「秋」 3 文化祭開会式

 ミフユ


 文化祭当日の朝7時前。身支度をして制服に着替えるとダイニングへ降りた。今朝はお父さんが台所で朝食の料理していた。なんと、チーズオムレツを作ってくれていたのだ。食卓、お母さんの定位置には既に食べて出たらしくお皿だけが残っていた。

「お母さんなら何かひらめいたらしくていつもより早く1時間ぐらい前に飛び出していったよ」

と父。母は研究関係で何か思いついて学校に置いている資料を見たくなると時間構わず車に乗って飛び出していく事があるのだ。この家だとそれこそ物心ついてからずっと見ている光景なのでわりと普通。

「お父さん、えらく気合いの入った朝食ってなんで?」

「何故チーズオムレツかって?お父さんも仕事が入っていて朝遅いけど出かけなきゃいけない。ミフユの学校の文化祭を見られないのが残念だな」

どうやら応援の意味を込めて作ってくれたらしい。

私も料理は得意な方だと思っているけど、父のオムレツには未だ勝てない。今日も美しく整えられ、ナイフを入れるとふんわりと花開く卵料理の妙技を堪能した。

「お父さん、文化祭の事、ミアキには内緒だから」

「お母さんから聞いているよ。お母さんの仕事が早く終わるといいんだけどね」

「うん」

 食べ終わった頃に妹が起きてきた。また父がフライパンを振って妹のオムレツを作り始めた。

「え、お父さん。チーズオムレツ?凄い。休日の朝だからって豪華すぎる」

私はお父さんをにらんだ。情報統制!

お父さんはおっとという表情を一瞬見せていたがすぐ平常に戻った。

「ミフユが休日なのに補修授業があるからな。せめて美味しいものを食べて学校に行った方が前向きになれるだろ?それにミアキだってオムレツ好きだし良いじゃないか」

お父さん、協力ありがとう。


 お父さんのチーズオムレツでエネルギー充電した私は元気よく学校へと向かった。オープニングは私の当番。朝一番、9時前には学校に入った。開会式は10時。それまでに準備状況の最終確認をしておこうと思ったのだ。職員室に行くと担任の岡本先生も既に来ていて何か事務作業をしていて私には気付かなかった。キーボックスから鍵を取り出すと教室へと急いだ。

 昨日は委員長の日向くんが後を仕切ってくれていたので心配はしてない。部活組もそれなりに楽しんで準備してくれたようで思った以上にデコレーションされていて整理整頓、きれいに準備が出来ていた。

「よーし。売っちゃうぞ」

って、やっぱり日向くんが言うようにやる気を出しているのかな、私。


 価格は最終的に文庫・コミック100円、単行本・アルバムCD200円、映画DVD500円、服500円・1000円、家電品1000円〜5000円(1000円刻み)、自転車5000円とした。この価格帯設定で昨日は喧喧諤諤の論争になったのだった。決まってみれば、何をあんなにみんなで駆け引きを繰り広げたのか訳がわかんないよねと大爆笑になった。


 お金を扱うので当番は2人1チームにして、2チームが常駐するようになっていた。早朝と夕方の空くであろう時間帯以外はもう1名加えて最大3チームで対応できるようにしていた。

早い時間帯はもっぱら帰宅部組が埋めていて、午後は部活組が入る形になっていて1時間交代で1回やればいいようになっていた。飽きないうちに変えていこうという委員長の配慮が見て取れた。ただ、そのせいで企画委員の中で委員長と私の二人が統括役2交代制になっていた。これは納得して受けたので別に文句はない。とはいえ貧乏くじではあるよね。

なんて考えているうちに第1班の子が一人教室に入ってきた。

「おっはー、ミフユ!」

「おはよう!」

こうして文化祭が始まった。


 最初の当番、第1班の4人が次々にやって来た。男女半々の構成だった。

集まった商品は160点。全部売れたらちょうど6万円になる予定。大物は自転車なんてものもあったけど、他に比較的大きなものは服と家電品ぐらいで本やCD、DVDはそんなに場所を取らない。

「バザー品が売れたら管理票を外して保管して。お金は受け取ったらバザー品を袋に入れて渡してお礼言ってね。お金はお釣りを含めて二人で必ずチェックし合ってね」

バイト経験豊富な長谷部さんが和やかに返事した。

「わかってるよ、ミフユ。絶対にそれは守るから」

家が文房具店だという木曽さんが怪訝そうに紙袋を持ってきた。

「ところでミフユ、こんなのあったっけ?」

「ん?」

それは紀伊國屋書店の紙製手提げ袋で中には10冊ほど本が入っていた。

「これ、誰かがわざわざ持ってきてくれたのだと思うけど、どうみても持ち込まれたのは昨日の仕分けより後だよね。念のため避けて置いておいて。後で委員長に確認するから」

「了解」


「そろそろ10時になるし、開会式に行こっか。みんな、廊下に出て」

後ろの方にいた加古くんにそちらの扉の内側からの施錠を頼んだ。みんなが廊下に出たのを確認すると前の扉は外から施錠してから体育館に移動。グランドや教室から朝から出てきている生徒達が開会式に参加すべく体育館へと入ってきた。日向くんがいないかと探したら陽子ちゃんと一緒にいた。陽子ちゃんは同じ学年のE組の学級委員長。肩の下まで伸ばした黒髪がきれいな人で選択科目で私は知り合っていた。何故か日向くんと付き合っていて、我が学年の七不思議扱いされているのは日向くんが可哀想というものか。

「おはよう、陽子ちゃん、日向くん」

「おはよう、冬ちゃん。彼から聞いたけど気合い入ってるじゃない」

そういう陽子ちゃんこそ、何かコスプレ変身中らしくワイシャツに男物の紳士服のスラックス姿だった。その服装は凄いなあと思うけど。まだ未完成なルックらしいのでそこは現時点では突っ込まずにおいた。

「おはよう、古城。教室の方に行ってたんだろ?準備はあれで良かったか?」

「ありがとう。完璧だったけど、紀伊國屋書店の紙袋って知ってる?」

「なんだ、それ?」

「やっぱり日向くんも知らないんだ。おかしいと思った。昨夜の施錠は?」

「それは俺だよ。で、紙袋って何の事?」

「本が10冊ほど入っていて教室の中、前の教壇の近くに置いてあった。後から来た子が見つけてくれたのだけど私が来た時にはあったかな。当然、私達じゃない」

「そして夕方最後に施錠して帰った俺もそれは知らんぞ。そんなものなかったと思うけど断言は無理かも」

「じゃあ、施錠後から今朝にかけて勝手に入ってきた人がいるって事ね」

「用務員の人か先生かな?」

「可能性は当然ながら後者の先生。先生方ならまずはうちの担任の岡本先生でしょうね。開会式が終わったらすぐ岡本先生に確認してみるわ」

「気になるから俺も行くよ。声掛けてくれ」

「わかった。じゃ、陽子ちゃんと一緒の所を邪魔したら悪いから朝の当番の子達といるわ」

「いたらいいのに。肇くんだけが向こう行ったっていいんだからさ。……うちの教室も寄ってね、冬ちゃん。多分あなたの好みの企画だと思うからさ」

「もちよ、陽子ちゃん。じゃ、日向くん、後で」

手を振って一旦その場を離れて第1班の子たちの方へと戻った。


 生徒自治会からアナウンスが入り開会式が始まった。校長先生からは

「文化祭は全力で楽しんで下さい。でも、あまり羽目を外しすぎないように」

というやさしいお言葉を頂いた後に任期最後の大仕事となる3年生の生徒自治会長の神村重光さんが壇上に上がった。

「我らが県立中央高校の栄ある文化祭をこれより挙行します」

すると吹奏楽部と軽音学部、合唱部という三大音楽系クラブ混成楽団による盛大なファンファーレが鳴り響いた。

「展示やっているところは走って開けてくれ。生徒自治会委員は開門急いで。では、オープニングアクトは軽音学部だ!」

壇上から混成楽団の一部がさっと降りていくと軽音学部のメンバーが壇上に残って一気にドラムとギターを炸裂させて一気にロックな世界に塗り替えた。

 爆音の中、私は近くにいた第1班の男子生徒メンバーの一人早川くんに教室の鍵を渡した。彼の耳音で叫ぶ。

「みんなで先に行って開けておいて。紙袋の件、確認したらすぐ行くから」

そういってその場を離れるとこちらに向かってきた日向くんと合流して担任の先生を探した。

 岡本先生は体育館の端の方でノリノリで軽音学部の演奏を聞き入っていた。

「岡本先生、ちょっとお話があるのですが」

そう耳元で叫ぶと体育館の周りの非常通路のある方を指さして外へ出て欲しいと伝えた。

 暗幕をくぐって外周非常通路に出た。体育館は2階なので階下の中庭などが見える。体育館の中の熱気に比して秋の風が涼しい。

「岡本先生、教室に紀伊國屋書店の紙袋に本が10冊入ったものが私達の知らない間に置かれたみたいなんですが」

「すまん。それは俺だ。今朝、早朝に学校に出てきた時忘れないようにって教室を開けて置いておいたんだ」

「先生、当然おわかりだと思いますが、台帳とか作っているので一声掛けてもらえば良かったのですけど」

「ほんと、みんなに悪かったと思う。思慮が足りなかった。すまん。無論売ってもらおうと持ってきたものだから。頼むよ」

そういうと岡本先生は私達二人に対して頭を下げた。

「分かりました。それでは朝の当番の子たちと対応しておきますから」

そう伝えると日向くんと二人でその場を離れた。

「日向くん、もう大丈夫だから。ありがとう。先生の本は台帳に入れて並べるようにするわ。さっさと判明して良かった。お客さんが増える前に片付けとく」

「了解。悪いけど先生の本の対応は頼むよ。全く。あの人も考えがなさ過ぎるよ」

「その点は全く同感。第1班の子らみんなも怒ると思うわ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る