円盤ザクセン・ネブラ
部屋は薄暗い。意図的に照明を落として雰囲気を作っていた。キャンドル型のペンダントライトが手元を照らす。揺れる光に影が射す。
「開始」
ゴトリ、と重い音が響いた。特注品のドライバーを丁寧に片付ける。外装パーツを決められた配置に、姿を現したのはウォーパーツ本体。中央の端末を煩雑な手順で操作して、メンテナンスモードを起動する。『円盤ザクセン・ネブラ』の週に一度の定期メンテナンスである。
「ふふふふふ」
担い手の少女が含み笑いを浮かべる。照明が陰影を濃く映し出して凄惨な表情が浮かび上がった。彼女はこの週に一度の儀式を心待ちにしていた。綺麗に保っていた絹の下布を広げる。メンテナンスモードのネブラから十の円盤が顔を出していた。ディスクは一番右下の円盤を取り出す。
「ネブイチ、いつもありがとう。この前は踏み台にしてごめんね」
精密な円盤を丁寧に愛情もって手入れしていく。その顔は興奮に包まれながらも、どこか慈愛に満ちていた。
「ネブジ、あの時は盾になってくれてありがとう」
埃をピンセットで取り除く。拡大鏡で回路を繋がりを確認しながら微笑みを浮かべる。
「ネブサブロー、レーザー良い調子だったね」
円盤の中央、熱源の放出口を労るように撫でる。過剰演算と調節した抵抗から生まれる熱エネルギー。それを射出信号で誘導した光線は連発の負荷が大きい。
「ネブヨ、今度またお風呂で洗いっこしようね」
精密機器につき水気厳禁である。彼女は偶に密封した袋に円盤を入れてスキンシップを図っていた。女同士(?)三人で裸の付き合いである。(後述あり)
「ネブゴロウ、君の斬れ味にはいつも助けられる」
ネブラの外輪、実は外部パーツである。中心をくり貫いた本物の回転鋸。これをザクセン・ネブラ用にチューニングしたものである。
因みに全てのネブラには性能にムラが出ないように綿密に調整されている。
「ネブロク、この前は痛かったんだからね。反省しなさい」
次に手を取ったネブラには若干厳しい目つきだ。外見、性能に差異は無いはずだが、彼女には当たり前のように見分けが付いている。
忘れがちで忘れてもいいことだが、彼女は超天才児である。そんな彼女の天才的な情報処理スペックがアレをドウしてソウなっていることは想像に難くない。
「ネブナは可愛くていいなぁ。でも、あんまり緋色の視線を持ってかないで。ちょっと妬ける」
気のせいである。繰り返すが気のせいである。適合者たるディスク本人には一千万歩譲って区別は付くかもしれない。
しかし、いくらあの『ヒーローギア』の担い手だとしてもネブラ単体を見分けることなど出来ない。『
そして、何を以てネブヨとネブナは女の子なのか。それは乙女の秘密であり、本作では言及しない。
「ネブハチは今日も輝いている。焔の攻撃すら跳ね返しちゃうもんね」
ミラーもネブラを包む外部パーツである。ネブラの外部パーツはその全てが過去の激戦で砕け散ったウォーパーツからの派生ユニットである。
在りし日の英雄の魂が幾多もの受け継がれている。(そんなに多くは無い)整備に精を出すのは至極当然当たり前である。
「ネックはいつも裏で頑張ってる。私知ってるんだから」
名前が「ネブ○○」ではない貴重なネブラである。
「ネトーもご苦労様。今度は一緒にリベンジだよっ」
と思ったらもう一つ。
十のネブラを丁寧に整備する横顔が陰影に埋もれる。それは兵器の定期整備というより、気の合う友人たちとの談笑だった。いつもは堅い表情も、自然と柔らかな膨らみに満ちる。
「私ももっと強くなるから。だから一緒に頑張ろうね」
並べ方にも拘りがある。並べられた戦友たちに笑いかけ、その表情がキリリと締まった。両の指をぐわしと広げる。十全のその先、ネブラから白い腕が伸びる。
「奥の手様」
白手袋を嵌めたディスクが恭しく最後の円盤を取り出す。十一番目のネブラ。一段高く、まるで祀られているかのように。
「厚く御礼申し上げます。調は今日も元気です。今後ともよろしくお願い申し上げます」
奥の手だけあって立場は上らしい。彼女の中でそんな基準でもあるのだろう。整備の手付きもより慎重だ。
「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします」
『円盤ザクセン・ネブラ』。適合者にこの上無く愛されたウォーパーツである。
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