「夏」 2 お祖父ちゃんのノートの写真

ミアキ


 翌日、お祖母ちゃんは体調を回復した。朝はお姉ちゃんと私が作った朝食を美味しいと言って食べてくれた。お祖母ちゃんは買い物に行くと言って出かけていった。買い物には佐呂間のおばさんが車を出してくれるので今日はついて来なくて良いから宿題とかやってなさいと言われたのでお姉ちゃんと留守番する事になった。

 じゃあ、自由研究を始めないとねと思い、お祖父ちゃんのノートを開いた。

「ミアキ、まずは他の宿題もやりなさいよ。あるんでしょ?」

目敏く言ってきたお姉ちゃん。

「うん。あるよ。でも、まず写真しゃしんのあたりをつけてみたいの」

「じゃあ1時間だけね。午前中の残りは他の宿題をやる。約束できる?」

「はい」


 という事でお姉ちゃんのお墨付きも出たので堂々とお祖父ちゃんのノートを開いた。まず灰ケ峰頂上の写真とノートに書き込まれた787という数字を見た。

「お姉ちゃん。灰ケ峰はいがみねってやまたかさ787メートル?」

「そうだよ」

「じゃあ、931もやまたかさだよね?」

後の方にも山の頂上らしい写真と931という数字が書かれていたのだ。

「当然、標高の数字だと見るべきでしょうね」

標高ひょうこうって山の高さだよね。なら私もそう思う。お姉ちゃん。『標高 《ひょうこう》931』で検索してみて」

「ちょっと、待ってね」

お姉ちゃんはスマフォを取り出すとブラウザを操作して検索してくれた。

「六甲山地とか出てくるから神戸の六甲山かな」

新幹線しんかんせんとおったところだよね」

「ほとんどトンネルの中だったところだよ。新神戸駅もトンネルとトンネルの間にあるし」

「かなり手前てまえ?」

「だよ。1時間30分ぐらい離れているから、300キロぐらいかな。随分と遠いね」

「なんでお祖父じいちゃん、そんな所の写真しゃしんを貼ったのかな」

「それが問題。呉市役所の職員だったっていうから多分呉市の出身だと思うんだけど。神社とかよく分からない風景の写真の場所を突き止めないと全体の意味がわかんないし」

「わかんないし?」

「お祖父ちゃんが泊まりがけで写真撮りに行っていたのも気になる。近くないからそうなるんだからね」

写真しゃしん、ネットでくらべられないの?」

「都合の良い写真が載っているとは限らないし、お祖父ちゃんが撮っていたのがいつなのかという問題もある。神戸の神社とか載っているサイトねえ」

お姉ちゃんがスマフォを再び操作した。

「参考になりそうなサイトあるね。ただ、これはスマフォじゃやってられないなあ。ミアキ、タブレット貸して」

 私はタブレットを取ってきてお姉ちゃんに渡した。するとお姉ちゃんは画面上のキーボードを両手で叩いて検索した。

「さっきのはこれね」

姉の横から覗き込むと個人の方が作った神戸の神社訪問記サイトだった。

「これなら地元新聞社の本を参考にして網羅、要するに一通り、の神社について写真とか載せているから参考にはなりそう。全部分かるかは分かんないけどね」

それからしばらく二人でお祖父ちゃんの写真と神社訪問記の掲載写真を比較して行ったが、一向に合いそうになく頭を抱えた。

無理むりなのかなあ」

落ち込む私。


 すると庭の方に背の高い少年が大きなコンビニ袋をぶら下げてやって来た。雄一お兄ちゃんだった。

「古城姉妹、いるか?あ、いたな。これ、うちのおかんから古城さんちに持って行けって言われてたから持ってきた。うちの収穫のお裾分けや」

スイカだった。思わず私は踊り出した。

「わーい。スイカ、スイカ。ミアキ、スイカ大好き。ありがとう!」

雄一くんの手からスイカの袋を受け取る、というより奪い取ると台所へダッシュした。雄一くん、いい鬼イチャンだけど美味しいものはすぐ食べちゃいそうだからさっさと持っていかないと。

「すぐ冷やすね。わーい。野菜室空いていたかなあ」


ミフユ


「ほんま、お前のところのミアキちゃんは毎年凄く喜んでくれるなあ。うちのおかんも喜ぶわ」

 佐呂間家は家業として農業もやっていて自宅消費を兼ねてスイカも作っていた。それを毎年お裾分けしてくれていた。

「で、姉妹揃って何をやっとるんや?」

「え、うちのお祖父ちゃんが私達に写真を残してくれていて、どうも意味ありそうだからってその謎解きをね。ミアキがやりたがって」

「えらく哲学的やな。ミアキちゃんは喜んでやりたがるやろうけど」

「そうなんよ。で、お祖父ちゃん相手に困惑中」

雄一くん相手にこれまでに分かった事をかいつまんで説明した。

「おまえでも分からない事があるんやな」

「そりゃ、あるわよ」

「だって、お前のところのお祖父ちゃん、神戸の出身やったはずやぞ」

「えっ、何それ?そんなの初めて聞いた。だってお祖父ちゃん呉の市役所の職員だったんでしょ。ここの人だと思ってた」

「お前のところのお祖父ちゃん、豪腕でならしていてうちの爺ちゃんが将棋友達やったから小さい頃に家で見た覚えがあるわ。将棋はヘボでも公務員にしておくには惜しい切れ者、よその土地から来たから変な遠慮をしないのが良かったんやってうちの爺ちゃんが言っている時に神戸出身で戦後ここに来るまでに苦労しなすった人やからってえらく尊敬の目で言っとった事があってな、それで覚えとったわ」

「雄一くん、ありがとう。それ、凄いヒントになる。お祖母ちゃんに聞いてみる」

「役に立ったようで何より。じゃあ、紘子待たせてるから帰るわ」

「あ、デートなんだ。いいなあ」

「アホ。そんなんちゃうわ。あいつの家、テレビ買い換えたらしいけど電気屋が帰ってから写りがおかしいらしいから向こうの親父さんに呼ばれただけや。じゃあな」

彼は和やかに手を振ってまた庭から帰っていった。

ミアキが戻ってきたので言った。

「雄一くんと話していて重要な事が分かったから」

なに、それ?」

「それはお祖母ちゃんが帰ってきたら聞くよ。だからこれは一旦これまで。他の宿題やりなさい」

「えー。お姉ちゃんのケチ」

「文句言わないの」

そうしないとあんたの他の宿題も私も宿題も終わらないでしょうに。


ミアキ


 お祖母ちゃんが帰ってきたので三人でお昼の準備をした。その時にお姉ちゃんが写真について調べた事、雄一くんから聞いた事を話した。

「お祖母ちゃん、お祖父ちゃんの写真は神戸のだと思う。標高らしい数字が書いてあって一致するし。ただ他の写真がどこで撮ったものか、まだ分からない。雄一くんがスイカ持ってきてくれた時にお祖父ちゃんが神戸出身だよって教えてくれたんだけど」

お祖母ちゃんは頷いた。

「千裕さんは神戸生まれだったね。兵隊に取られている間にあった神戸の空襲で家族みんな亡くなって敗戦後に身一つで呉の親戚を頼って来はったって聞いてるわ」

「じゃあ、お祖父ちゃんのお姉ちゃんも?」

お祖母ちゃんはゆっくり頭を縦に振った。

「昭和20年6月の大空襲で両親共々行方知れずになったって言ってはったわ。この話はちゃんとした方がええね」

お祖母ちゃんから昼食後に改めて話すからと言われて、姉と私は頷いた。


 昼食後、仏間に移動した。お祖母ちゃんが背を伸ばして正座したので私達二人も倣ってお祖母ちゃんの前に正座した。

「お祖父ちゃんは昭和20年に陸軍の兵隊に取られていて、空襲が激しくなった時には家にはおらんかったの。お祖父ちゃんのお父さんはその時50歳越えていはって兵隊には取られてなかったそうよ。だから大丈夫かと思っていたら大きな空襲が神戸にも何回もやって来て、6月の空襲で実家のあったところも焼夷弾で焼かれてご両親も工場に勤めに行っていたお姉さんも行方知れずになったってね。夏になるとたまに東の方を見てはったね。そういう時はうちもよう声を掛けられなかったわ」

お姉ちゃんがお祖母ちゃんに質問した。

「お祖母ちゃん、お祖父ちゃんの実家の場所の住所って分かる?」

「分かるよ。ちょっと待ってなさい」

 そういうとお祖母ちゃんは自分のメモ帳を取って来て老眼鏡を掛けてメモ帳を繰った。そして目当ての内容を見つけるとその内容をメモ用紙に書いてくれた。

「はい。これが千裕さんの実家の住所。お父さんがいた頃はまだ神戸市やなかったそうやけど今の住所に直してあるけ」」

メモ用紙には神戸市東灘区の住所が記されていた。


ミフユ


 祖母に教えてもらった神戸の祖父の実家があったという住所を元に捜査範囲をまずは神戸市東灘区に絞って神社の訪問記をネットで見ていった。住所が分かると地図サイトのストリートビューでも見て明らかに違うと思われる所は外していった。

「お姉ちゃん、ストリートビューって神社じんじゃなかれないの?」

「基本的に車に全周囲同時撮影できるカメラを積んで撮っているのよね。ぼやかして人の顔とかナンバープレートとか見えないようにしているでしょ」

「うん」

「公道、誰もが入っていい場所から他の人のプライバシー、個人的な情報を勝手に世界に公開しないようにして撮っているから、今のところ神社内のものはないわね」


 学校の写真はさらに面倒だった。校内の写真は載ってないし、古い写真なのでどうやって探せば良いのかと困ったのだった。

「どうしよう。お姉ちゃん」

「神戸って震災があって校舎が建て変わった学校もあるんだよね」

「でも、お姉ちゃん。お祖父じいちゃんの時代だって小学校しょうがっこうなら入学にゅうがくするところは決まってたんじゃない?わたしいま学校がっこうはいるのだってうちでめたんじゃないんでしょう?」

「そうだよね。あとお祖父ちゃんの時代にあった所を探せばいいんだ」

 調べてみると候補になりそうなのは案外少なくて2校だけだと分かった。こうして写真の撮影場所候補はいくつかに絞り込む事が出来たのだった。

「あとは現地に行って見てみるしかなさそう。ミアキ、お父さんとお母さんに頼んで二人で神戸で降りて行ってみる?」

「うん。こうよ、神戸こうべ

「でも、その前にあんたも私も自分の宿題を全て片付ける事」

「え、そんな条件じょうけんありなの?」

「落ち着いて夏休み最後の冒険が出来ないじゃん。お盆までに終わらせる。約束出来るならお父さんとお母さんに話をつけるから」

「……わかった。ちゃんと宿題しゅくだいさき片付かたづけます」

「約束だからね」

「うん」


 朝一番に新神戸で一度降りて調査を行って、夕方に新幹線に乗り直せばその日のうちに新横浜に帰れる。この方法ならお金も掛からないし、父も母もダメとは言わないだろう。

……そうしないとミアキの夏休みの自由研究課題が完成しないしね。


ミアキ


 お盆がやって来た。宿題はなんとか昨日までに片付けた。お姉ちゃんは約束を破るととてつもなく厳しいけど、約束を守る限り味方してくれる.強い味方を敵に回さないようにしなきゃって孫子の兵法とかいう本に載っていると海外の軍警察ドラマで言ってた。


 お父さんとお母さんは二人とも仕事の書類を抱えて二人揃って同じ便でお盆直前に帰省してきた。着いたのは夕食前だった。

「ただいまあ」

お母さんの声が聞こえた。

「おかあさんだ」

台所で夕食の手伝いをしていた私は思わず廊下をダッシュして玄関へ向かう。お父さんも一緒だった。

「おかえりなさい。おかあさん、おとうさん」

「ミアキ、廊下は走らないの」

「はーい。荷物にもつつね」

お母さんの荷物を奪うとお母さん達の部屋に荷物を運んだ。

入れ替わりにお祖母ちゃんとお姉ちゃんも台所から出てきた。

「お帰りなさい。二人とも」

「また、二人揃って帰ってきたんだ。ほんとラブラブだよねえ」

両親を冷やかす姉。

「親を冷やかすもんじゃありません」

叱るお母さん。お父さんは苦笑していた。


 お父さんとお母さんが代わる代わるお風呂に入っている間に三人で居間に料理を並べた。そして二人が帰宅をお祖父ちゃんに報告するとみんなで揃って楽しい夕食となった。

 私が乾杯の音頭を取った。私とお姉ちゃんのグラスには今日は特別にジュースが注がれていた。お祖母ちゃんとお母さん達はビールだ。

乾杯かんぱーい!」

と私が言うと、お父さん、お母さんとお姉ちゃんがこれに倣った。

続いてお祖母ちゃんが続いた。

「今日は二人とも遠くからお疲れ様でした」

そしてお母さんは駆けつけ一杯で飲み干した。

「美味しい」

といってニコリ。お父さんが横からビールを注いでからゆっくりと自分のグラスを傾けた。

「本当にお父さんとお母さんって飲み方違うよね」

とお姉ちゃんが何やらツッコミを入れた。

お父さんはニヤリとした。

「お酒の飲み方はそれぞれペースがあるからな。別に自分のペースで飲んだらいいんだよ。但し限界はわきまえる事。ねえ、春海さん」

「そ、そうね。守雄さん」

というと二人で顔を見合わせて何か苦笑をしていた。


 夕食後、私達の神戸調査旅行の話になった。

お母さんが言った。

「お父さん、お母さんにこういうノートを預けていたのねえ」

「うん。くれ以外いがい写真しゃしん神戸こうべひがしのはしのほうらしいっていうことめたから、あとはいって調しらべてみたい」

「面白そうね。私も時間があれば一緒に回ってあげたいけどちょっと時間が取れないから残念」

「ところで二人とも夏休みの宿題は?」

出来できたよ。おねえちゃんが出来できなかったら神戸こうべるのはダメっていうし」

「私は勿論出来ているよ。ミアキにだけやらせるとかそんな事はしない。率先して模範は示す」

「それならもう止める理由はないし、むしろ結果を楽しみにしてるから、しっかり見て回ってきなさい」

「はい」

私達二人は答えた。

そこにお父さんがやって来て言った。

「みんなでちょっと夜景でも見に行こうか」


 お祖母ちゃんの家の近くの県道のバス停は斜面側に桟道になっていて長椅子が置かれている。夜の呉の町並みと港が一望できて、とても眺めがいいのだ。

お母さんは缶ビールを、お父さんがスイカを切って持ってきた。私は蚊取り線香をぶら下げたブタさんを、お姉ちゃんは私達が飲む冷えたお茶とグラスを持って来た。

「春海さん、まだ飲むの?」

お母さんの缶ビールを見て若干お父さんが引いている。

「守雄くん、もう少しぐらい飲めるでしょ」

平然と応じて缶ビールを渡すお母さん。

 お母さんはたまにお父さんの事をくん付けで呼び始める。毎年ここで夜景観望会をするんだけど、だいたいここでは「守雄もりおくん」と呼んでいる。普段は「あなた」「守雄もりおさん」なのに何でだろう?

お祖母ちゃんと私達は長椅子に座ってスイカを頂く。

お父さんとお母さんが缶ビール片手に柵のそばに立って二人で飲みながら何か話し込んでいた。


私は隣のお祖母ちゃんに小さく声を掛けた。

「ねえ、お祖母ばあちゃん」

「なあに?」

「ひょっとしておかあさんがいつぶれたとき、ここにた?」

「よく分かるねえ。ここに春海を連れ帰ってきて守雄さんが私を呼びに来てくれたのよ」

「じゃあ、ひょっとしてお祖母ばあちゃんは二人ふたり熱烈ねつれつキスでもちゃったんじゃない。だって海外かいがいドラマだとそういう展開てんかいだよ。これは」

「ミアキちゃんは千里眼だねえ」

お祖母ちゃんは苦笑していた。


チセ


 あの時、守雄さんが私を呼びに来てすぐここに戻りなすったのよ。その時にはもう春海が少し酔いが覚めていたみたい。

 私がここが見える所まで来た時には二人で並んでこの長椅子に座っていてね。どうも東京で何かやりとりがあってしばらく会えてなかったのに偶然、呉の街の中でまた出会ってという事だったみたい。

「呉って狭い町だから会いたいと思っていれば会えるのよ。この町に来た守雄くんと今日会ったのは必然」

なんて春海の声が聞こえてきた。

結局、いきなり春海の方が守雄さんに顔を寄せて、その後守雄さんも春海に同じような事をしていて、こっちは赤面。この歳で自分の娘の恋愛模様見せられるとは思いもしなかったわ。

 この守雄さんとやらは厄介そうな酔っ払いを介抱して連れ帰って来てくれたような世話焼きな人だから、春海はいい人を連れてきなすったのかねえと思ったし、今では本当に良く出来た人だわと感心している。


 でもね、あの日、いつ声を掛ければいいか母親に困惑させるのは二人とも勘弁して欲しかったわねえ。


「さて、家に戻っていようかねえ。二人もおいで」

「うん。邪魔したら悪いよね」とフユちゃん。

「おとうさん、おかあさん。さきもどっているからゆっくりしてね」

フユちゃんもだけど、アキちゃんも一言多かった。この子が熱中しているとかいう海外ドラマ、どんなもの見ているのやら。

苦笑する守雄さんと春海。

「もう少し二人でいるから、戻ってて」

「わかったあ」

アキちゃんが返事していた。


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