SECT:H

「ヘイブラザー! よく来た!」


 デンバー空港から車に揺られてどのくらいか。米国のヒーロー機関、SECT:Hの拠点に辿り着いた。

 黒鳩女史に案内された先で待っていたのは、さっぱりした雰囲気の白人男性だった。高身長、がっしりした体格、目鼻立ち整ったスター性。米国のトップヒーローの名前を緋色は叫んだ。


「キャプテンデイヴ!!」


 二人は熱い抱擁を交わす。緋色も知る超有名人だった。デイヴィッド=ガンマン。米国の威信を一身に背負う韋丈夫、人呼んでキャプテンデイヴ。


「おう、ジャパニーズボーイ!」


 キラキラした笑顔を浮かべる男だった。居るだけで周りを元気付けるヒーローの鑑。人類戦士を除けば彼こそが世界のトップヒーローだろう。


「人類戦士は元気かい? いいおっぱいをしているだろう?」

「アネゴはずっと元気だよ! いいおっぱいしてた!」


 二人は英語で言葉を交わす。人種は異なっていても心根は似通ったものだった。緋色も拙いながらも自然と言葉が出ていく。

 黒鳩女史が咳払いをした。キャプテンデイヴが率いるのは対デビルに特化した屈強な兵士たち。


「紹介するよ、ブラザー。我が屈強なソルジャーたちさ!」


 合わせて十六名。SECT:Hの実行部隊。その中で目立っていたのは紅一点。黒髪黒目の日本人めいた女性が最初に前に出る。


「副官のレディ=イズミだ。以後お見知りおきを」

「日本人じゃん!!」


 ご丁寧に日本語だった。日本人形のようなお姉さんに緋色は思わず突っ込むも、黒鳩女史に窘められる。


「ステイツ生まれのステイツ育ち、国籍もUSAだ。文句あるか」


 怒られた。緋色がしゅんとなる。


「HAHAHA! 同盟相手だぞ、レディ」

「失礼致しました」


 英語に日本語を返していく。違和感が半端ではない。


「ヘイ、紹介するぞ。右からノア、リアム、ジェイコ、メイスン、ウィル、マイク、アレク、ジェイ、ダニー、エイド、ジェムズ、ベン、マシュー、ジャックだ。ご存知、コードネームだけどね」

「ヒーローコード、緋色。よろしくお願いします!」

「黒鳩と申します。以後お見知りおきを」


 一人一人と固い握手を交わす。特務二課に交換留学に出た隊員を合わせて十七名。奇数。緋色はその意味を深く考えなかった。


「よし、じゃあ早速だ緋色。ジャパニーズヒーローの力見せて貰おう」


 デイヴが白い歯を光らせる。即応体制の維持。緋色はもちろん準備万端だった。







(おいおいおいおい……っ!?)


 乱れた息を整えながら緋色は小銃を掲げる。火力を持った武器、というより重量を持った鉄の塊だ。それを頭の上に掲げながら、緋色は隊列に食らいつく。


「下ろせぇえ前っ!!」


 レディの号令で小銃を胸の前に控える。走る速度は変わらない。特務二課での訓練とは随分気色が違う。そこから十分、駆け足を続けてようやく休憩に入った。


「大丈夫か、緋色」

「うっす!」


 岩壁のような巨体、マイクが案じてくる。緋色はシャドーボクシングで身体を解しながら汗塗れで笑った。彼は日本を代表してきている。舐められるわけにはいかない。


「ほう、お前は徒手空拳か」


 無理して余裕を見せる緋色にレディが声をかける。緋色のステップにはいつもの軽快さは無かった。

 当たり前だ。訓練中の彼らは総重量十キロにも及ぶ装備を身に付けている。普段とは勝手が違った。


「歩兵部隊はともかく、特務の奴らは重装備に慣れていないだろう。恥じることはない、無理するな」


 マイクの大人の言葉に緋色は苦笑いしながら足を止めた。実際、彼らは緋色が最後まで食らいついてくるとは思っていなかったのだ。


「言ってやるな、マイク。少年には意地を張らせてやるものだ」

「ロマンが分かる男は万国共通さ」


 陽気な黒人ベンが話に混ざる。フレンドリーな談笑に緋色はつい心を許していた。


「アメリカの訓練って日本と違うんすね。こんなハードだとは」

「……ん? ああ、お前ら特務は軍隊式とは無縁らしいからな。未だに対人ばかりやってるのか?」

「そうですけど、アメリカは違うみたいですね」


 レディが含んだ笑みを浮かべた。そこにはどこか侮蔑的な、嘲笑めいたものが含まれていた。


「ここは対デビル特化部隊だからな。お前ら特務とは想定する敵が違うよ。より効果的な作戦行動、より迅速な遂行能力。着眼はそこに尽きる」


 それはどういうことか。緋色が聞き返す前にレディが立ち上がった。他の隊員もそれに続く。緋色は時計の針を見た。休憩終了十秒前。緋色は慌てて整列に加わった。







「あああ~~っ!!」


 呻き声を上げながら、緋色はふかふかのベッドにダイブした。慣れないハードな訓練から無駄にはしゃいだ歓迎会。タフさがウリの緋色も疲労困憊に至っていた。


「よう、邪魔するよ」


 緋色は即座に跳び起きた。するりと部屋に潜り込んだのはキャプテンデイヴその人。アルコールで顔を赤くしながら輝く笑みを浮かべる。


「まあ落ち着けって。お前のことはアカツキから聞いてるよ」

「アネゴが?」


 そう言えば知り合いみたいな反応だった。デイヴはベッドに腰を下ろすと、何やら神妙な顔で緋色を見た。さっきまで宴会で見せていた表情とは違う。自分の部隊員にも聞かせられない話なのか。


「お前、ヒーローになりたいんだってな」

「ああ、というか、ヒーローですよ?」

「なーるほど」


 その反応に緋色は言葉が出ない。何か、彼が纏うオーラのようなものが圧を持つ。高見元帥や人類戦士のような、あの。


「なあ、今日一日お前さんを観察していたけどな。真っ直ぐな目をした良い奴だよ、俺は気に入っている。メンバーともすぐ打ち解けるだろう」


 デイヴは一度言葉を切った。


「そんなお前を俺は気に入っている。だから言うぜ。お前さん、ジャパンは窮屈じゃないか?」

「何を」


 レディも似たようなことを言っていた。どこか日本に対する敵意、いや、嫌悪感みたいなものを。デイヴは彼女と違って言葉を選んでいる。そのせいか故国を悪く言われた緋色の怒りも少しは和らいでいた。


「ヒーロー、ね。お前さん、人を助けたことはあるか?」

「デビルの殲滅。それが人類を守る道だ」


 そうじゃない、とデイヴは言った。


「火事に巻き込まれて助けを求めている人を救ったことがあるか? 強盗に襲われて怯えている人を救ったことがあるか? 大事なものを無くして途方に暮れている人を救ったことがあるか? 道に迷った人を導いたことがあるか? 風船を手離してしまった子どものために木をよじ登ったことはあるか?」


 あるはずが、無い。緋色は十年間その身を鍛えることに費やしたのだから。ヒーローとはウォーパーツを操ってデビルを討滅するものだと教え込まされてきたから。十年間、ずっと。


「ヒーロー、いや英雄か」


 デイヴはわざわざ日本語で言い直した。


「戦争で武勲を立てた今のジャパンの立役者。彼らの死闘の末、お前らはW.W.IIを勝ち抜いた。人では無く、国のために命を散らす。お前さんも知っているだろう? お前さんが目指すのは、どっちだ」


 緋色の夕焼け。血に染まった空を少年は思い出す。あの真っ赤に染まった背中を思い出す。あの光景を。一人の少年を命を賭して救ったあのヒーローの姿を。


「俺は、ヒーローになりたい」

「聞いてたとおりだ。そんな顔も出来るのな」


 緋色が滞在している部屋には大きな姿見がある。しかし、緋色はそちらを見れなかった。今自分がどんな表情をしているのか。それを確かめるのが、怖い。固まったままの緋色の頭をデイヴはがしがし撫でた。


「なぁに、これから考えていけよ。俺はアカツキに依頼されてティーチャーになっただけだからな」


 ヒーローを目指すんじゃない。お前はお前を突き詰めろ。

 人類戦士の言葉を思い出す。戦うための強さとは何と戦うためのものなのか。世界を知れ。その中から選んでいけ。緋色に欠けていたのは信念。自分を突き動かす信条理念。少年は拳を握った。


「アンタは、どうなんだ?」

「俺はソルジャーだ」


 デイビッド=ガンマンは即答した。祖国のために命を張る覚悟がある。人であれ、デビルであれ、祖国を脅かすものを排除する。今までもそうだったし、これからもずっと。


「俺たちはデビルと戦ってきたんじゃないのか」

「人間はずっと人間と戦ってきたよ。幾千年もそうだった。たった十年や二十年のぽっと出の自然災害に踊らされるか。こちらから見ればデビル戦争を口実にした軍拡にしか見えないよ」


 昔、大きな戦争があったことは緋色も教えられていた。追い詰められ、絶体絶命の戦況にあったと。その盤面を丸ごと引っ繰り返したのが一騎当千の英雄たち。彼らはいつしかヒーローと呼ばれるようになった。

 ウォーパーツはデビルに対して有効だが、人間相手でも当然その暴力を発揮する。であれば、二課が当然の様に行っている訓練は。ひたすら対人に偏っているあの新人研修は。ウォーパーツ、戦争の道具。


「気負うな。洗脳教育なんてどこの軍もやってるよ。特務だってちゃんと祖国を守るために動いてんだ。何も間違っちゃいない。だから俺もアカツキに言われなきゃわざわざ口を挟んだりしなかった。お前さん、相当に気に入られているな」


 デイヴは不敵に笑った。現在、日本皇国とアメリカ合衆国は同盟関係にある。大戦時には敵対していたらしいが、泥沼化した戦線に両者が歩み寄ったらしい。そんな知識だけが緋色の頭に浮かんだ。


「誰だって、苦しいのや怖いのは嫌だろう。何で人類同士で手を組めない。皆でデビルに立ち向かえない」

「誰だって苦しいのや怖いのは嫌さ。だから敵から身を守る力を蓄える。綺麗事だけじゃ救えない。守れない。当たり前だ」


 緋色の思い描いていた世界が崩れ落ちていく。ヒーローが活躍して、悪しきデビルを討滅する。人を守り、その存在を認められる。そんな世界が。


「じゃあ何が正しいんだ」

「それはお前さんが決めるんだ。自分で信じた道を進め」


 即ち、信念。

 人類戦士は世界を知った。『勇者ブレイブ』だってきっと世界を知っていた。それでも拳を握り、信念を胸に戦ってきた。強いだけでは戦えない。信念が無ければヒーロー足りえない。


「焦んなよ、ルーキー」


 キャプテンデイヴが右手で銃の形を作った。軽く上に跳ねる。発砲のジェスチャーだ。


「俺だって結論は出ない。誰だって結論は出ない。だから今日はもう休め」


 邪魔したな、とデイヴは去っていく。やることはやった。後は緋色自身の問題。何を考えてどう動くか。柔らかいベッドに身体が沈み込む。身体も頭も酷使した。緋色はすぐに眠りに落ちた。

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