暗黒大陸の胎動

「我々欧州の国境警備隊が丸々一部隊やられた」


 無機質な声からは底冷えする怒気が滲み出ていた。


「所属は不明。日米の線は薄く、順当にロシアとも言い難く……最悪、未だ潜伏されている可能性がある」


 不明も何も、と緋色は思った。指定災害デビルの人類に対する敵対行為は既に全世界に知れ渡っていることである。誰だって真っ先に疑うのはそこのはずだ。


「……緋色、現体制の欧州の水際防護は未だ破られたことがないんだよ」

「それは知ってる」


 余程の精鋭が防護を担っているのだろう。それが一部隊とはいえ壊滅せしめられた。その事実を欧州は決して公表はしないだろうが、間違いなく歴史的な惨事だ。


「下手人はまともな兵隊では無かった。確認したのは。追加戦力で撃退には成功したが、撃破までは至らなんだ」


 感情が乱れているのか段々と日本語がおかしくなっていく。三角帽のつばを示指で持ち上げながら渉外担当が重い息を吐く。まさか愚痴を吐きたいだけではあるまい。緋色は口を開く。


「それで……俺たちは何を?」

「ヤー。知っておいてくれればいい。他言無用だよ」


 そう言いながら示指を口前に当てる。


「……もし、私たちがこれを報告したら」

「高見にだけは気取られるなよ? 奴は確実に動く。そうなれば我々は戦争撲滅の大義名分の下で、ね?」


 ディスクは黙って下を見た。完全に脅しの口調だった。ヘルメス卿にとってはどちらに転んでも構わない。そう言いたげな風だった。


「いずれ君たちとも敵対するかも知れない勢力だ。知っておけば心の準備は出来るだろう。不意打ちで不慮の事故死とか勘弁願いたいからね」

「俺たちに倒させたいのか」

「僕らはからね」


 ヌケヌケと言う彼女が悪戯っぽく笑う。どこまで本気か分からないが、それでも彼女の中で一定の成果が得られたらしい。大きく伸びてだらんと脱力した。対面する二人は固くなったままだ。


「謎も何も、それってデビルじゃないんですか?」


 脱力したままヘルメス卿が目を見開いた。どうやら驚いているようだった。隣を見るとディスクがじとっとした視線を向けている。


「たまげた。風雲児の奴わざと知らせて無かったか! どうりであっさり面会させたものか!」


 その反応の意味が理解出来ない。緋色は隣を見た。頼れる解説役バディは口を開く。


「世界仲良協会が掌握する現欧州体制は世界各国から疎まれている。不透明な軍事力に正体不明の中央政府。国外に広く活動している渉外担当も胡散臭い少女擬き「心外な」……得体の知れない凄みに包まれた大女傑である。

 その外交姿勢は強硬でありながらも平和路線を根幹としている。ロシアとの停戦、日本との同盟等々着実な成果を上げている」


 疎んじられ、不審がられながらも平和への架け橋を強引に繋げてきている。どの国家にとっても無視出来ない存在。それが欧州連合、世界仲良協会だった。そして。



「とりわけ大きな成果は、


――――デビルとの休戦の締結」



 いつもの冗長なディスクの言葉に、はっきりと芯が通った。緋色は聞き間違いではないかと疑う。だが、二人の反応からそれは真実だと分かった。少なくとも、ヘルメス卿は本気でそう主張している。


「人類の裏切り者、と呼ぶ奴らもいる」


 その一大交渉の功労者はにたりと。


「我々から言わせれば、愚かしいのは無益な争いを続けること。緋色よ、聞け。デビルとは潰し合うだけではないよ。僕みたいな手段もある。大人しくウォーパーツを放棄するんだね。はっはー、風雲児は僕から君にこれを言わせたかったんだな-?」


 軽々しい口調。だが、それが不可能なのは緋色も重々承知だ。武器を捨てたら嬲り殺しにされるだけである。


「武器を捨てろ、貴女は私たちにそうおっしゃるのですか?」

「それが我々だから。それと、助言と警告だ」


 これ以上は無駄話になる、と話を締め括りに入る。


「身内に少し気を付けろ。高見派がどうにもきな臭い。それに合わせて頂機関も動きが見える。高月機関も他人事ではないよ」

(高月機関……?)


 緋色は初めて聞く名前だ。ディスクがほんの一瞬渋い顔をする。


「待って。何でそんなに詳しいんですか?」

「ヤー! 僕は錬金術師だからね!」


 答えになっていない。それでも欧州勢力には諜報の実力もある、それは良く分かった。事情通には裏がある。ヘルメス卿はぱんっと両手を叩いた。


「さて、子どもはもう寝る時間だよん。今の話は頭の片隅に残し続けるといい」


 有無は言わせなかった。







 某所。


「よぉレグ兄、手柄は上げたかい?」


 けらけら笑う女に男は頭を抱えた。あっけらかんと笑うこの問題児は内偵を命じられてあろうことか殴り込みを仕掛けたのだ。


「結構スリリングだったよ。ロシアの奴らとんでもないモン製造してやがった。先手が打てたのは僥倖だった」

「さっすがぁ! 意外にもガードが固いのはアメリカと尻尾切りのお上手なお日本ちゃんかぁ」


 天に微笑みながらクルクル回る。落ち着きの無い妹分に頭を痛めながらも男は辺りを見回した。


「他は?」

「シラネ。ザー君はにっくき帝国に置いといたよーん。隠れん坊に打って付けの潜伏先だもん」

「この分だと成果が出ているのはロシアと欧州だけか……王に何と弁明するか」


 必要ない、と女はびしっとポーズを取って止まった。


「成果上げたウチらは堂々としてればいいの。それに、ウチがもう一つやっつけてくるんだからー」

「どこだ?」


「ジパング。真面目君が地方領邦荒らし回ってくれたからすんなり中央に行けそう。ヒーローとかいう奴らがどんなもんか、死体を検分しちゃうよん♪」

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