「夏」 お祖父ちゃんの写真と姉妹と
「夏」 1 呉のお祖母ちゃん家への姉妹旅
ミアキ
夏休み。最初、いったい何のこと?学校に行かずにどう過ごしたら良いの?と戸惑ったけど、姉からは「いつものように呉のお祖母ちゃんの家に行くだけ。去年と一緒。っていうか去年は私、夏の間はもっぱらあんたと一緒にいてあげたでしょうが」と言われたのですぐ我に戻った。なんだ、そうなんだ。ホッとしたけどね、お姉ちゃん。去年は「じゅけんが!」って嫌そうに言ってたから違うかと思ってた。
終業式の日、他の子たちの予定を聞いた。学童保育に通う子、お盆だけ父母の故郷に帰る子など様々だった。
「アキちゃんはどうするの?」
一番の手下の子、ユウスケくんに聞かれた。彼は学童保育に行くんだという。
「
「ふーん。じゃあ、しばらく会えないんだね」
「そうなるね」
なんだかユウスケくんは寂しそうにしていたけど、なんでかな?
終業式の翌日早朝にお父さんとお姉ちゃんと一緒に家を出た。バスに乗って新横浜駅へ。大きな荷物は宅急便でお祖母ちゃんの家へ送ってあったので手荷物だけ持った。(お母さんは仕事が佳境とかで「気をつけてね」と言って先に家を出ていた)。
7時過ぎ。新横浜駅のホームに行くとほどなく新幹線がやって来た。乗る人達の列の最後に並んで順序よく乗車。乗降口でふり返るとお父さんは心配そうに私達を見ていた。
「じゃあ、気をつけて行けよ、二人とも」
「大丈夫。着いたら連絡するね」
お姉ちゃんが内心私がいるから大丈夫とか思っていそうな感じで返事していた。小学生にもなった妹はしっかりしているんだから、お父さんにもお姉ちゃんにもそこまで心配される必要なのにと思いながら見ていた。
まあ、いいや。楽しい呉への旅への出発なんだから。小学1年生は気にしない。
ミフユ
お父さんは心配性。いつもの事だけど今回もグリーン券を渡された。私の一人旅なら絶対あり得ない選択なんだけど、妹と私の二人旅の時に限っては安全確保の意味もあってか奮発してくれている。ミアキも私達だけの時に何故グリーン車なのかなんとなく分かっているようで初めて乗った時ほどには騒がない。
「グリーン車、グリーン車。うれしい!」
……まあ、これでもだいぶ大人しくなったんだよ。
「ミアキ、大人しくね」
「わかった」
お父さんが窓の側で中の様子を少しだけ心配そうに見ていた。すぐ発車のベルが鳴った。笑顔で窓に向かって手を振る私達。お父さんも手をふりかえして笑顔で見送ってくれた。
妹と私それぞれのバックパックから時間潰しに持ってきた妹用のタブレットと私が読もうと思って持ってきた文庫本と朝食を出して、バックパックを上の棚にあげた。
新横浜駅を出るとすぐ検札のアテンダントの女性が回ってきた。
私は二人分の切符を差し出した。
「この子と二人分です」
「夏休み?」
「はい」
切符を私に返しながら言った。
「いい旅になると良いですね」
「ありがとうございます」
そういってニコっと微笑むと次の席へと向かっていった。
家でお父さんが作って持たせてくれた朝食のおにぎりを取りだして二人で食べ始めた。
「
「いつもと同じでしょ。お父さん、特別な具なんて入れてないし」
「
はい。そうですかって小学1年生にして何、その風情って。まったく。この子も1学期通じて成長したんだなと思う。でも去年は素直で良かったのになあ、と思わず遠い目で箱根の山並みを見てしまった。
朝食後、妹はタブレットでお気に入りの海外ドラマを見ていたけど、ほどなく眠ってしまった。イヤフォンを外してやりタブレットのカバーを閉じてスリープさせた。朝、早かったからね。
ポケットの中で何か振動して目が覚めた。電話?慌てて間欠的に振動しているスマフォを取り出した。広島駅到着15分前、10時40分過ぎに鳴るようにしておいたアラームだった。ふっと息を吐き出してから、妹を揺すって起こす。
「ミアキ、もうすぐ着くから。降りる準備しよう」
「ん。
妹をデッキにあるトイレに連れて行く。こんな事もあろうかとアラームは5分前、10分前ではなく15分前にしておいたのだ。冴えている姉。えへん。
妹がトイレに入っている間に祖母の携帯に電話をした。
「ミフユです。あれ?お祖母ちゃん、大丈夫?」
体調を少し崩していて病院の帰り道のタクシーの中だという。
「夏風邪やったわ。たいしたことはないから。ただお前達を迎えに行くのは無理やねえ。ごめんね、フユちゃん」
心なしか声がかすれている気がする。
「ううん。大丈夫だよ。それよりお祖母ちゃんが心配。家へ上がる前に何か買っておく必要はある?」
「買い物は昨日していたから大丈夫」
「わかった。早くそっちへ行くようにするね。お祖母ちゃんは寝てて。私がお昼は作るし」
「ありがとね」
広島駅で新幹線を降りると呉線ホームに移動して普通電車に乗り換え。
上手い具合に二人で並んで座る事が出来た。
「お祖母ちゃん、少し体調悪くしていて病院に行ってたんだって」
「
「病院に行ったら夏風邪って言われたそうだから、そう心配しなくて良いとは思うけどね。だから、駅に着いたらちょっと買い物していこう。お昼はお祖母ちゃんに美味しいもの食べて欲しいし」
「うん」
11時30分過ぎに呉駅に着いた。呉駅の改札の外に背の高い色黒の高校生ぐらいの男の子が立っていた。思わず微笑んでしまう。お祖母ちゃんの家のご近所、幼馴染みの佐呂間雄一くんだった。私より1歳年上の呉の高校2年生だ。
「よお」
「わーい。
わざと真顔で妹を止めた。
「ダメよ、ミアキ。不審な人に話しかけちゃ」
受けて笑うミアキ。
「お
「失敬な奴やなあ、相変わらず。チセばあちゃんから二人が来るって聞いたから荷物とかあったら大変やろうって思うて親父と一緒に迎えにきたんや」
「大半は宅急便で送ったから大丈夫だよ。おおげさやねえ」
「そうか?それは悪かった。じゃあ、帰るわ。頑張って歩いて登ったらええ」
「いやいや、待って。『ゆめ市場』でお昼の買い物して行こうと思っていたし、早く家に行きたかったから助かるけど、雄一くんのお父さん大丈夫?」
笑いながら雄一くんが答えた。
「親父は茶店に行っているわ。そういう用事があるやろうからって終わったら携帯鳴らせって言われとる。だから、大丈夫」
「じゃあ、助かる。お願いします」
「あいよ」
三人で連絡橋を渡り駅の南側、呉で一番大きなショッピングモール「ゆめ市場」に行くと生鮮食料品売り場で買い物をした。
「お祖母ちゃんの様子どうだった?」
「チセばあちゃん、ちょっと夏バテしはっただけやないかなあ。二人の顔見たら元気になると思うよ」
「やっぱり、
「ははは。言うなあ。ミアキちゃん」
そういって雄一くんは笑った。
「ねえ、お
「さっぱりしたものがいいってお祖母ちゃんが言っていたから素麺にしようかな。お祖母ちゃん家に素麺自体はあると思うから、あとは一緒に食べて貰うおかずの材料を買って行こう」
私は魚売り場で足を止めた。あれは新鮮そうだ。
「イワシを下さい」
とロックオンした魚をお店の人に頼んだ。さっぱりするように生姜煮にしよう。あと、お祖母ちゃん、梅干しは作ってるからそれも使える。お子様用に鶏肉を買った。何でも食べる子だけど一応ねという配慮。あとは卵焼きを添えればいいかな。
買い物のレジに並んだあたりで雄一が電話で父親にそろそろ車に戻ってやと連絡。精算を終えると人混みを縫ってエレベーターへ向かった。呉は何気に人口密度は高いのだ。賑わっている。エレベーター前は誰もおらず私達だけが中に収まった。雄一くんがRのボタンを押した。
「
ミアキが雄一に聞いた。
「屋上駐車場のエレベーターの近く。親父、ここの茶店でコーヒー飲んでたから先についてると思うよ」
エレベーターで屋上に上がると雄一の先導でピカピカのワゴン車へと案内された。
きつい太陽の日射しの中、雄一の父親は既にエンジンを掛けて待っていてくれた。エアコンは全開。姉妹は後席に乗り込み、雄一が助手席に座った。おじさんが後ろを振り向いた。
「お帰り。フユちゃん、アキちゃん」
「ご無沙汰しています。叔父さん」
「
私達は車に乗せてもらったお礼を伝えた。白髪の目立つ佐呂間のおじさんは息子の雄一くんによく似ていた。おじさんはニコリとした。
「シートベルトしてな。じゃ、出すよ」
祖母の家は呉の北側の灰ケ峰西側の峠を越えていく県道沿いにあった。歩いて帰れない事はないしバスもあるが、お祖母ちゃんの事もあったので早く帰りたかった。もし佐呂間のおじさんが来てくれてなければバスを待つかタクシーを奮発する事になっただろう。
おじさん達に私達の両親の近況など話をしていると山道へ入った。1.5〜2車線の道を対向車をかわしながら佐呂間のおじさんは軽快に車を走らせていった。そして道から斜面側に突き出た桟橋にあるバス停を過ぎた所で左ウィンカーを出して車を停めてくれた。
「チセさんにお大事にって言っておいてな。何かあれば呼んでくれたら車ぐらい出したるから」
そういうと佐呂間親子はもう少し上にある自宅へと車で帰って行った。
桟橋のバス停からは夏の晴天にさらされた呉の町並みが一望出来た。ここに立つと呉に帰ってきたなあと思う。
「あいかわらずきれいだね」
妹もまだ何回も見てないくせに思うところはあるらしい。
「そうだね。さあ、お祖母ちゃんに会いに行こうか」
「うん」
玄関の引き戸を開けて家に入る。
「ただいまあ、お
妹が靴を脱ぎ散らかしたまま小走りに奥へと入っていく。
「あ、アキちゃん?よお来たねえ」
お祖母ちゃんの声が聞こえた。
私は妹の靴を揃えると(ミアキったらもう!)取り急ぎ台所へ向かい、買ってきた食材を冷蔵庫に入れた。そしてお祖母ちゃんの部屋へ向かった。
「お祖母ちゃん、ただいま。調子はどう?」
祖母のチセは布団を敷いて寝ていたので枕元に座った。
「フユちゃんもお帰り。薬は飲んだからだいぶ楽になったわ。夏風邪だから熱さえ下がればね」
「ちょっと、ごめんね」
手のひらを祖母のおでこに乗せた。
「熱はないみたい」
「薬のおかげやろうねえ。飲んでしばらくしたら楽になったわ」
「お昼食べられる?」
祖母が頷いた。
「じゃあ、素麺を茹でるね」
「ありがとね。ミフユちゃん」
台所でスマフォのSNSメッセを呼び出すと両親にメッセージを送った。母親がこれを見てすぐ返事を返してきた。
ミフユ:呉の家に着きました。お祖母ちゃん、熱が出たって。病院に行って夏風邪の診断で薬を処方されていて今は熱は下がっています。ちゃんと看病するから。
母:お母さん、寝ているの?
ミフユ:病院から帰って来て薬を飲んで寝てたって。お昼はこれから私が作って食べて貰う。
母:了解。何かあったらお父さんか私がすぐそちらに行くから。
ミフユ:とりあえず大丈夫だと思う。何かあったら連絡するから。
妹がパタパタと磨き込まれた板間の廊下を走ってきた。
「お
「お昼は私だけで出来るからいいよ。お祖母ちゃんの側にいてあげて」
「わかった」
イワシをさばいてお醤油に味醂、生姜をスライスしたもの入れて煮込んだ。更に鶏肉はフレークにしておこうとシリコンスチーマーに胸肉を入れてその上に生姜の残りとネギを少し入れて蓋をして電子レンジで加熱。ベルがなるとレンジからシリコンスチーマーを取りだして鶏胸肉をフレーク状にした。
梅干しから梅肉を作って添えておく。
鍋の汁気がかなり飛んだところで梅干しから種を取り除いたものを入れた。
昆布でダシを取ると、卵を溶いてダシとお酒を少し入れてだし巻きにして刻んで錦糸卵にした。
最後にお湯を沸かして素麺を茹でながら、並行して生姜煮の残り汁に先に作ったダシを合わせて素麺つゆを作った。器を三人分出してきて氷水を入れて素麺をひたした。カタクチイワシの生姜煮と鶏胸肉のフレークを別のお皿に盛り、浅葱をきざみ、生姜を摺り下ろした。よし、完成。
祖母は量はあんまり食べられなかったけど大喜びで食べてくれた。
実のところ、祖母は私の作ったものなら少々不味かろうが喜んで食べてくれる。孫娘が作ったという物語がそれこそミアキの言う「
そしてこの夏休みに思わぬ体験をする事に鳴ったきっかけは例によって妹だった。
ミアキ
お姉ちゃんが素麺にイワシの生姜煮と鶏肉のフレーク梅肉添えと錦糸卵を作ってくれた。どうも呉に来るとお祖母ちゃんの口に合うようにってお姉ちゃんは考えるみたいで和風料理が一気に増える。そんな中で私向けにお子ちゃま受けしそうなメニューを入れてくるあたりに、小学校に入学した妹に対してそんな配慮はいらないって言いたくなる時があるけど、鶏肉のフレークに梅干しって合うんだなあと思いながら素麺をつるりと平らげた。イワシの生姜煮は大人の味だと思う。ちょっとまだ苦手。
食後にお祖母ちゃんを部屋に連れて行き横になってもらった。扇風機を直接当たらないような向きで回す。
「ねえ、お
ふと思いついた質問をお祖母ちゃんにしてみた。
「そうやねえ。私はずっと呉やったし、お祖父ちゃん、千裕さんのお父さん、お母さん、アキちゃんとフユちゃんにとってはひい爺ちゃん、婆ちゃんやね、は戦争の時に亡くなっていはったから、ずっと呉にいたよ」
「
「あの子にとってはここだけが田舎、故郷やね。だから二人とはちょっと感覚は違うと思うわ」
「ふーん」
お姉ちゃんが何か思いついたらしくお祖母ちゃんに聞いた。
「ねえ、お
「あ、私も興味ある」
お祖母ちゃんは少し困った顔をした。
「お母さん、春海は学生時代は浮いた話一つ無かったからまさかねえ」
「まさか?」とお姉ちゃん。
「まさかって?」と私。
「夏のお盆に酔い潰れて春海の友達と一緒のところに、運悪く守雄さんがやって来て彼氏だって誤解されたらしいんよ。あの子、東京での知り合いって呉に来た事なかったし。それであの子の友人達に春海が押しつけられて一人で介抱して連れ帰ってきてくれたのが最初やったね」
「酔い潰れた!」とお姉ちゃん。
「ええっ、お
「あの子が酔い潰れたのは後にも先にもあれしか知らんよ。誰に似たんだかやたらめったに強くて学生時代は先生方から学生まで返り討ちにして大学の酒豪王になったとかならんかったとか言うし」
お祖母ちゃんは頭痛でたまらなという表情をしていた。酒豪王って何だろう?あまり知らない方が良いような気がしたので聞かなかった。
「だから、あんたたちのお父さんがあの子を連れて帰ってきた時は本当に驚いたし、そしてあんな醜態を見たのに付き合って結婚してくれはったなんて、本当にあの子は運が良かったとは思ってしまったわ」
お姉ちゃんは疑問は頭に「?」が浮かんでいたように見えた。
「ねえ、お祖母ちゃん。お母さん、まさか街中でいきなり会って一目惚れとか伝説の何かみたいな事でそうなった訳じゃないでしょ?」
「あの頃、教えに行っていた大学での知り合いって言うてたわ。二人が付き合う気になるきっかけになったのが春海の酔い潰れやったというだけの事。その前後の事はねえ。もっと知りたいなら春海か守雄さんに直接聞きなさい。流石にうちもそこまでは知らんけ」
「分かったけど、お母さん、なんだか見かけによらず大胆というか」
「お酒に飲まれたらあかんよ。どこまで大丈夫なのかはお酒飲むようになったら身につけるしかないわねえ」
「うーん。なんか、お酒怖いなあ」
「それぐらいの方がええんよ」
お酒はお母さんが楽しそうに飲む。お父さんも飲むけど、お母さんが飲むのが速くなるとたまに何かを恐れるような感じがあったけど理由はこれだったんだ。これは灰色の脳で考える材料として重要、と頭の中でメモをした。
春海
その頃、春海は大学の研究室でPCとタブレットと資料の束を睨みながら論文を書いていた。何故かくしゃみが出た。思わず独り言を言ってしまう。
「誰かろくでもない話をしてるなあ。お母さん、まさか子ども達に余計な事をバラしてないといいけど」
ミフユ
ほとんど記憶のない祖父の事が頭に過ぎった。
「お祖母ちゃん、お祖父ちゃんとはどう知り合ったの。もう戦後だったよね?」
祖母は微笑んだ。
「そうよ。敗戦の時はアキちゃんより少し上ぐらいの年齢でしかなかったしねえ。お祖父ちゃんの方が10歳年上だったんよ。私が呉市役所に勤めていた時になんやしらんけどいきなり付き合って欲しいと言われてついつい。なんでなんかねえ。
「お祖父ちゃんも市役所の職員だったんだよね」
「そう。私が知り合った時は市役所の中では辣腕で名前は知られていたわね。戦前の体験のある人やし、亭主関白かと思ったらそんな事なかったのが意外やったねえ。そんな人だから春海に対しても積極的に前に出ろ、出しゃばれ。もっと自由でいいんだよと言うわ、手助けするわで思いも寄らん人やったねえ」
私にとって祖父は2歳の時に亡くなった人だ。そして妹にとっては会った事がない人。妹も私も興味津々で聞いている。
「ああ、そういえば、あなた達に
「え、そんな大事な事を10年以上忘れてたの?」
思わず祖母相手に手厳しく突っ込んでしまった。
「ふふふ。だってフユちゃんが大きくなってから見せたらええって言い張ったんやから。仕方ないじゃないの」
祖母は私に箪笥にしまってあった箱を持ってきて欲しいと言い、布団の上に身体を起こした。祖母は私から受け取った箱を膝の上に置くと開けて中から一冊のノートを取り出した。
「正確には春海の子ども達へって書いてはるねえ。アキちゃんの事を分かっていた訳がないと思うけど、ちゃんと二人への贈り物になっとるねえ」
そう言ってお祖母ちゃんはノートを私達二人に差し出した。
「春海の子ども達へ」
そう表紙には達筆な万年筆で書いてあった。
妹が尋ねた。
「ねえ、
「それがねえ。あんまり何も書いてないのよ。写真が貼ってあるだけ」
「ええっ」
私は思わず叫んでしまった。
「
祖母とミアキに見えるようにノートをふとんの上に開いた。
最初のページには万年筆で祖父からの言葉が書いてあった。
「
しかめっ面する妹。仕方ないので私が読み上げた。
「『春海の子ども達へ 君たちが幸せな人生を送ることをお祖父ちゃんは祈っている。 千裕』って書いてある。私達二人へのお祖父ちゃんの言葉だよ」
そして次のページをめくった。すると写真が貼ってあった。次のページにもまた写真。左側のページは灰ケ峰の写真だった。それも頂上だ。ノートの余白には787という数字が万年筆で書いてあった。これって灰ケ峰の標高だ。
そして右側のページには三人家族の笑顔の記念写真が貼ってあった。一人は分かる。祖母の若い頃だ。カーディガンにブラウスとスカート姿。
祖父は祖母より少し背が高く、背広にネクタイを締めて眼鏡を掛けていた。意外や意外、左手で祖母の手を握り、そして前に立つ女の子の肩に右手を軽く置いていた。女の子はツインテールで満面の笑みで男の子のような格好をしている。凄い悪ガキ感。思わず妹を見てしまった。似ている。
「って事は、これはお
「そうよ。アキちゃんはこの頃の春海によう似てるわ」
祖母はそういって妹を見て微笑んだ。
「って
「それはあんたの今後の心がけ次第だよ」
そこまで遺伝に期待するのは虫が良すぎるよ。もう。
それにしてもこの後のページの写真が良く分からない。というか分かりにくく撮られているようにすら見える。
「この後の写真は呉じゃない。港町を山から撮ったのかな。なんだか簡単に分からないように設定して撮ってるし。あとの写真は神社とか学校かな。なぞなぞにしか見えない。で、最後の一枚がまた古い四人家族写真。これ、お祖父ちゃんとお祖父ちゃんのお父さん、お母さんだよね?あとお姉ちゃんがいるの?」
「せやねえ。
「何か意味があると思う?」
「さあ。
そういうと祖母は微笑んだ。
ミアキが勢い込んで言った。
「これ、お
えっ、夏休みの自由課題?ほっておくとまずい嫌な予感がした。
「どうやってやるの。これ、夏休みだけじゃなくて時間掛けないと無理じゃない?」
「そんなのいや。
ああ、妹一人じゃ多分というか絶対無理だよね。もう。
「あのねえ。あんた一人じゃ夏休み中にやるっていうの無理でしょ」
「お
「……仕方ないなあ。夏休みの宿題としてだけだよ。お盆が終わって帰る日までに出来てなかったあら夏休みの自由研究としては諦める。それでいいよね?」
「うん。それでいいから」
なんだか妹にまんまとはめられた気がする。
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