日米同盟
「……って言った直後にこれか」
デビルを討滅していきながら進むデイヴは溜息を吐いた。敵勢力が猛烈な勢いで減衰している。あの出鱈目な制圧力は人類戦士をおいて他に無い。目的であろう最優先攻略対象を後回しにして敵を減らしているのが彼女らしい。人類戦士が暴れれば暴れる程味方の死亡率が下がっていく。
「義理は果たしたが借りが出来ちまったな」
本人はきっとそうは思わないだろうが。人類戦士は当たり前のように戦い、当然の様に人を救っていく。そこに国境線の概念は無い。黙らせるだけの圧倒的実力がある。
「惚れちまいそうだぜ、全く」
健気な女はタイプだ。デイヴは上を見上げる。聳え立つのは巨大な楕円。最優先攻略対象、デビル・エッグ。自分も果たすべき役割を果たさなければならない。
「ヘイ、ロック! 現状は?」
『レディとデビル・カカシと、
マイク、リアム、ジェイコ、メイスン、ウィルがデビル・マルコと、
ノア、ベン、ジャックがデビル・ペギーと、
アレク、ジェイ、ダニー、エイドがデビル・アギトと交戦中。ジェムズとマシューは遊撃、どれも防戦一方ですよ』
「上々」
デイヴは不敵に口角を上げた。デビル・アビス配下のデビルは悉く足を止められている。そのアビスも負傷でしばらく動けない。
それでも沸き立つデビルの群れが数の暴力を振るい、いつまで抑え込めるか分からない。戦線は未だ混沌。
しかし、SECT:Hは死者を一人も出していない。
「舐めたな、デビルども――――これが、ステイツの底力だ」
◇
「緋色、無事!?」
こんなところにも
「ショート……助かる、二課の増援か。奴を追うぞ!」
「追うって、そんな身体で……?」
「こいつらを率いていた奴が傷を負っている。ここで潰すんだ!!」
それは、デビル・ドラグを仕留め損なった反省でもあった。ディスクは躊躇い、緋色の目を見た。その目は彼女を写してはいない。敵を見据えている。
「二課が来ているなら話は早い。他の連中の救援を!」
「来ないよ」
緋色がはっとなる。特務機関は日本を守る組織で、ここはアメリカ合衆国。そう考え至るのに時間はかからなかった。
「でも、現にデビルが襲撃を……っ!」
「来ないよ。私は緋色を迎えに来ただけ」
「……それに、間もなく戦いは終わります」
あちこちに返り血を浴びた黒鳩女史が立っていた。いつからそこに立っていたのかは分からない。それでも、彼女は拳銃を片手に緋色の前に立っていた。
「人類戦士が戦場を荒らしてアビス軍は撤退を決め打ったようですね。SECT:Hに死者は無し。米軍の底力を思い知りました。ネームドは一体撃破、深追いはせずにそのまま下がらせる、と。賢明な判断です。最優先攻略対象には人類戦士とデイヴィッド=ガンマンが。
だから、緋色の出番はもう終わりですよ」
「だから! デビル・アビスを追わなきゃ!!」
ディスクは抱き着くように緋色を押しとどめた。こんなに感情を露にする姿は初めて見る。戸惑いと、そして不安。彼をこのまま進めるわけにはいかない。
「離せ――
「
非力なディスクを、しかし緋色は振り解けなかった。そこまで衰弱していた。彼はもう戦えない。
「それに、私には『ヒーローギア』を無事連れ帰る使命があります。この意味、分かりますよね?」
その手には拳銃が握られたまま。それは何を意味するのか。いっそ殺意すらこもった視線が黒鳩に刺さる。それは、同じ人類に届かせてはいけない。ディスクは手でそれを遮る。
「緋色、大丈夫。私がいるよ。だから、大丈夫だよ」
大丈夫、大丈夫。
呪文のように唱え続ける彼女は緋色の首筋を圧迫する。ネブラによる微弱な電流が神経を刺激し、眠るように彼の意識が落ちていった。ディスクは安堵の息を吐いて、緋色の身体を抱き締めた。
「貴女、何故ここまで?」
「分かんない。でも、緋色が必要としている気がした」
黒鳩としては、動機を聞いたつもりだったが。制度上の相方というだけでここまで尽くすものなのか、と。
「必要な時にちゃんと居ること。それがヒーローだって教えて貰った」
大丈夫、大丈夫。泣き疲れた子どもをあやすようにディスクは呟き続ける。彼女の中の不安も一緒に溶けていく。黒鳩はその光景に何かを感じたのだろう。必要ないと判断し、拳銃をしまった。
(「大丈夫」は魔法の言葉。今度は私が「大丈夫」って言う番だよ、ね)
見上げる先には巨大なデビルが次々とデビルを産み落としている。ディスクはネブラを展開した。米軍の火力砲撃の轟音が戦場に響く。
「緋色を、守る。黒鳩さんも協力してくれるかな?」
「御意に」
◇
「……さて、どういうこった」
デビル・エッグからデビルの放出が止まった。それと同時に人型の何かが降ってきた。大地に頭から突き刺さるのは、天に向けて伸びる鉄壁スカート。
(アカツキとステイツの火力でデビルは封じ込めたか……だが、一筋縄には行かなそうだ)
デビル反応。大地を割りながら逆立ちで這い出てくる女デビル。個体認証が取れた。デビル・メイド、四天王に次いで優先攻略対象に指定されている怪物。デイヴも人類戦士からその話は聞いていた。
「いーあー」
人類戦士を以てして突破出来ない鉄壁の布陣。怪物の真っ黒な眼球がぎょろりと蠢く。逆立ちのまま。『紅塵銃シュルシャガナ』が文字通り火を噴いた。
「にーあ」
逆立ちのまま、怪物が飛び上がった。両腕が火柱の中心をこじ開ける。
「あーーーーーーーー」
大口から放たれる黒い砲弾。微塵に掻き消える炎の先にデイヴはいない。
(こんなのアリかっての……!?)
側頭部を狙ったイガリマの弾丸が人差し指と中指に挟まれる。眼球を忙しなく動かしながら、敵の挙動を視界に収める。二発の銃弾どちらも手刀に弾かれる。
シュルシャガナの爆焔。イガリマの精密射撃が後を追い、デイヴが走る。
「異常なまての反射の速さ、なるほどねぇ……」
こちらの攻撃に悉く反応してくる。だが、それだけ。攻撃に転じられても大したことは無い。まさに守りに特化したデビル。四天王お付きの護衛とはよく言ったものだ。デイヴがイガリマの銃弾を連打する。
(今時のガンマンが近接戦闘出来ないと思うなよ)
弾かれていく弾丸の隙間を縫うようにデイヴが距離を詰める。ザババの双銃が刃を剥き出す。仕込み刃と徒手空拳の激突。
それでもデビル・メイドは決して退かない。任務に忠実で、そして恐れを知らない。下がったデイヴに伸びた手。その人差し指が吹き飛んだ。
(流石に跳弾の軌道までは予測が付かないか。敵は冗談みたいな適応力を持っているが、未来予知ってまでじゃない。単体ならば撃破は可能っ!!)
双銃を前に構えるステイツの大英雄に、苛烈な烈風が襲った。開けた視界にはもう一体のデビルの姿。
「デビル・パズズ……!」
実際に対面するのは初めてである。デイヴが一歩横に逸れると質量の塊が落下した。デビル・メイドのような華麗な着陸とは言わず、よろよろと立ち上がるその姿は。
「そこは、受け止めてくれよ……」
「……悪い、攻撃だと思った」
人類戦士。日本の誇るトップヒーロー。デビル・エッグを守るように立つデビル・パズズとデビル・メイド。悪魔の卵はゆっくりと戦場を引き下がっている。このまま撤退を図る気か。
「ここはステイツの領域だ。いいのかい?」
「俺様は人類戦士だぞ。それに……アンタとあたしの仲だろ?」
ウインクする彼女にデイヴは苦笑した。
「そもそも同盟関係だろ。下がテンデばらばらなんだ、ばっちり示していこうぜ!」
「同盟、ね……若さがとくとく羨ましいよ」
風の防壁と鉄壁の徒手空拳。敵方から攻撃を仕掛けてくるつもりは無いらしい。あくまでも時間稼ぎに徹するつもりか。
「しかし、どうする? 奴等守りの布陣を固めたら俺様でもどうにもならんぞ」
「俺が最高のサポートをしてやる。暴れまわってこいよ、アカツキ」
イガリマの弾丸が岩肌を叩く。先程と同じ跳弾を狙った軌道。メイドの視線が一瞬そちらに動く。発砲。左手で銃弾を掴まれ、右手で跳弾が叩き落とされる。シュルシャガナの業炎が上昇気流を生み、魔神の風を削いだ。人類戦士が一直線に駆ける。
「インパクトショット!」
身体をくの字に飛ばされる怪物に、人類戦士は顔をしかめた。勢いを逸らされた。続けて叩き込む連撃も全てが弾かれる。風が、吹いた。
「四天王自らが後方支援かよ……っ!」
囁くような風向きが従者を包む。人類戦士とキャプテンデイヴ。その動きを先読みするかのようにデビル・メイドが全てを封殺していく。鉄壁の一歩先、それは完壁へと。
「だが、立ちふさがる壁を打ち砕くのが戦神の加護だ。付いて来い、アカツキ!」
デイヴが前に飛び出す。後を追うのは『碧門銃イガリマ』の超精密射撃。跳弾を利用した多角的攻撃だが、風向きに耳打ちされるデビル・メイドには全ての動きが先読みされている。
圧倒的な対応力。全ての銃弾を手刀で弾いた怪物にデイヴが肉迫する。懐から抜いたタガーが首筋を掠った。至近距離の爆焔。
「風は払った!」
「ストライクカノン――!!」
振り抜かれた蹴り。人類の最頂点たる彼女が行った動作はスケールが違う。大気を巻き込む、それは巨大な空気砲。四天王が前に出た。
それが風を冠するものならば。風の魔神が遅れを取るまい。風を纏った手刀が人類戦士の攻撃を両断する。
「だが――抜けたぜ、鉄壁の布陣」
キャプテンデイヴはその先に。人類戦士がインファイトでデビル・メイドを釘付けにする。慌てて地を蹴るパズズに向けられたのは、シュルシャガナの銃口。
「消し飛びな――イフリート!!」
距離を取るデビル・エッグではなく、向かってくるデビル・パズズに。虚を突かれた風の魔神は火龍の顎に食いつかれる。デイヴは反撃を警戒して視線を外さない。
「最優先攻略対象に、優先攻略対象。おたくらが標的になるとは考えなかったか?」
「ここで! 勝負に! 出させてもらうぜ! パズズの旦那ぁ!!」
二体二。デビル・エッグの討滅を諦めて目的を絞った。三兎追う者は一兎も得ず。怪物二体のどちらが狙いなのかは二人の阿吽の呼吸。
日米合同討伐タッグ。獰猛に戦う戦士たちの目が光る。と――――……
「間に合ったのは、貴女だけでしたか」
「――――下らない。寒苦しい状況だこと」
氷の魔眼が。
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