夜明けの襲来

 緊急招集を受け、緋色はベッドを飛び起きた。まだ外は暗い時間帯。対デビル機関の非常呼集の要因なんて一つしかない。デビル反応。それも過去有数の大規模のもの。


「現在アリゾナ支部が応戦しているが、ネームドの動きはないとのことだ。だが、いつ活動し始めるか分からない。主力部隊の総動員が求められる」


 通常、同時多発的出現に備えて主力を全て動かしたりはしない。しかし、今回は異常事態だった。百メートル級の超巨大デビルを筆頭に、ネームド反応が六つ。今はじっと布陣を構えているがいつ攻撃を始めるか分からない。ウォーパーツを持たない支部の力だけでは持ちこたえられないだろう。


「デビル・カカシ、デビル・アギト、デビル・マルコ、デビル・ペギー、それと未確認のネームドが二体。死闘になる」


 覚悟を決めろ、とデイヴは締めた。人里離れた渓谷地帯なのが不幸中の幸いか。それでも観光客や周辺を就航する航空機等の被害は予想される。通常兵装で辛うじてデビルの数を減らしてはいるが、電磁反応によると漸増が確認されている。最悪、国が揺らぐ程の大規模な侵攻となるだろう。


「キャプテン、それで場所は?」

「奴ら味な真似をしやがる。決戦の地は――――グランドキャニオンだ」







「んっふっふー、そろそろ気付いたみたいねん。心配しなくても乗ってくるわよ」


 タコのような頭を傾げながら足元も従者は呻いた。百メートルを超える巨体の全身には無数の触腕が埋め尽くしていた。それらが米軍の火器兵器から主を守っている。


「ただ無差別に殺すのは美しくない。悲鳴を散らしてあたしを興じさせなさい、下等生物ども。秘宝の担い手どもを惨殺してあ・げ・る♪」


 妖艶に、妖しく微笑む女。籠手とすね当てだけの鎧を身に付け、胸と局部を布で隠しただけの露出度の高い格好。従者を従え、哄笑する女王が天を仰いだ。

 その背に後光が差す。大自然の象徴、太陽が昇り始めた。光に照らされて雄大な大渓谷が光り出す。その光景に女デビルは光悦の表情で小さくふっくらした唇を撫でた。


「いいわぁ……役目を果たしたらあたしがこの世界を貰いたいくらい」


 そして、夜明けとともに複数の軍用ヘリがこちらに向かってくるのが見えた。牽制のミサイルが触腕に阻まれる。来た来た、と女は笑みを浮かべた。


「あたしはアビス! 深淵女王デビル・アビスがみーんな滅ぼしてあーげる!!」







 雄大。そう称するに相応しい大渓谷が緋色の目に写った。デンバー基地から軍用ヘリを飛ばして三時間強。決戦の陽が昇る。聖なる光に緋色は目を灼かれた。その肩を引かれて現実に戻る。


「しっかりしろ、緋色。デビル・アビス、どうやらあの未確認反応がこいつらを束ねていると見ていいな」


 レディはタガーナイフを構えた。その後ろに控えるのはマイクとジャック。他のメンバーは別のヘリに搭乗している。


「マイクとジャックは支部隊と合流してデビルの数を減らせ。私と緋色でネームドを討つ」

「「了解ラジャー」」


 緋色が固く拳を握る。一際高く飛ぶヘリ、その中にはステイツの大英雄が乗っている。


『理解しておいででしょうが、危なくなったら離脱して下さい。これは米国の危機、我らが命を賭けることではありません』


 黒鳩女史からの機密通信に緋色は返事を返さなかった。この通信はSECT:Hには知られていない。


『サポートはこちらで。ご武運を』


 彼女はキャプテンデイヴのヘリを操縦している。前線に出てくるのは意外だったが、彼女曰く「戦える」とのことだった。


「来るぞ、前だ!!」


 投下のタイミングを待って気が削がれていた。ネームドのデビルが動き出した。突出した飛行をしているこのヘリはとっくに自動運転に切り替えている。マイクとジャックはヘリを飛び降り、緋色はレディに手を引かれて前に。ヒーローギアの針が回りだす。

 破砕音。

 軍用ヘリの真っ正面から突っ込んできたデビルとレディのタガーがぶつかり合う。ヘリの鋼鉄が削り取られ、それでも両手のタガーナイフがその突撃を受け止めていた。


「飛べええええぇぇ!!!!」


 姿を現わしたのは藁を纏った一本足の人型。デビル・カカシ、高速飛行戦闘を敢行するネームドがむざむざ地上に降ろしてくれるはずもない。真下で開いた二つのパラシュートを目視し、緋色の歯車が展開した。






「待たせたなぁ!!」


 巨大デビルのさらに高高度から生身で飛び降りてきたのはキャプテンデイヴ。デビル・アビスの口元がにやりと歪む。


「戦神の加護がステイツを導く! お待ちかねのキャプテンデイヴ参上だ!!」


 デイビット=ガンマンが双銃を抜く。ゴツくて強い装飾銃。二対一体、戦神にかしずく二柱。その名はイガリマとシュルシャガナ。臨界者の放つウォーパーツが火を噴いた。


「待ってたわぁ!!」


 紫電迸る光線が相見える。相殺した攻撃にアビスは舌なめずりをして敵を見据えた。無数の触腕がデイヴを狙う。


「気持ち悪いな、まるでクトゥルフの怪物だな」


 命名、デビル・クトル。タコの頭が咆哮を放つ。デイヴが軽くよろめいた。


(何だ……平衡感覚にダメージか?)

「やっちゃって、くーちゃん!!」


 アビスがその手を振り下ろした。雷電が触腕を伝い、無数の光線がデイヴを狙う。イガリマの射撃が光線を抜けてアビスの頬を掠る。シュルシャガナの照準は真下。爆炎を噴き上げてデイヴが真上に跳ねた。デビル・クトルの頭部が下に揺れるが、すぐに体勢を戻される。光線の射線からも逃れたが、すぐに次弾装填の雷光が瞬いた。


「あのデカブツとんだタフガイだな」


 中空のデイヴを掻っ攫うのはここまで乗ってきた軍用ヘリ。


「ナイス!」

『余裕ですね。こちらは緋色の援護に向かいます。異論はありませんね?』

「つれないねぇ……」


 黒鳩女史の操るヘリがアクロバティックな動きで光線を回避した。クトルの巨体が向き直る。このまま突っ込む気だ。デイヴがヘリから再度飛び降りる。


「グランドキャノン!!」


 シュルシャガナから爆音とともに業炎が上がった。ウォーパーツに実弾は必要無い。銃撃に必要なのは戦う意志と覚悟。キャプテンの一撃にクトルが押し戻された。ダメ押し、爆薬を詰んだヘリが突撃する。操縦者はもう脱出した後だろう。


「あんまり舐めないでね」


 反動でさらに上空に舞い上がったデイヴが目を疑った。無傷。あれだけの熱量を受けて巨体は全く動じなかった。無数の触腕が震えだす。


真化デビライズ――――狂鳴咆哮ってねん♪」


 イガリマの銃弾がその巨大なエネルギー弾の中央に突き刺さる。力場の核を砕かれて霧散する莫大なエネルギーがデイヴの周囲を抜けていく。だが。


「な……っ」


 音波。空中でデイヴは目を見開いた。上下が分からない。左右が把握出来ない。敵がいるからきっと前はこっちだ。しかし、それは証明出来ない。


「さぁくーちゃん。食べちゃって」


 巨体が空を泳ぎ、アビスが視線を下に向けた。


(あの女、何か企んでる? あたしが残ってもくーちゃんは全力かませない、か)


 追撃の雷撃を放ちながら。目下のパラシュートを追う。戦場を俯瞰しながら彼女は笑っていた。それは彼女の従者たちが人類軍を蹂躙する光景だった。







「ギアショット!!」


 歯車がカカシを襲うが、全く当たらない。レディのタガーもその機動力に追いついていけないようだった。そもそもここは空中、まともに身動きも取れない。


「まずい、このまま時間を稼いで滑落死を狙ってる」

「カカシのくせに小賢しいっ」


 緋色の龍拳は大地を踏み締めてこその威力だ。このままでは反撃もままならずに即死する。


「ギアの出力で落下の衝撃を和らげる! 援護を!」

「格好の的だなぁ!!」


 タクラマカン砂漠の時と同じ。真下にエネルギーを叩き付けて減速を狙う。足だけで緋色にしがみ付いたレディは両のタガーでカカシの突撃を受け流していく。刃渡りに『碧門銃イガリマ』の銃弾を練り込ませた特別製。SECT:Hでもまともに扱える非適合者はレディだけだった。


『緋色、応答を』

「黒鳩さんっ!?」


 思わず声が上がった。レディが何か声を上げたが必死でそれどころではないようだった。赤い雨がぽつぽつと降り始める。


『ギアの出力を落として、身体を二時の方向に』


 このままではジリ貧だ。企図の読めない通信に緋色は取り敢えず従う。


「おい、何をやって『合図から三秒、敵を引きはがして下さい――今』

「ギア、パージ!!」


 空中での全方向攻撃はこれしか思いつかなかった。密着したレディは攻撃範囲外。突っ込んできたデビル・カカシが弾き飛ばされる。


「力を抜いて!」

「何かすごいの来たぁ!」


 風景が歪んだ。銀色の迷彩服を纏った黒鳩女史の姿。背中のジェットパックが水蒸気を噴出する。横合いから二人を攫い、噴出を抑えた。再び重力に引かれて落下を始める。


(デビル・アビスはまんまとデコイに引っ掛かりましたか。緋色の損傷も無し、上々です)


 弾かれたデビル・カカシが再び猛追する。状況は変わっていない。黒鳩が投げたのは着陸のためのジェットパック。燃料に混ぜられたドキツイピンクに粘液に絡め捕られて失速する。


(忍法、木の葉隠れ)


 黒鳩が何かを真下に投げる。大地が近い。唐突に暴風が舞い上がった。黒鳩の行動と因果関係があることは想像に難くない。さらにクッションのように大量の木の葉が舞い散る。


「衝撃に備えて」


 緋色とレディは身を固めた。これでもやや強い衝撃が二人を襲ったが、そこは歴戦の戦士同士。ダメージと呼べる程ではない。


「助かった!」「ジャパニーズニンポーは実在したのか!?」


 二人して突っ込みどころ多数だったが、黒鳩が手で制する。デビル・カカシはすぐにでも追撃を仕掛けてくる。大地の上ならば迎え撃てるか。


「私ではネームドに敵いません。遊撃に回るので何かあれば通信を。いざとなれば離脱――――文句はありませんよね?」

「……ああ」


 レディが頷いた。これはアメリカ合衆国の問題。緋色が所属する特務二課の任務範囲外だ。同盟関係のためここまで共闘してきたが、負け戦に付き合う義理までは無い。黒鳩の見立てでは、敗北の可能性は決して無視出来ない。


「大丈夫だ」


 周囲のデビルを引き付けながら去っていく黒鳩を背に。緋色は上空を見上げた。敵を見据える。


「俺は俺の拳を握るだけ。国じゃなくて俺を信じろ」

「ふっ、生意気言う様になったな。苦しい局面だが、付き合ってくれよ」


 緋色は覚悟を胸に拳を握る。

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