天才情報少女現る
「ヒーローコード、ディスク。本日からよろしくお願い申し上げます」
まだあどけなさが残る少女だった。長い黒髪をポニーテールにして、青を基調としたゆったりとした服がさらに子供っぽい。その背に背負うメカメカしいリュックが気になるが。
(あれ、俺の紹介どこ行った?)
「彼女は昨日披露した緋色の
(あ、俺の紹介はもう終わってたんだ)
話題の天才少女が頭を下げる。もう一目でガチガチに緊張しているのが分かる。何と言うか、どことなく放っておけない危うさがある少女だった。
「あんまり固くならないでね。私は刃、女同士仲良くしよう」
緋色と共に戦っていた和装の女性がディスクに後ろから抱き着く。あわあわしながら顔を真っ赤にする彼女を、緋色は羨ましそうに見ている。と、長身の男が緋色の前に忍び寄った。
「昨日は挨拶してなかったね。僕はハート、一応特務二課をまとめ上げている身だ」
男が朗らかに微笑みながら近づく。黒いスーツにグローブ、柔和な笑み。一見すると頼りない印象もするが、緋色は違った目線で見ていた。グローブは防刃、スーツも伸縮性に富んだ戦闘服のようだった。何よりこの男、足音が無い。
手を差し出され、握手をする。握った瞬間、緋色は手を引いた。黒いグローブを嵌めたハートの手は確かに引き寄せられる。だが、その重心は一切ぶれなかった。すり寄るように距離を詰める優男に緋色は笑みを浮かべる。
「やるねぇ、忍者さんよ」
「君は人にあだ名を付けるのがキャラなのかな。新鮮で悪くない」
手を離し、ハートが離れる。入れ替わりで現れたのはディスクを愛でていた和装の女性。腰に下げる刀の鞘が不穏に揺れる。
「私は刃ですの。ハートとは
柔和に笑いかける彼女に緋色は少しドキリとする。大和撫子、そんな言葉がよく似合う。
「是非とも!」
にやつきながら握手をする。女性特有の柔らかい感触に緋色の頬が緩んだ。本部室に待っていたヒーローはこの二人だけ。他のヒーローはどこにいるのか。最後に司令は奥に目をやった。奇怪な機械類を掌握する一組の男女の姿。
「オペレーターの
男の方が無表情のまま端的に言った。咥え煙草が上下に揺れる。事務的な口調だった。
「オペレーター、中田かなた。バックアップは任せてね~」
女の方は対照的に間延びした印象だった。口からはみ出すスルメが口の動きに合わせて上下に動く。
「「よろしくお願いします!」」
新人二人揃っての挨拶。威勢のいい声に司令がにかりと歯を見せた。
「うむ、よろしい。では行こうか、新人研修の時間だ」
「ええ、時刻はきっちり三十分後。君たちはその間に準備を整えるように」
ヒーローたちが本部室を出る。その言葉尻に緋色は不穏な色を感じた。刃のおもちゃにされていたディスクはどうだったか。本部室に残った司令は新人二人にも退室を促した。
◇
これから苦楽を共にする相方同士、スキンシップを図ってこいとのことだった。緋色としてはやはりその背に背負うメカメカしいリュックが気になる。だが、二人とも人付き合いには慣れていない。重々しい沈黙が降り注ぐ。
「あーそうだ。ディスク、だよな」
「
もうガチガチだ。怯えているようにすら見えた。それに、見た目ほど若いわけでは無いみたいだが、異例の若さだ。
「おう、そんなに固くなるなって。それと本名とか年齢とかの個人情報って明かしちゃダメじゃなかったか? そのためのヒーローコードだった気がするんだけど」
少女の顔が真っ赤に染まる。きっとこちらを睨みつけてくる。どの辺が超天才なのか皆目見当もつかない。
「俺はコード、緋色。本当は秘密だが、歳は19になったばかりな。俺より若い奴がいてびっくりだよ。よろしく頼むぜ、ショート」
「ショート?」
「あだ名だよ。コードネームじゃ味気ないしな。漢字二文字って短いフルネームだからな。背も低いし。髪は長いんだけどなぁ」
戦う時邪魔じゃないのか、と思ったがそこは口に出さなかった。彼女の中では何か意味があるのかもしれない。
「私、あまり人と話したこと無くて。不愉快だったらごめんなさい」
「奇遇だな、俺もだ」
十年間、濃い顔のおっさんと二人暮らしをしてきた緋色は遠い目をする。和装のお姉さんに気弱な少女。華の無さ過ぎる修行時代を過ごした彼には思うところが沢山あった。
「で、ずっと気になってたんだが……そのリュックってまさか」
「うん、ウォーパーツ。『円盤ザクセン・ネブラ』だよ」
機械式のリュックから半透明の円盤が放出された。緋色の目が驚きで見開かれる。未知の技術で生成された日本皇国の戦略兵器、見慣れないものに緋色は興味を惹かれる。
「すげーな、飛んでるぞ」
「えへへ」
まるで自分が褒められたかのように少女がはにかんだ。円盤を仕舞うとリュックを労う様に擦った。
「緋色も持ってるでしょ、ウォーパーツ」
ヒーローとはウォーパーツを駆使して戦う選ばれた戦士。緋色は若干躊躇ったが、黒い腕時計を静かに掲げた。どうせ情報は出回る。隠しておく意味は無い。
「『ヒーローギア』だ」
今度はディスクが息を飲んだ。その名を知らぬ者はいない、最も有名なウォーパーツだった。
「それってまさか」
「そう。俺が『
気まずそうに緋色は苦笑を浮かべた。その表情に隠された事情は気になったが、ディスクはそれ以上踏み込まなかった。人にはそれぞれ事情がある。緋色もディスクも同じだ。
じっと緋色を見つめるだけのディスク。緋色はにかっと笑いかけた。ディスクが慌てて目を逸らす。そんな少女に少年は手を伸ばす。
「ほら行こうぜ、
二人で。顔を上げて。
「うん、よろしくね」
二人が踏み出すのは血潮渦巻く戦いの道。死力振り絞る修羅の道。それがどんなに過酷なものか、今の二人には理解出来ていなかった。
それでも、前に進む。
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