第4話 欧州! 錬金魔女っ子の棍棒外交
思惑の影
「……何よ」
唇を尖らせながら彼女は言った。椅子に座って彼女を看る男は無言だ。
「……何か言えっての。坊やが言ってた緋色って奴は大したこと無かったわ」
蜥蜴顔の男は眉をピクリと動かした。緑色の液体に片手を突っ込んだまま横たわるデビル・アビスはにやりとほくそ笑んだ。
「あたしがちょぉっと本気出したらあっさり沈んじゃった。あんなのにいいようにされた何てねぇ?」
楽しくて仕方がない、と目一杯はしゃぐ。
「お前……随分余裕だな」
「は?」
「勝手に卵殻持ち出して四天王の方々まで巻き込んで……どれだけやらかしたのか自覚はあるのか?」
デビル・ドラグの背後。底冷えする視線がアビスを撃った。氷の魔姫が直々に。
「…………」
「か、閣下……?」
所々焦げ跡を残すヘルムは無言でベッドに座り込んだ。アビスの耳元に拳を振り下ろす。何度も何度も。気丈な彼女がガタガタ震え出す。
「人類戦士ぃ……あのアマがぁ……っ!」
小声の呪詛が恐ろしい。部屋が凍えていく。視た者を凍らせる必殺の魔眼。それを人類戦士は何度も受けていた。氷塊による圧殺、氷柱による刺殺。常人ならば一撃で生命を絶たれる必殺のオンパレードは、しかし不死身の戦士には通じなかった。一撃一撃のコストが大きい彼女には相性は最悪だ。
「それでも、貴女のおかげで大分削れたと思いますよ。損傷が無かったのは大きな戦果です」
風の魔神が涼しい部屋で涼しい顔を浮かべる。彼だけは無傷。何度も人類戦士と交戦して、悉く無傷で生還している怪物である。
「先生、お疲れ様です。身体の方はおおよそ回復しました。私もいつでも出撃出来ます」
魔神は右手を上げた。ドラグは一礼して去っていく。
「さてお転婆お嬢さんには後でちょぉと反省してもらうとして」
アビスの口から短い悲鳴が漏れた。
「ロシア連邦にて例の屍兵との交戦があったようです。人類側も一枚岩ではありませんからね。こっちは全容が掴めず厄介ですよ」
「来ないと思ったらあのバカ共はそっちに捕まってたのか。アンタには人類戦士を引き付けてもらってるから正直手が足りないわね」
氷の魔姫は首を振った。手数が足りずに攻めきれない。どこを崩すにも人類戦士が邪魔になる。そして脅威はそれだけでも無い。
「こうなると雑魚に群れられるだけでも面倒ね。アメリカの兵力を少しは削いできてくれたらねぇ?」
睨み付けられてアビスが目を逸らした。
「まぁ、そう虐め過ぎないであげて下さいよ。私の責任も多少はあるわけですから」
睨み付けられてアビスが目を逸らした。
「それに、若い戦力が育ってきているのは素晴らしいことです。直に均衡は崩れますよ。それまでに人類戦士をどこまで削れるか――――それが肝要」
◇
「弁明を聞きましょう、アカツキ」
睨み付けられて人類戦士は目を逸らした。最優先攻略対象デビル・エッグをみすみす逃したのだ。打ち首にされかねない空気だ。二度ほど氷の四天王に首を落とされたのは記憶に新しいが。
「残る四天王、デビル・ヘルムと接触した。データもほぼほぼ取れたと見ていいだろうぜ」
努めて強気に言う。高見元帥の眼力の強さは人類戦士すら従える。単純な目力だけではなく、何かオーラのようなものすら感じる。
「ほう、その後報告もせずに一晩何をしていたのですか?」
「………………」
アメリカのデイヴィッド君と夜通し飲んでました、とは言えない。
「嫁入り前の女が付き合ってもいない男と夜を明かすのは感心しませんね」
バレている。やや恥ずかしい状況にあったので彼女は気まずそうに目を逸らした。頬がやや赤い。
「……嫁入り後はもっと不味いだろ」
「冗談ですよ。何か心当たりでも?」
見た目ほどは怒っていないと確信した。
「四天王の目的はまぁもう決め打ちでいいだろ。『ヒーローハート』の消耗と見て間違いない」
「使えば使う程に出力は上がっていくのに……随分と博打だこと」
「だと、いいがな」
嫌な予感。そんな漠然とした不安を人類戦士は抱えている。最前線で戦っているからこそ肌で感じるものがある。元帥もそれを承知で本人の報告を義務付けている。
「基本戦術はこのまま。隙あらば撃破すること。ただ、無理な迎撃だけはしないように」
「了解」
デビル・エッグを逃したのは正直痛手だ。最優先攻略対象は一体討滅するだけで大局が傾く。それを考えれば強引にも撃破に動くべきだったし、事実そういう命令を受けていた。
(やはり、人類戦士は未だ不安定。コード発動には時期尚早、か)
「で、ですが。デビル・ヘルムとの交戦、どうでしたか?」
あの恐るべき氷の魔姫。豊富な手数で問答無用に敵を沈める四天王。普通、秒殺される。あの戦場で互角以上に戦えたのは圧倒的再生力を誇る人類戦士だからだ。
「間違いなく四天王最強だ。だが、デビル・パズズやデビル・メイドみたいな厄介さは感じなかった。単独で現れたら今度は討滅を狙う。俺様以外の奴は徹底して避けさせるべきだが……イチは相性で押し切れる気がする」
これは勘だけどな、付け足す。高見元帥は思案に入る。戦法は事前に報告を受けていたとおり。得られた情報から望ましい戦場を頭の中で組み立てていく。
「結構。対デビル戦線は滞りなく」
気になる言い方をする。人類戦士はデビル戦争での特務を課せられた戦士。非公式ながらも防衛省の中核まで影響力を与えている元帥には他に心配しなければいけないことがある。
「なぁ、一応今は有事ってことでいいんだよな?」
「何を今更」
「同じ人類同士小競り合いを続けていて何になるんだ?」
今こそ団結するべきである。人類は足並みを揃えてデビルに対抗すべきである。人類戦士は当たり前のように主張した。
「天才的な発想ですね、流石は人類戦士」
嫌みを言われた。そう思った人類戦士は唇を尖らせて目を逸らした。その頭に元帥の手が置かれる。
「今、我が国家は難しい局面を迎えています。私には滅亡の未来も見えていますよ」
僅かながらね、という言葉は強がりか。人類戦士にも隠された事情がある。母子のように撫でられながら、人類戦士は百戦錬磨の元帥の顔を見た。厳しい目つきだ。
「いいのか、マム。俺様を使わなくて」
体外戦力としても、人類戦士は莫大な価値を持つだろう。その身一つで国を滅ぼす戦略兵器に匹敵する。
「そんな気更々無いくせに。貴女は貴女の役割を果たしなさい。私にとっては駒の一つでしかありません」
「駒、かぁ……」
何か言いたそうな人類戦士の頭を元帥が包み込む。どこかこそばゆくて、彼女は身を震わせた。
「マム」
「母親を知らない貴女にこう言うのは酷かもしれませんが……人としての情は捨てなさい」
両肩を掴み、その顔を真っ正面に持ってくる。
「アカツキ、貴女は兵器です。敵を粉砕する戦略兵器です」
でも、と言葉を切る。
「私が最大限、最高のパフォーマンスで使い潰して差し上げます。それで大勢が救われます。貴女は本物のヒーローになる」
「……そんなものが欲しいんじゃ」
知っています、と。元帥は人類戦士を下がらせる。
「忙しいのか、マム」
「ネズミ駆除の準備ですよ。貴女はしばらく休息を取るように」
高見元帥は表情一つ変えなかった。
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