暗獄
「トロィエ・ミーのうち、2部隊が壊滅。しかし、やはり厄介な奴が残るか……」
高見元帥は、眼光鋭く戦況を分析する。戦争は、これまでも続いていた。決して顕在化しない、水面下の争い。火力をぶつけ合うだけの戦争の方が、まだマシとさえ思える。こうして直接対決に臨まれたのは、大失態だ。
『高見の罠を抜けられるなんて、大した奴もいたもんだね。まあ、不運が積み重なった情勢が悪いかな? 荒らされた地方領邦、デビルの襲来、そして僕! うーん同情するよ!』
飄々とドイツ語で捲し立てる通信相手は、欧州『
「ミハエル=ミハルコフ大佐……まあ、戦場では古い馴染みですよ」
『へええー、嫌われ者の高見ちゃんにもお友達がいたんだねえ!』
「…………………………………………用件は?」
出会うたびにやたら煽ってくる欧州の顔役の扱いは慣れたものだ。こちらから戦争を仕掛けてしまえば、戦争撲滅の大義名分の下で蹂躙されるのは自明である。
それを抜きにしても、胡散臭い少女擬きと影で称される顔役の、なんと幼稚なことか。これがあのえげつない渉外手腕を誇るあの『世界仲良協会』の渉外担当なのか、と毎度毎度馬疑わしく思う。同じく大戦期に揉まれた者同士である以上、それなりに同年代とも呼べるはずなのだが、見た目と中身の若さがそれを全く感じさせない。
『ロシア、仕掛けてきたね?』
「専守防衛。流石にこのまま蹂躙される無茶は飲めませんよ」
『ここまで強攻手段に出るなら、本国のバックアップがあっても良さそうなのにね?』
「……話すなら、さっさとなさい」
『ふっふっふー! おっどろくぞー! 今、ロシアで何が起きているかと言うと――――』
その言葉に、あの元帥の目がカッと見開かれた。通信相手から死角の位置で専用端末を弄くる。急ぎ、腹心の情報部隊に裏を取らせる必要があった。
『流石に驚いたよね。僕も正直、君以上におったまげたから仕方がない』
「指定変異災害デビルを利用したロシア侵攻……そこに全く別の勢力が一枚噛んでいるというわけですか」
『知ってることがあれば吐けよ。お互い必死だろ?』
確かに。
恐らく、ヘルメス卿が掴んでいない情報が、高見元帥の手中にある。だが、ロシア軍工作部隊の侵攻への対応は急務だ。高見が敷いた防衛線が抜かれている現状、情報のアドバンテージは欲しい。
最初に、ヘルメスは特大の情報爆弾を投下してきた。それは、餌だ。彼女は、この局面で必要になるだろう情報をちらつかせている。お互いに、見えない脅威に脅かされている。
「開示しましょう」
『おーけー、流石の決断だ』
高見は側近の一人に指示して、地図を持ってこさせた。二枚。世界地図と日本地図だった。
「ここ数ヵ月のことです。皇国の地方領邦が未知の勢力に荒し回られました。守護に置いていた部隊ではなすすべもない強敵でした」
『……………………』
ヘルメスは無言で続きを促した。似たような話は、自分の統治下にある地域でも聞いている。欧州の国境警備が破られたことは機密事項として伏せていたが、まさか日本皇国でも同じことが起きていようとは。
「ロシアでの動乱、この勢力の介入があったのでは?」
『イエスだ。ついで言うと、我々も手痛い損害を受けている。これはデビルとは無関係の、共通の脅威だ』
「……欧州の国境警備が?」
『頼むから伏せておいてくれよ? 余計な勢力を巻き込みたくない』
だから、と。
『こちらが集めた情報を開示する。お互い堅牢の備えはしたいはずだ』
「先に」
『オカルトだ。奴等は近代科学に葬られた技術に精通している。だが、それだけではあの強靭さには説明がつかない』
「オカルトは門外漢なので、私としてはコメントしにくいところですが……」
それどころか、元帥はスピリチュアルなオカルト類類を信じていなかった。そこには、伏せられた未知の技術が通っているだけである。奇跡は、それを可能せしめる技術基盤が支えている。少なくとも、高見はそう信じていた。
『いい。現象としては、奴等は死体を操っていた。僕はこれがオカルトの領分だと考えているが、別の見地があればこの情報を役立てて欲しい』
「死体…………?」
気になる報告があった。先日のデビル襲撃、頂機関跡地を狙った攻撃の中に、奇妙なものが残っていた。一度撃破された筈の謎の女が、生き返って戦線復帰したという現象。結局は四天王に肉片残さずに焼き尽くされたという話だった。だが、その印象は。
まるで死体が生きているかのようだった、らしい。
「先日、我が国土にそれらしき女を補足した」
『本当か!?』
「ですが、あっさりデビルに殺されましたよ? それほど脅威には感じませんでした」
『……と言いつつ、評価を改めつつあるね? さっきから僕が見えない位置で何をこそこそしてるんだい?』
「裏、取れました」
投げやりに言い放つ高見に、ヘルメスはきょとんとした。ややあって、ロシアの現状のことだと理解する。
「…………誰が手引きを?」
『こわいこわいなんかエモーショナルなものを感じるよ! なんで仇敵が嵌められて君が怒るのさ! もう相変わらず君はよく分からないよ……』
しばらくぶつぶつ呟いていたヘルメスも、通信越しの無言の圧力で渋々続ける。
『調べはそれなりに。ただ、実行犯は雇われ傭兵だね。主犯の情報は闇の中、どうあっても追跡させてくれない。雇う方も雇われる方も、常軌を逸している』
「たかが傭兵が? それはもう、国家戦力に相当するのでは?」
『そうだと言っている』
この時代、世界地図には五つの勢力図が並んでいる。
日本皇国、アメリカ合衆国、ロシア連邦、欧州連合、そしてそれらを塗り潰そうとするデビル軍。その中のどこかが、何かをしようとしているのか。はたまた、全く別の闇の勢力が盤面に現れたのか。
「傭兵の名は?」
『いいけど、どうせダミーネームだよ? 中東・暗黒大陸周辺でそれなりに名は売っていたみたいだけど、今はもう活動の痕跡すら残していない』
「いいから」
急かす高見に、ヘルメスは小さく口を動かした。
――――――エシュ、と。
通信越しに、二人の視線がぶつかる。お互い、歴戦の身である。発した名が、意味ある名だと直感していた。
『…………ま、そっちばかり気にしているわけにもいかないんじゃないか? 利用されたとはいえ、デビルの出方も大分脅威だろうに』
「それについては既に布石を打っております」
穏やかな物腰に戻った高見司令。そう、彼女は特務一課の総司令でもある。かの人類戦士を筆頭に、一騎当千の臨界者たちを動かせる立場だ。
つまり。
英雄闘争ヒーローギア!! ビト @bito
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