一人か、二人か

 翌日、緋色は傷も治りきらないまま鍛錬を続けていた。人類戦士に完膚無きまでに敗北。しかし、その戦いざまは緋色の魂に火を付けた。

 強くなること。戦うこと。そして、世界を知ること。緋色は無心に拳を打ち込み続ける。


「緋色、おはよう」


 ルーティンのような自主トレから上がると、外でディスクが待っていた。彼女は緋色に比べたら軽傷だったみたいで、一晩休んだらもう回復していた。何だかんだで手心を加えられていたみたいだ。

 手渡されるタオルを緋色は快く受け取った。柔軟剤の柔らかさと洗剤の香りがこそばゆい。


「サンキューな」

「うん」


 小さく頷くディスクはもう一つタオルが抱えている。不審がる緋色だが、特に突っ込む気も無かった。地下訓練室から出ようとしてディスクに押し留められる。


「どうした?」

「緋色と手合わせしたい」


 ディスクは緋色を見上げた。人類戦士の新人研修。あの戦いを経てディスクも何かを感じたらしい。


「昨日の今日で大丈夫か?」

「昨日で今日、だからだよ」


 緋色は小さく頷いた。全く分からない。


「『ヒーローギア』と『円盤ザクセン・ネブラ』。ううん、緋色と私。二人の実力をぶつけたい」

「必要な、ことなのか……?」


 ディスクは確かに頷いた。緋色は二つ返事に受ける。彼女の中で何かの決心が生まれたのだろう。事実、緋色はディスクの体術が目に見えて向上していることを感じていた。

 いつまでも後ろで守られているだけではない。相棒バディも強くなろうとしている。


「身体はもう暖まった。そっちはどうだ?」

「頭は冴え渡っている。行くよ、緋色」







「回れ、『ヒーローギア』」

「……『円盤ザクセン・ネブラ』」


 勿体付けた決め台詞に、したり顔で披露するポーズ。人類戦士に何の影響を受けたか。強さの磨きに余念のない緋色だった。


「今の私の実力が知りたい。だから本気で来て」

「合点」


 小さく指を振る緋色。これは完全に人類戦士を真似ている。ディスクの怒りのボルテージが一段階上がった。


「ネブラ・レーザー」


 三枚重ね。ディスクは十全を発揮せずに三枚のみの展開。最低限の演算スペックで展開可能な最大限。

 ディスクは冷静に分析していた。どんなに重ねがけようとも光線は直線軌道。緋色は身を開いてあっさり回避する。


「瞬歩」


 懐に潜り込んで接近戦に臨む。緋色の掌底をディスクは左手で弾く。腕の力だけではない。右足を下げて半身の姿勢を取りながら全身で力を流す。


「模擬掌波」


 見様見真似の掌底を緋色のボディに撃ち込む。人類戦士も緋色も彼女を侮り過ぎである。だが、歯車が掌底を阻み、緋色の裏拳がディスクを襲う。


「ネブラ・シールド」


 二枚重ねがけ。ギアを纏った緋色はまとめて叩き割った。だが、威力は削れた。ディスクは速度の落ちた攻撃を潜り抜け、反撃の拳を放った。


「そういや、拳の握り方教えたっけ」


 緋色がにやりと笑った。放った一撃が効いていたとしても、緋色は表に出さない。そのタフさはディスクにとっては厄介極まりない。


(でも、ここを越えなければ追い付けない)


 十全。いや、八全か。半日でネブラが復活するといえ、それぞれ名前まで付けて可愛がっているディスクにとっては心苦しさを感じる。


「来たか。俺はタフだぜ、遠慮なく来い」

「知ってる」


 ネブラ・レーザー八連。緋色は律儀に全てを回避する。それこそがディスクの狙い。意図的に作った安全地帯に歩を進める。


「段々お前のやり方が分かってきたぜ」


 歯車が全方位に弾け飛ぶ。ディスクの侵攻を牽制し、緋色が地を蹴った。対応が速い。ディスクが八枚のネブラを呼び戻す。


「ギア、パージ!!」


 ネブラを全て破壊し、緋色はもう一歩前へ。寸止めで決めることも出来たはずだ。しかし緋色はトドメを放った。


「龍撃掌波」


 仰向けにダウンするディスク。立ち上がるよりも優先して彼女は言った。


「参った。やっぱり緋色は強いよ」


 ディスクは笑った。満足そうな、ひどく充実した顔だった。

 緋色は倒れたままのディスクに肩を貸そうとする。一人で立てる、と言ってディスクはよろめきながら立ち上がった。


「緋色、私たちしばらく別行動を取ろう」


 ディスクが笑った。


「は……?」


 勝ったはずの緋色が呆ける。ディスクにはその姿がどこか可笑しく映った。


「私がいないと不安?」


 そんな意地悪を言うと、緋色はむすっとした顔で黙る。その様子がどこかいじらしくて自然と口元が綻ぶ。


分析完了アナライズ。うん、緋色のこと分かってきた。だから今度は私の番」


 ゆっくりと立ち上がる。二本足で確かに立ってディスクは言った。


「強くなるよ。緋色に追い付けるように。並んで本当の意味で一緒に戦えるように」

「……一緒に強くなるんじゃなかったのか」


 緋色が口先を尖らせる。お互いの素性は知らないことばかり。それでも、お互いをちゃんと知っている。少なくともディスクはそう感じていた。


「一緒だよ」


 だから拳を前に突き出す。緋色は応じてくれた。


「言っておくけど、俺はもっと強くなるぞ」

「知ってる。だから目指す意味がある」


 二人であの人類戦士に追い付こう。重なり合う拳がその証だ。緋色は僅かに曇った表情を浮かべたが、ディスクは気付かない。

 一人で戦うか。二人で戦うか。緋色は続けて最上位の戦いを経験し、見えたものがあった。


(強さ。強くて強くて強くて強い。そんな圧倒的ヒーロー)


 人類戦士の強烈なビジョンが目に焼き付く。緋色が目指すべき道。目指したい道。


「ちゃんと、追い付いてくれよ」


 ディスクは頷いた。緋色は曖昧に笑い、拳を引っ込めた。視線を外した緋色は訓練室の外を見遣る。司令とハートが、一部始終を覗いていた。







「勝手をなさりましたね、司令」

「上に報告したければ好きにしろ」


 ハートは澄まして肩を竦める。拘泥しても致し方ない。ハートは淡々と言う。


「人類戦士との接触、それが緋色にどんな影響を与えるのか予想がつかないと? 彼を特務一課に渡すわけにはいきませんよ」

「承知の上だ。だが、緋色は迷っていたな」


 人類戦士のように圧倒的なヒーローになること。他の追随を許さない、一人で強くなる道。追い縋るディスクに対して緋色がどんな結論を出すのか。まさに岐路にあった。


「ディスクが良い意味での足枷となってくれることを願うばかりですね」


 恐ろしい位に冷ややかな顔でハートは告げる。緋色を特務二課に繋ぎ止める楔。天才情報少女の最たる役目。司令はサングラスを外して目蓋を揉む。ハートに向き直る姿には見えない圧力が覆われていた。


「俺は、ディスクがあいつの救いになればいいと思うよ。あの子は強くなる。やがて特務二課の主柱となるさ」

「臨界者は、刃がいます。我々に怪物二人を抱える力があるとお思いで?」

「怪物にはしない。ヒーローだからな」


 話は平行線だ。現実をシビアに見据えるハートと理想を語る司令。特務二課を今日に繋げてきた豪傑たち。『ヒーローギア』の担い手が現われ、壊滅寸前までの打撃を受け。特務二課の明日はどちらか。希望の福音か、崩壊の序曲か。


「ハート、これからも頼むぞ」

「御意に。が出来ることなどたかが知れていますが」


 音も無く去って行くハート。司令はその後ろ姿を黙って見つめていた。それなりに付き合いが長い仲だが、未だ読めないところばかりである。


「でもな、ハート。お前の働きは、十分英雄の器だと俺は思うぞ」


 今日まで特務二課を繋げてきた影の功労者。黒スーツの男を見て、司令はそう呟いた。


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