函館山の戦い
煌めく一閃が深淵を切り裂く。
「なになになんなのコイツ~ぅ!?」
紫電の網を、鋼の閃光が叩き斬る。超人的な反応で回避し続けるデビル・アビスだが、まともに攻撃に転じることすら出来ない。とにかく、初手を取られたのがまずかった。流れるような斬撃の嵐が女悪魔を徐々に追い詰めていく。
「しぃーちゃん!!」
デビル・カカシの突撃が、蹴り上げに弾き飛ばされた。勢いを逸らされた。合気の呼吸に深淵女王は目を剥きながら、しかし、その対応力は天才故か。
(コイツ、反応が追い付き始めている……? ディスクちゃんと同じタイプッ!?)
刃の連撃の速度は上がっている。いきなり踏み込まないが故に、隙を晒さない。アビスは防戦一方だ。しかし、手を晒すほどに、深淵は貪欲に技術を飲み込んでいく。足捌き、呼吸。刃の培ってきた技術が、飲み込まれていく。
「
「ひ……ッ!」
剣が、炎を帯びた。怯むアビスに、炎の煌めきが翻った。空間断裂の、摩擦。神速の振り抜きが、特殊な炎を帯びさせる。化け物狩り、それは退魔の炎。
再度、デビル・カカシの突撃。刃の攻撃が途切れた。柄で弾き飛ばされた一本足のデビルが地面を転がる。しかし、炎が掻き消える。その隙を見逃す女王ではない。
「しずめぇ!!」
大地に這う雷撃の蛇。刃はウォーパーツを投げた。アビスが後方に回避し、鋭い刀身が地面に刺さる。
「無駄よん♪」
ようやくペースを掴んだアビスが、背中の翼をがばりと広げた。地面への無差別攻撃。非行能力のあるアビスならではの必勝パターン。ダメ押しに周囲に雷球を生成しながら。
「は…………?」
しかし、彼女が見たのは、地に突き立てた『天羽々斬り』を足場に、深淵女王の頭上まで跳んだヒーローの姿。呆けた声に、反撃が遅れる。空中の刃が、袖から鎖を発射する。周囲の雷撃を吸わせて、切り離し、丸腰のアビスに飛び付く。振り上げる両手の小太刀。
「シ――――ィ!!」
気合一閃。
深淵女王に赤い線が走る。だが、デビルの物理耐性。突き立てた小太刀程度でアビスは倒せない。被弾の衝撃で地面に落とされたアビスは、雷の蛇を空中の刃に放つ。
じゃらり。
不吉な音がした。
「ぐお!?」
顔面への衝撃に、女王が無様な声を上げた。
刃は、空中で左手から鎖を発射して、その勢いでブースト。向かう蛇をすり抜け、右手に巻いた鎖の束で、デビルを殴り付ける。物理耐性も、完全ではない。思わぬ一撃に怯む女王に、刃はさらに拳を振り下ろした。相手の動きを阻害できれば十二分。迫るカカシの突撃を、左手の鎖が逸らす。
(コイツ、ここまで手段を選ばず……ッ)
「コロス」
宣言があった。
飛んだ鎖が引き抜いてきたのは、ウォーパーツ『天羽々斬り』。強引に全方位雷撃を放つアビスの上から飛び退く。剣を、槍のように投擲した。
「ばぁあ!!」
空間が、スパークする。深淵女王の口から放たれる雷の塊。しかし。
「断裂空魔――閃空」
空間を断裂する特性が。
「舐――――める、なあ!!」
攻撃は横に。強力無比な電磁砲の反動で、必殺の間合いから逃れる。先程、刃がやったことと同じ。女王は荒い息で、悠々と『天羽々斬り』を納刀する女剣士を見た。
斬る。
あの鋭い眼光から、そんな気迫が溢れんばかりに。そんな彼女たちの間に、引き裂かれた巨大な顎が落下した。その体表には、ぬめりとまとわりつく液体が光る。
「あーちゃん……?」
続いて降ってきた火炎瓶が、デビルの肉体を燃やした。可燃性の液体だったのだろう。女王の目の前で、配下のデビルが無惨に焼き殺される。
「優先攻略対象、デビル・アビス。お前を討滅する」
現れたのは、黒いスーツの男。記憶に間違いなければ、特務二課のトップ。
「おまえええええ――――!!!!」
冷徹なまでの殺気を前に、女王の激昂が向かい立った。
◇
「地点D!」
「りょッス」
ウォーパーツ『韋駄天』の踏み下ろしが、大地を揺らした。地面を逃げ隠れするデビル・ペギーに、隼は包囲網まで下がってきていた。国防軍の観測班が、敵の位置を綿密にサーチしていた。そして、銃火器による出現位置の誘導。ここまで下がって来たのは、逃げるためではない。
(判断は適切。やっぱり日頃の訓練がモノを言うッスね……)
国防軍との連携は、ネームドのデビル相手に確かに効果を発揮していた。徐々に削れていく敵を、隼たちは少しずつ追い込んでいく。デビル一体にここまで戦力が避けるのは、十分敵数が減ってきたから。そして、その判断を阻害する電磁バリアはここまで届いていない。
「蹴撃……!」
飛び出して来たデビルに、渾身の蹴りが合わさった。破裂するように肉体を折ったデビルが、ぐったりと倒れた。その肉体がどろりと溶解し、そして消滅した。
「討滅確認。お疲れさまです!」
咄嗟の指揮を執ってくれた小隊長に、隼は感謝の言葉を述べる。一時はどうなるかと思われていたが、どうやら戦況は好転しているようだ。敵のボスもハートと刃が追い込んでいる。あの二人であれば、しくじることはないだろう。
「負傷、ないッスか?」
「はッ! 報告、負傷……者?」
返事がぎこちない。
「多数。いや、まだまだ拡大をッ!?」
「……それ」
嫌な汗が吹き出る。何か、嫌な予感が。
妙に湿った空気を感じて、顔を向ける。そこには、妙に虚ろな目をぎょろりと蠢かせる骸骨が。
「まさか」
◇
「…………はあ、はあ、はあー」
荒い息で、焔とギャングは座り込んでいる。切り刻まれ、焼き尽くされた巨大なデビルの死体が倒れていた。対デビル・マルコ、辛勝。二人揃っていても、やはりネームドの相手は厳しい。優先攻略対象には及ばないものの、この獣も相当な実力者だった。
「やったな」
「ああ。まだ終わってねえがよぉ」
男二人が拳を合わせる。これ以上の戦闘続行は、流石に厳しいものがある。これまでの経験から、二人してこのまま戦線から下げられると考えていた。
「くっく、臨時ボーナスでも入るんじゃないか? また、仕送り奮発するのか?」
「……へ、だといいがよぉ」
家族。誰もが当たり前に持っているもの。それでも、抱える事情は千差万別。家の貧しい彼がここにいるのは、単に給料が高いからである。言葉で表すには簡単だったが、そこには本人にしか理解できない苦悩に満ちていた。イラついた表情のまま、茶化す
そう、全ては金のため。そして、隣の男はそれを承知で背中を預けてきた。全ては金のため。
その、はずだった。
『緊急ッス――――!!』
隼の、悲鳴のような通信。尋常ではない様子が浮き彫りになる。安寧は、幻想の如く砕け散った。甘い勝利なんて、夢のまた夢。指定変異災害、デビル。奴等は、ついに攻勢に出てきた。それは、デビル・ダウトの暗躍で、気付いても良さそうだったが。
「……いくぞ。グズグズしてらんねえ」
「へい、ギャング! 本気か?」
ブルゾンの男は、ボロボロの肉体を引き摺りながら、確かに頷く。
「給料分は働いてやる。寝てばっかいらんねーよ」
「はは、そうだな」
よろめくギャングを、焔が支えた。
「さあ、ヒーローの責任を果たしにいくか」
◇
「デビル・ガンド、だとッ!?」
珍しく、ハートが動揺する。そのデビルコードは、特務二課にとっては災厄の象徴だった。多くのヒーローたちが、その呪詛に蝕まれて命を落とした。ある意味で、四天王以上に脅威と感じる死神。
それが、遥か後方で、包囲網を敷いていた国防軍のど真ん中から奇襲を仕掛けてきたのだ。追い詰めていたはずのデビル・アビスが、にたりと嗤う。これは、策略だ。
「刃、僕は一度下がる」
「了解。私一人でもこいつらは、ぇ――――……?」
まさに、絶句。
新手だ。飛び出して来たデビルに、二人の足が止まる。
「人類戦士以外は取るに足らんと侮っていたがぁ」
熱気と闘気が合わさり、覇気となす。その凄まじさに、完全に気圧される。
「中々どうして捨てたぁものでもなかったぁぞ」
熱で、声がたわむ。ハートが足を止めた。下がれない。ここで刃と向かい打つしか手がない。
「四天王、デビル・アグニ……」
「さぁ――――仕合うぞ、ヒーローぉ……!」
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