リヒトの使者
「そうか、君もか。それは済まなかった」
そんなに畏まられると居心地が悪い。緋色は少女と歩きながら頭を抱えた。自分が情けない。
「うむ、どうしても寄ってみたいところがあってな。慣れない寄り道はしないものだな」
金髪と赤髪。端から見ると異様な二人組が武蔵野の街を歩く。人も疎らになり、どんどん裏道を進んでいる気がする。
「いや、こっちこそ力になれなくてごめん。その場所ってどういうところ何だ?」
「食だ」「え?」「食文化だ」
飲食店だろうか。思案げに眉をひそめる少女の苦心が程良く伝わってくる。日本語が上手なのか下手なのか分からない。
「もし、そこの方」
ふと思い立った少女が通行人に詰め寄る。緋色の時と同じように道を尋ねるようだ。男は驚きながらも丁寧に対応する。今度は当たりのようだった。
(そっか、人に聞けば良かったのか)
こういう時は。困った時は。人と人とが助け合う。争うだけでは無く。
「うむ、分かったぞ」
ほくほく顔で戻ってきた少女が道を指差す。そういえば、昼食をどうしようかと揉めていたばかりだ。急に空腹感が湧き上がってくる。
「良かった、一緒に行くよ。何食べるんだ?」
「油そば」
◇
油そば。一言で表現するのならば「汁無しラーメン」である。その名前と裏腹にラーメンよりもヘルシーな憎めない麺だ。タレに絡めるように食べるその様から「まぜそば」とも呼ばれる。
何故彼女がこんなところでそんなものを所望しているかというと。
「有力な説なのはこの店が起源だということらしい」
実は緋色も油そばは初見である。それだけではなく存在自体も知らなかった。それが少女には大層センセーショナルだったらしく、ドイツ語で色々とまくしられた。緋色では読解困難なほど早口だった。
「へい大将、油そば二つ」
何か微妙に間違っている気がする。
「驚きじゃな。こういう変化球な食文化は日本でよく栄えるだろうに」
金髪少女と赤髪少年。昭和然とした店構えに謎の風格が降り立った。他に客はいなかったが。
「知らないものは知らないって。でもそんなに推すなら楽しみだよ」
こういう雰囲気の店も初めてである。どこか落ち着かない。といっても身の上を勝手に明かすわけにもいかないので、所在なさげに辺りを見回し続けている。
「僕も何度か食べたけど、おいしいよ。日本のラーメンが好きだったけど最近は専らこっち」
妙に日本通な少女だ。これだけ日本語が達者なのも頷ける。
「……何しにそんな何度も日本に来てるのか聞いていいか?」
「仕事。言ったろ、寄り道だって」
「……何歳?」
「レディに歳など聞くな」
仕事、とはまた予想外な答えだった。通訳か何かだと勝手に思っておくに留める。緋色はそもそも自分のことを明かせないのだ。
「おお、来た来た!」
この店が起源だと。それはスタンダードな油そば。隣の彼女を盗み見て緋色は麺を混ぜる。滑るような麺のコシが喉を打ち、緋色の目が見開いた。
「うまい!」「じゃろ?」
それからは無言だ。黙々と麺をすすり上げる。ラーメンとは食感が異なる。無心に平らげた二人は両手を合わせた。
「「ごちそうさまでした」」
大絶賛である。緋色はテンションを上げながら少女と語らった。食が生み出す絆は国境を越える。その実感を文字通り噛み締めた。
「いやあ良かった。ありがとな」
「うんや、礼を言うのは僕の方だ。助かったぞ」
何も出来なかったけどな、と緋色が自虐的に笑った。
「何を言う。助けになろうとしただけでそれは救いだよ」
少女は笑った。それぞれ会計を済ますと外で太陽を見上げた。昼過ぎの日差しが燦々と降り注ぐ。
「この後って大丈夫なのか?」
「あーーー、実はな……」
迷子は継続中みたいだ。少し照れたように笑う少女に緋色は手を伸ばした。
「ここまで来たら一緒だ。互いに道を見つけ合おうぜ?」
「おお、頼もしい。して、手がかりは?」
無い、と緋色は胸を張った。人に聞いて回ればいずれ解決すると考えていた。
「なんとまぁ……連絡手段とか無いのか?」
「連絡…………あ」
待機中腕時計型の『ヒーローギア』、ではない。思い出したかのように緋色はポケットから何かを取り出す。それは外出時に渡されたスマートフォンだった。サイレントオフのまま放置された機械には何十件と着信履歴が表示されている。
「おいおい大丈夫か……」
少女が呆れた顔を浮かべた。今までスマートフォンを持ったことが緋色にとっては存在感が薄いものだったのだ。
「悪い悪い。今、
すっと少女が目を細めた。
「で、目的地はどこ何だ?」
「防衛省直轄特別任務遂行課。二課で良いぞ」
は……?
と緋色が言葉を失う。今、目の前の金髪少女は、果たして何と言ったのか。どうしてその名が上がるのか。
リヒテンシュタイン公国から来た彼女は何者なのか。
「案内するとよい。ヒーローコード緋色、『
◇
焔とはすぐに合流出来た。文明の利器様々である。だが、緋色はまずうろたえた焔という珍しいものを目撃した。金髪少女を見た瞬間、頼れる眼鏡兄貴が動揺に包まれた。
「ヘルメス卿……っ!?」
何故ここに、という顔。事実護衛を振り払って私事旅行と洒落込んでいた彼女は口元に人差し指を立てた。
「お忍びデートだよ。滾るだろう?」
彼女は緋色の腕に組み付いた。悪戯っぽい笑顔を浮かべる彼女に焔は顔を覆った。ディスクがむすっとした表情を出す。
「何だ……やっぱり有名人か?」
一人事情を読み込めていない彼は困惑気味にヘルメスを引き剥がす。年上好きという趣向は揺るがない。
「やはり知らんかったか。教育が足りんか……情報操作を受けていたか、か」
緋色は頼れる
「この方はヘルメス=フォン=トリスメギストス卿……欧州連合の顔役だよ」
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