ヒーロー見参の巻

『デビル侵攻、分散を確認。青梅市街地に至るまでの殲滅を!』

「簡単に、言ってくれる……っ!」


 通信を受けて女は顔を歪めた。特別任務遂行二課、その一番槍。いや、つるぎだ。ヒーローコード、刃。白刃煌めく日本刀を手に女が戦場を駆ける。

 奥多摩の山間部を背景に異形の怪物を切り捨てていく。その業前、まさに一騎当千。化け物相手にも退くことなく白刃を煌めかせる。


『こちら刃、接敵エンゲージ

『了解した。可能な限り数を減らしてくれ』


 敵数、目測で二百。もっといて然るべきと考える。近年稀な大規模な侵攻だ。それにしては強力な二つ名持ちネームドのデビルを見ない。いないに越したことはないが。


「無事か、刃」

「ハート、包囲は完了したの?」


 黒スーツの優男がこくりと頷く。相変わらず手際が速い。的確に指示を出す司令とそれをサポートするオペレーター。そして現場で二課のヒーローを率いるハートがいてこその特務二課だ。


「ここから三時の方向に焔とギャング、九時の方向に錦とカードが主力で動いている」

「……退路は空けてるの?」

「この規模だ。殲滅よりは撃退を優先しろってさ」

「司令らしいね」


 命を大事に。

 デビルから放たれた斬撃がハートの裏拳に弾かれた。二課特製の防刃グローブ。体勢の崩れた亜人型のデビルを刃が一刀両断する。その間にもハートが涼しい顔で拳銃でデビルを攻撃する。


「それに、秘密兵器も投入されることだしね」

「言ってたね。アレかな」


 刃が見上げた先。起動ヘリ『イーグル』から投下されたパラシュート。この密集地帯にそんな目立つ真似をすれば格好の的だ。


「ああ――――この俺、緋色ですよ」


 そうやって真上に注意がいった隙。赤髪の少年が普通に刃の横をすり抜けて行った。武器は持たない徒手空拳。しかしその胸には熱い想いを秘めて。少年、緋色は敵地を駆ける。


「行くぜ、掌波!!」


 獣型のデビルに掌底が叩き込まれる。大地を踏み締め、体躯を伝わる練気の呼吸。伸筋に勁を発し、莫大なインパクトがデビルを薙ぎ倒した。


「後ろは受け持った。刃、彼のサポートを」

「了解」


 緋色がその声に反応して背後を振り返ろうとすると、その動作の途中で刃と目が合った。速い。その斬撃が緋色に迫るデビルの首を落とす。


「よそ見しない」

「はい!」


 緋色の拳がデビルを蹴散らし、白刃の軌跡がトドメを刺していく。緋色が鋭く息を吐く。呼吸は正常、これだけの数を相手にして乱れは無い。だが、相手は指定変異災害『デビル』。その物理耐性を突破するのは拳一つでは骨が折れる。


「龍王波っ!!」


 ハンマーのような叩き付けが蟲型のデビルを破裂させる。効いていないわけではない、まだまだ戦える。


「デビルの物理耐性、分かるよね? ウォーパーツは?」


 刃の斬撃が煌めき躍る。その洗練された太刀筋は純粋に彼女の実力。だが、それ以上にデビルの物理耐性を突破する兵器の存在。ウォーパーツ『天羽々斬あまのはばきり』。デビルの軍勢に対抗しうる兵器。


「あと無理はしないで。撃ち漏らしはハートが処理してくれる」


 深追いしていたらもたない、と。緋色は左手首の腕時計に視線を落とす。黒くゴツイ腕時計。それは単に時間を確認するためのものでは無い。緋色は一息に覚悟を決めると熱い奔流を叫んだ。



「回れ、英雄の運命ヒーローギア!!」



 その言葉に、刃は思わず息を飲んだ。それは意味ある言葉だった。回る歯車が緋色を囲う。噛み合う運命が少年をヒーローの道へと導いた。十年前の出来事でありながら半ば伝説とまで昇華されたヒーロー、『勇者ブレイブ』が用いていたウォーパーツ。赤髪の少年がそれを纏った。







「これは……」


 大の字にぶっ倒れた緋色を見下ろしながらハートが合流した。各ヒーローの尽力あってか、住宅街への侵攻は食い止められた。二課が有する最先端電磁レーダーによれば、その残党も撤退に移行していた。二課は多少の負傷はありながらも全員生還を果たしている。


「びっくりだよ。これが新兵器ってことだよね」

「なるほど、切れる札をついに出したか」


 朗らかな笑みを浮かべながら黒スーツの男は呟いた。回収用の起動ヘリの音が響く。


「実戦は多分初めてじゃないかな。それでここまでよくやった」


 討滅数では刃とタメを張れるだろう。間違いなく今回の戦いのMVPだった。


「でも、ウォーパーツの扱いは危ういね。適合率はだいぶ低いんじゃない?」

「臨界者の君が言うのならばそうなのかもしれない。僕の方で司令に探りを入れてみるよ」


 そうこうしている間に二課のヒーローたちが合流してきた。彼らは口々に何か言っているがハートが手で制すると口を噤む。倒れたままの緋色を担ごうと足を進めて。


「自分で立てる、ます」

「二課では敬語はいらない。それが君のキャラであれば否定はしないけれど」


 ふらつきながら緋色は立ち上がった。ギラギラした笑みを浮かべながら二課のヒーローを見回す。誰も彼も戦場に立つ手練れの戦士。


(俺はなるんだ)


 紅蓮に燃える夕焼けがフラッシュバックする。あの英傑の背中を少年は生涯忘れない。そこに手を伸ばし、追いつくために走り続けてきた。


(ヒーローに……っ!!)







 翌朝。


「うむ、時間通りだな」

「作戦行動の基本だろ、師匠」


 紅蓮色の短髪を揺らしながら緋色は笑った。目の前に立つのは筋骨隆々の大男。オールバックに決めた髪に、サングラス。ダークグレーのスーツをだらしなく気崩した男は言う。


「今日からは風雲児司令だ。弁えろ」

「えぇ、師匠は師匠だろ?」


 不満気の緋色に司令の顔が少し歪む。


「まぁいい。特務二課は自由な風紀だからな。存分に個性を発揮し、実力を示せ」


 拳を前に突き出す司令に、緋色は力強く拳を合わせる。手首に巻かれたゴツイ腕時計が黒光りする。鍛錬を重ね、引き締まった肉体だが、それでも司令と並ぶとどこか見劣りする。


「で、今日から登庁日なんだろ? 基地はどこなんだ?」

「本拠地、だ。昨日のデビュー戦ではしゃぐ気持ちは分かるが、少し落ち着け」


 そう言って、司令は緋色の背後を指差す。そこは防衛相直下特務任務遂行二課の本拠地。同時に、その地下は緋色が十年もの修練を積んできた場所だった。


「おぅうこんな近かったのか」

「お前が十年間を過ごした真上だ。内部から直接行けたんだが、出所記念に太陽を拝ませてやろうと思ってな」


 がっはっは、と豪快に笑う。冗談に受けたのか、緋色も笑いを噛み殺していた。


「違いない。これが、俺たちが守っていく世界か。この目に焼け付けないとな」


 遅刻するなよ、という言葉に緋色は苦笑する。それでも記憶の中とは似つかない景色を確認していく。大地を固めるコンクリート、聳え立つビル、遠くに見える住宅街。昨日の出撃は緊急で外の景色を満喫する余裕は無かった。どんなヒーローも、デビュー戦は緊張するものだ。ひとしきり見渡すと、緋色は司令に続いて二課本部に入っていく。


「改めて言っておくが、特務二課は相棒方式バディシステムを採っている。新人は補欠リストからの偶数採用が基本だ。今回もその例だな」


 基本というのだからもちろん例外はある。死亡や再起不能で補充が必要な場合だ。致死率も決して低くない。そんな危険な仕事。事実、緋色は中途半端な時期の正規員補充はそのためだと思っていた。


「初耳」

「サプライズだ」


 だから同時採用は考えていなかった。同期という言葉に少し心が躍る。


「で、その相手は?」


 無言で司令は進んでいく。百聞は一見に如かず。司令が立ち止まったのは二課作戦本部室と書かれた扉の前だ。


「昨日は悠長に紹介する余裕は無かったからな。無茶なギアの使い方してお前はぶっ倒れるし大変だったんだぞ」


 小さく笑う司令の言葉に緋色は鼻の頭を掻いた。それを言われると弱い。


「さあ入れ。今日からここがお前の居場所だ」

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