。仕方がない。教室に戻るか。

「ミアキ、ごめん。教室に戻った方が良さそうだから」

「仕方ないよ。あの人、見ていてちょっと心配だし」

そう言ってくれたのでミアキに頷くと二人で1年A組の教室へと向かった。


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