グランドキャニオン総力戦
『
「何だこんなときにっ!?」
上下左右前後不覚。だが、前に進む意志だけははっきりしている。『紅塵銃シュルシャガナ』の反動で空中戦を生き延びながらデイヴは毒づいた。その巨体と搦め手が厄介極まりない。
『戦地近くに就航中のチャーター機! デビル・クトルの音波攻撃に機器類が不具合を起こしているものと推測』
「そいつは……エマージェンシーだな。あのデカブツの攻撃、どこまで届くんだ?」
指向性をもった音波砲撃。あれの射線に立つのは危険だ。デイヴは送られてくる位置情報を頭に叩き込む。コンピューター制御された機体のコントロールが効かず、間もなくこの場に突撃してくる。
『ここから近いのは……マイクとジャックか』
『こちらマイク。現在デビル・ペギーと交戦中。オーダーは?』
『D2ポイントにチャーター機を不時着させる。無茶は承知で護衛を頼む』
『了解。ジャックは動けません。私一人で』
戦況は厳しい。イガリマの銃弾がクトルの額を穿つ。巨体が跳ねるように上を向き、音波砲が天に放たれる。実際に被害が出た。このまま出鱈目やらせるわけにはいかない。
「シュルシャガナ、銃身はもう暖まっただろ?」
『チャーター機、来ます!』
雲を切り裂く大音量。シュルシャガナの噴射で飛んだ位置にドンピシャだ。優秀なオペレーターを口笛で賞賛する。
――――ゴゴゴオオオオオオ!!!!
鉄の塊がデイヴの背面にすり寄っていく。数トンもの質量を浴びながら器用にコクピット前まで滑る。久方ぶりに足元が落ち着いた。
「ヘイ、刺激的な空旅はフィナーレだぜ?」
「キャプテンデイビッド! 助かったぁ!」
コクピットから安堵の叫びが聞こえた。積み重ねた信用が人を救う。デイヴはきらりと歯を光らせた。
「これに懲りたら警報には注意深くなれよ!」
機体に張り付いたデイヴが両腕を前に向ける。戦神ザババの加護を受けし双銃。デビル・クトルの巨体がそれを丸呑みしようと降ってくる。
「轟け――――
ステイツキャノン!!」
ウォーパーツから放たれる光の柱。圧倒的な質量は、狂気誘う殺戮音波を、天空舞泳ぐ巨大な質量を、ただただ圧倒的に押し潰す。
米国が誇る圧倒的な物量。まさにそれを体現したかのような一撃。デビル・クトルを容赦なく消し飛ばし、反動でチャーター機の速度を殺していく。
(踏ん張れよ、俺!)
推進力を失ってバランスを崩すチャーター機。錐揉み旋回しかけたその機体を、デイヴは両の腕で押さえ込む。
「イガリマ! シュルシャガナ!」
愛銃は応えた。双銃が宙に浮く。
『紅塵銃シュルシャガナ』がその火力で莫大な反作用を生み、『碧門銃イガリマ』がその精密さで着地点を整える。
「どおおりゃあああぁぁぁぁ――――!!!!」
あとは頼れる己のド根性。鍛え抜いた肉体をフル稼働して悲劇をねじ伏せる。
「……ったく。ファンサービスも大変だぜ」
血塗れの汗を拭いながらデイヴは軽口を叩いた。チャーター機から喝采の声が聞こえる。だが、まだ危機は過ぎ去っていない。デイヴは中の人間に絶対に外に出ないよう伝えた。
「無茶しましたね、キャプテン」
「全くだぜ」
迫るデビル包囲網を抜けてマイクが合流する。緊急連絡に応じた他のメンバーも何人か駆け付けるはずだ。
「ここを抜けたら将を討つ。後ろは任せたぞ」
「イエッサー、キャプテン」
強烈な殺気にキャプテンデイヴは視線を向ける。デビル・マルコ。包囲に紛れて獰猛な紫狼が牙を剥いた。
◇
「へ、無茶なオーダーは信頼の証ってな」
場を任されたジャックは小銃を構える。潜った地面から奇襲を狙うデビル・ペギーに神経をすり減らせていた。
「ジャック、獲物はどこだい!?」
「ベン、下だっ!!」
「ぎゃああああ!!」
鋭いクチバシで左腕を抉られたベンが転がる。転がりながら合流を果たす。利き手じゃなくて幸いだったか。名誉の負傷を本当に自慢気に見せ付けてくる。タフだ。
「ネームドだぞ。油断するな」
「抜かりなし!」
その陽気さがいっそ心強い。地中からの爆発音。攻撃の刹那、ベンは爆薬を貼り付けていた。彼は爆破のスペシャリスト。ジャックが緊急に呼び寄せたのもデビル・ペギーの特性に気付いたため。それでも、物理耐性を持つデビルには効果が薄い。
「分かってると思うが、足止めに徹しろよ。俺らはキャプテンを動きやすくさせるための引き立て役だからな!」
「ラジャ……だが、倒してしまっても構わんのだろ?」
シットッ、とジャックが地団駄を踏んだ。これ以上ない正しい人選のはずが、これ以上なく間違えてしまった気がした。
◇
「速えぇ……っ!」
緋色は消耗の激しい『ヒーローギア』の使用を控えていた。攻撃が当たらない。守るだけなら生身でも戦える。レディのタガーが果敢にカウンターを狙う。
「私たちを釘付けにする気か……緋色、お前は抜けて将を討て」
緋色が言葉を飲み込む。奇抜な外見のデビル・カカシに二人揃って防戦を強いられる。手数の多いディスクが居てくれれば、と緋色は思った。
「一人じゃ無理だろ」
「無理出来ないは嘘吐きの言葉……日本の古い諺だろう」
違う、と反射的に答えた。それに足止めに徹しているらしいデビル・カカシがみすみす行かせてくれるとは思わない。
「確かにデビル相手ではお前の方が上だろう。だが、私にも軍人としての意地がある!!」
レディが一息に飛び出した。突出を防ぐためにデビル・カカシが突撃する。両のタガーを投げ打つように。真っ正面から突撃を受け止めて離さない。衝撃に全身を軋ませながらレディは叫んだ。
「行け、緋色! ウォーパーツの力をぶちかましてこい!!」
その刃にはウォーパーツの結晶が埋め込まれている。緋色に託し、しかしその命を捨てるつもりは毛頭無い。緋色はその覚悟を背に走り出した。
◇
「くーちゃんがやられた……? そんな、だって……」
デビル・アビスが呆然と呟く。最初は優勢を保っていた布陣も、今や拮抗を保っていた。たかが人間と侮った。
それよりも、可愛がっていた下僕を一体失った。その喪失感と怒りが全身を灼く。その身体に怒りの雷光を纏わせて、箱入り女王は金切声を上げた。それに相対するのは、世界の一端をようやく知った箱入りヒーロー。
「追いついた、ぜ…………っ!」
「お前は」
紅蓮色の髪に不屈の目。それは彼女の古い馴染みを戦闘不能まで追い詰めたあの少年。侮るな、という忠告が胸から込み上げる。
「てめえ……どこかで……っ!?」
緋色が思い至る。昨日出会ったドレスの女。反射的に理解した。彼女こそがデビル・アビス。この軍勢を率いる女王だと。
「舐めるな下等生物どもが。もう徹底的に潰してあげるわねん」
アビスが右手を掲げる。紫電渦巻く暗雲の中。あまりにも巨大な影が落ちた。妖艶なえまいを浮かべて女王が君臨する。
「これって……」
緋色が見上げる光景。渦巻く虹色の巨大な、卵。その大きさはデビル・クトルを悠に超える。産み落とされる泥沼が大地に落ちた。その一つ一つがデビルに変容し、厄介な敵として立ちふさがる。
「落日の使いを、その目に焼き付けなさい」
雷が落ちた。緋色は力強く拳を握り、敵を見据える。ウォーパーツを担う者こそがヒーローであり、デビルと戦う者こそがヒーローである。刷り込まされた常識が脳を支配する。
「最重要攻略対象――デビル・エッグ」
緋色がその名を口にした。ただ在るだけで無尽蔵にデビルを産み落としていく永久機関。早く撃破しないとジリジリと追い詰められていく。
だが、この女デビルは易々と通しはしまい。緋色は彼女に向き直る。大地を蹴り、ヒーローとデビルが交錯した。
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