世界仲良協会
「知らぬ者もいるとのこと。改めて名乗ろう、僕はヘルメス=メギストス、錬金術師だ。
欧州連合の平和維持を取り仕切る顔役は、二課の面々の前で一礼した。護衛には説明と詫びを入れて返したようだ。彼女自身かなりの実力者らしいとディスクが耳打ちしてくれた。
「よく来て下さいました。お一人で迷わず来られましたか?」
「無論」
緋色は笑いを噛み殺した。司令もこうした接待は苦手だったはずだが、どうも気心知れた仲という感じがあった。
「それはそれは大変よろしゅう」
「信じとらんな、風雲児」
ハートが咳払いで場を引き締める。
「色男にエスコートされて来たからな。若い男は良いものだな」
ヘルメス郷が緋色を見遣る。マイペースな性格みたいだ。
武蔵野で出逢ったような少女服ではない。黒い三角帽に藍色のローブを着込んだ彼女曰わく正装だった。その様はどこか絵本に出てくる魔女を連想させる。高圧的な笑みからは老獪さが滲み出る。
「そんな重大人物とは……」
「良い」
気にするな、とヘルメス郷は緋色を諫しめる。
「だが、間違っても向けないでくれよ。君のその拳を、ね」
我々は戦争を赦さないから、と。
得体の知れない凄みが緋色を襲う。ただの牽制とは理解しながらも身体が固まる。かなりの実力者、という話は本当のようだった。
「交渉の報酬だ。緋色は借りていくよ、風雲児」
「御意」
聞いていない。緋色は司令を見た。
「安心せい。君の頼れる
緋色以上に身構えていたディスクが表情を歪める。
「風雲児の采配だ、必ず意味がある。欧州の唾を付けておきたいわけだ」
司令は一礼してディスクを出させた。部屋を借りるぞ、と一言。ヘルメス郷は二人を連れ込む。
「…………司令、これは」
一同を代表するようにハートが口を開く。
「作戦コード『フォーマット』への欧州の協力を取り付けるためだ。各自解散」
散っていく面々だが、ハートはその場を動かなかった。
「司令、お分かりかと思いますが」
「頂機関への報告は好きにするといい。良い感じに頼むぞ」
表情一つ変えずに、ハートは音も無く消えた。残された司令はサングラスを外して目蓋を揉んだ。
「やれやれ……お前は本当に厄介な善人だな、ハート」
◇
応接間。
ふかふかのソファーにほくほく顔で腰掛けるヘルメス郷に、新人二人が向き合う。
「黙って聞け。我々欧州の現状と言い分だ」
第二次世界大戦。世界の趨勢はあの戦いで決まった。ウォーパーツを駆使した戦略で厳しい戦況を引っくり返した枢軸国勢力。戦後しばらくドイツ帝国による恐怖政治が欧州を支配していた。
「その崩壊の原因は、連鎖的超規模経済破綻と言われておる。ま、あれこそが僕らオカルト勢力の決死の革命何だけれど」
何か言いかけたディスクは手で制される。本当にチャックを付けられたように口が開かない。形容しがたい違和感が二人の口を塞ぐ。
「ご静聴を。この『オカルト』というのは君たちの言う科学技術の別系統と捉えて構わない。好き勝手やったせいで近代国家に封じ込まれた負の遺産さ」
封じ込まれた。激しい弾圧の末に、彼らの大半は人間社会から追放された。それでも、近代社会に紛れ込んで生き抜いた本物も確かにいたのだ。
「金を生み出したんだよ。錬金術師だからね、僕は」
そんな、そんな馬鹿な話が。抵抗しようとしたディスクが鼻息だけで呻く。緋色は、その話に。
「皆が色々やったのが他にもね」
肝心な部分で日本語を間違えたせいか、ややクリティカルを逃していた。したり顔のままヘルメス卿は話を続ける。
「歴史の教科書にも乗っているだろう? 欧州中が阿鼻叫喚の中、
だから自分ではただメギストスと名乗っている、と言う。
欧州連合。ドイツ帝国を転覆させた革命勢力はあっという間に欧州諸国を併合した。隣のロシア連合圏を警戒した早業だった。今も両者の間で睨み合いが続いているという。
(だったら、何歳だよこの人……)
「あ、僕一応高見の奴より上だから」
緋色とディスクが渋い顔をする。騙された感じがした。
「ま、君たちはやがて世界に知れ渡るはずのタッグだ。僕らオカルト勢力のことを知っていて貰わないとね」
そう言うと屈託の無い笑みを浮かべた。そうしていると年頃の少女にしか見えない。
「もう喋っていいよ。質問も答えられるだけ答えよう」
指を弾くと、二人の口元の違和感が消失した。弾かれたようにディスクが口を出す。
「今の話って……比喩とかは無く真実なんですか?」
「だよん」
緋色は、その話がどれくらいの価値を持つのか分からなかった。ただ、一つ思うのは。
「何で――――私も?」
「ふぅん、もうそこを聞いちゃうか」
勿体ぶったようなしたり顔。言いたくて言いたくて仕方がないといった仕草だ。
「君は、『円盤ザクセン・ネブラ』の適合者だろう? あれはそもそも我々の所有していたウォーパーツでね。そのスペックを知るのが我らだよ」
「何で――こんなものが日本に」
「借金のカタ。言ったろう、超ウルトラハイパーインフレで
小声でヘルメス卿が言った。そこまでは言っていなかった。耳打ちするような仕草が大仰で野暮ったい。ディスクは本当か嘘か分からない言葉に眉をひそめた。だが、これだけは分かる。このリヒトの使者は、とにかく事情通なのだ。
「君がこの先どれだけ価値を釣り上げていくのかは僕も興味がある。風雲児からは君自身もとてもチャーミングなレディだと聞いているしね」
ディスクが何故かそっぽを向きながら頬を染めた。緋色は黙って聞いているだけで口を挟まなかった。隣の少女に何かあることは薄々感づいていた。
「……誤魔化されている気がします」
「だね。でも、君に関しては正直未知数なんだ。ごめんね」
『円盤ザクセン・ネブラ』に秘められた価値は本物で、その臨界者の価値も本物だ。問題はその先。それらを抜きにしたディスク本人の価値。
「次は君だ、緋色」
そして、今度は。
緋色はじっとヘルメス郷の顔を見た。彼女は彼を買っているようであった。今後の趨勢の重大人物となることをほぼほぼ確信しているようだった。
『ヒーローギア』の後継者であり。特殊な出生であり。そして、緋色自身について。
「戦争を、赦さないと言ったな」
「至上命題だ」
人間同士の争い。同族同士の潰し合い。デビルという脅威を前に愚かだとは思う。しかし、緋色は現実の一端を知ってしまった。
「人は、ずっと人に抗ってきた」
「抗ってきた、という表現は面白いね」
平和、なんて概念を緋色は挙げはしない。ただ、在るべくして在るように。同じ人類で争い続けることなど歪で間違っていると。
「どうやって」
「根絶する」
ヘルメス卿は端的に答えた。
「帝国の暴虐で我々は懲りた。戦争はもう懲り懲りだ、やらせない。潰してでも」
喧嘩両成敗、という言葉がある。ヘルメス卿はそう続けた。
「あれは素晴らしい。我々世界仲良協会はああやって欧州を統一した。
やがて世界平和だ」
緋色は、言葉を失った。平和の使者、正しさの権化。彼女はそのつもりなのだ。リヒトの、正しさの顕現。
そうでもしなきゃ、こうでもなければ。至れないのか、人類は。争いの無い当たり前の世界に。
「戦争を起こす勢力は潰してきた。力でねじ伏せた。仕掛けた方も、受けた方も、要因を作った方も。問答も容赦も赦さないのが我々だ」
ヘルメス卿は続ける。
「誰かがやらねばならなかった。ならばと我々がやった。戦争を続けることが人類の愚かさだとすれば、戦争を止められることこそが人類の叡智だ」
戦争撲滅。そのお題目を上げる彼女の見る先が二人は気づいていた。
日本はどうするのか。
果たして戦争撲滅に躍起になる錬金術師に対して国はどう動くのか。決して無視出来る相手では無い。
「緋色は、どう考える?」
「分かりません」
はっきりと答える。正直、個人の手に余る。
「良い。考えろ」
いずれ何らかの決断を下すことになる、と。言外でヘルメス郷はそう告げた。
「じゃあ、何で……」
代わりに、緋色は根本的な質問を発した。締め切れないその言葉を、ディスクが引き継ぐ。
「今日は何故……この場にいらしたんですか? まさか、私と緋色に会いに来たわけではないでしょう?」
「んにゃ、そうだけど?」
あっけらかんと。
「風雲児は信頼出来るが、それでも頂機関に通じている二課の連中に知らせるわけにはいかない。高見にべったりの人類戦士ちゃんだって論外だ。
我々が困って心底喜ぶ奴らがいる。業腹なことに。だから、未だ染まりきっていない、しかもこの先有望な君たちに話を通しに来た」
つまり、困っていると。圧倒的な暴力で戦争を撲滅していく世界仲良協会の渉外担当が。
「我々は、損害を受けた」
その言葉がどれだけの重さを持つのか、二人はこの時理解出来ていなかった。
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