第6話 暗襲! トロィエ・ミーの暗殺部隊
函館戦線、異常アリ
こんな時も敵はやってくる。慌ただしいサイレンに集結した二課の面々には、未だ傷が癒えきっていない者たちがいた。
「ギャング、行けそうか?」
「おぉう、調整済みだぜ」
頂機関跡での激闘。その傷が深かったのは、ギャングと緋色の二人だった。特務機関の最新鋭の治療を受けても、僅か一週間では全快とはいかない。しかし、それでも戦える。そんな風に訓練を積んできた。
無傷でいつも通りの柔和顔を浮かべるハートは、もう一人に顔を向ける。
「緋色、ウォーパーツは?」
「…………発動不可。原因は不明だ」
げんなりした顔で緋色が答えた。どうも前回の戦いから調子が悪い。心なしか体調まで悪そうに見える。ハートは司令に目配せすると、司令が口を開く。
「緋色、お前は待機だ」
「なっ!?」
「ディスク、
「はい!」
「え、いや……!?」
狼狽える緋色を、ディスクが押さえつけた。妥当な判断だ。ウォーパーツが使えないだけではない。今の緋色のメンタルでは、とてもではないが戦場には立たせられない。
「緋色、私たちには別の任務がある」
「そ、そうか……なら、そっちを頑張る」
嘘である。
任務とは、所謂休養である。脳内を直接弄くられる負担は想像を絶するだろう。体力バカの緋色はもしかしたら無自覚なのかもしれないが、肉体のダメージも相当なもののはずだ。
ハートがディスクに労いの笑みを浮かべる。はにかむように照れるディスクだが、それよりも緋色に目を惹かれていた。
(うわあ、両手を小さく握って健気な顔……なんだろう、この小動物感っ)
弱っている緋色は、妙な愛嬌があった。頬が熱くなるのを感じる。
「目標は先般、優先攻略対象に指定されたばかりの、デビル・アビスである。自前の軍勢と共に急遽函館上空に現れ、今は函館山を占拠している。……やはり電磁レーダーに引っ掛からないのは、米軍からの善意の情報提供通りだ」
米軍とアビス軍との激突。その苛烈さは緋色自身も経験したものだ。敗北の恐怖はチリリと背筋を灼いた。
「珍しいな。函館だって……?」
デビル軍の侵攻経路は、日本においては多摩地区から最短経路で首都圏まで攻め入るのが常道だった。北部からの侵攻経路となると、確認されているのは樺太南部か。もしかしたら新たな侵攻経路を開発したのかもしれない。
デビル・アビス。深淵女王の真に恐ろしいところは、今までのセオリーをぶち壊していくことか。
「ああ。しかも首都圏を狙うでもなく、函館山に布陣を敷く始末だ。住民の避難は完了しているが、挙動がどうにも不気味だ」
美しいものを手中に収める。
それが深淵女王の行動指針だったはずだ。緋色は嫌な予感に声を発するが、司令がその手で制した。
「だが、関係ない。電磁レーダーを掻い潜るその能力は危険だ。ここで討滅する」
司令は緋色からの報告を受けていた。事情を把握した上での判断。余計なことを考えずに、ただただ潰す。
「作戦は追って指示する。各個に出撃準備を整えるように」
了解、と威勢の良い返事が合わさる。
彼らはこの先の悲劇を、そして、世界の勢力図が書き換わる一大事件を知る由もない。
◇
「よお、緋色」
相も変わらず、その豪胆壮烈な女傑は神出鬼没だった。おっぱいも最前線でお馴染み、人類戦士である。
「この前は悪かったな。四天王と戦ったらしいが、俺様も氷付けだったんだよ……」
気まずそうに女傑が言った。緋色も戦況は聞いていた。四天王二人を相手取る最前線に苦言を呈するのはもってのほか。
「いや、アネゴ……俺も頂家当主として不甲斐ないザマを見せた」
「――へえ。そういうこと言う」
拗ねたような表情を浮かべる人類戦士に、緋色は焦る。なにか地雷を踏んでしまったのか。自分の落ち度には少し敏感だった。どこか庇護欲を掻き立てられたか、ディスクが緋色の前に立ちはだかる。
「緋色を虐めないで」
「い、虐めてなんかねぇだろお……ッ!?」
「失礼。かの一族とは因縁がある身なので、ご容赦頂きたい、お嬢さん」
車椅子の老婆が。その威圧感にディスクが固まる。特務一課を率いる高見元帥。女性ながらウォーパーツ抜きに戦後の国防を担った正真正銘の英雄を前に、少女は固まった。
「あんま脅してやるなって、マム。結構人見知りするって言ったろ?」
「…………そんなつもりはありませんでしたが」
思わぬ大物との接触に二人の思考はフリーズした。作戦行動中の二課の面々はここにはいない。だからこその接触なのだろう。
「緋色、当主として動いたらしいじゃんか」
「……はは、お見通しッスか」
「…………………………むぅ」
困り顔を浮かべる緋色の盾になるようにディスクが立つ。どさくさに紛れてちょっと抱きついたり。
「その意味、分かってるよな?」
「注釈すると、私たちは一連の事情を存じていますよ。隠し事は無用です」
元帥は、ディスクを一瞥した。試されている。緋色は
看破したディスクが緋色の手を握った。意図は、通じたようだった。
「……ああ、そうですか。ちなみに
信頼関係にある。それを端的に示した発言。再度ディスクの頬が朱に染まった。そういう直球な感情表現は少し控えて欲しいものである。
「ほう。良い信頼関係にあるようですね」
元帥は微笑みを浮かべる。その表情が意味するところは分からない。しかし、人類戦士は明らかに嫉妬の情を浮かべていた。
「けっ、仲が良ろしいこって! 当主として動いた意味、理解してんだろぉな?」
「ああ…………けど、俺はやっぱり緋色だ」
にっかりとして笑う人類戦士は緋色の頭を撫でた。くすぐったそうに笑う無垢な少年に、今度はディスクが頬を膨らませる。
「頂機関は二課とズブズブだぜ。このまま使い潰されるぞ――『
その男の名が出るとは、どういうことか。人類戦士も、彼女なりの戦いがあるようだった。緋色が無言で頷くと、今度はディスクに目を向けた。言葉は交わさない。視線だけで通じる意図があった。
「いいか、緋色。お前さえ頷くなら、俺様が頂機関が手出しできない特務一課に――――」
言葉が止まる。
元帥が取り出した無線機は、普通の規格とは異なっていた。緊急用の連絡手段。それは、対デビル戦線ですら用いられていない秘密兵器だった。それをあっけらかんと。
「……マム、ボケたか?」
「これ」
びく、と最前線の肩が跳ねた。
だが、高見元帥は失言にも上機嫌だった。
「ネズミがようやく餌に食いつきました」
その。狡猾かつ強靭な含み笑いをこぼして。
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