新人研修(真)
緋色の瞬歩が間合いを踏破。生身のままの人類戦士に肉薄する。
(アネゴと言えど生身は女の身体だ。力比べならまだ男の俺に分があるはず!)
先手速攻。緋色の右ストレートに人類戦士の右ストレートがぶつかる。土踏まずから腰に伝え響いた体捌き。同じ体勢、同じ息遣い。しかし、打ち負けたのは緋色の方だった。技術と経験の差。人類戦士は追撃に走る。
「ネブラ・レーザー!!」
ガード。横合いからの光線をまともに食らって人類戦士の足が止まる。焦げ付く腕は、しかし無傷。こんなものはダメージの内に入らない。
「十全」
「へぇ、少しはやるじゃん」
リカバリーを果たした緋色が走る。生身同士の拳の撃ち合い。合間合間にネブラの斬撃が織り交ざる。凄惨な笑みで全てを踏破する人類戦士が力強く踏み込んだ。大地が揺れる。それは緋色のステップのタイミング。体幹が乱れる。
「おらぁ!!」
守るネブラを遠当てでぶち抜いた。転がる緋色の上をディスクが飛び越えていく。何度転がされようと緋色は立ち上がる。だから追撃で潰されるのだけは防がなければならない。
「背中、重くねぇか?」
「これが私の基本姿勢」
重心を前に傾けて人類戦士のフックを潜り抜ける。虚を突かれた遅れを取り戻すかのような大振りの蹴り。人類戦士が視線を外した隙に緋色は懐に潜り込む。
「双竜掌波!」
両の掌底を人類戦士に打ち込む。仰け反り、一歩下がるその身に。
「ネブラ・ソー」
右腕で庇い、吹き出す鮮血。人類戦士の眼光は衰えない。カウンターの蹴りがネブラを砕いた。その足を瞬息で振り下ろす。
「地竜」
緋色が合わせた。震脚での相殺。だが、人類戦士の笑みは途絶えない。左のアームハンマーを緋色は入り身で躱した。その鳩尾に掌波。だが、人類戦士は止まらない。二歩下がる緋色。追う人類戦士。ネブラの光線を左の裏拳で弾き飛ばし、さらに接近する。
「ヒィィロォォギ「余裕ぶってんな」
速い。反射的に頭部を引いた。鋭い目突きが瞼を押す。間一髪。ネブラが援護に回り、ディスクが緋色の対位置を取るように動き回る。彼女も緋色が見ていないところで成長を重ねていた。
「思い通り戦わせてくれると考えるな。戦場はいつだってこんなはずじゃ無かったことの繰り返しだ」
左の二連ジャブ。スピードに緩急を付けられてまともに食らう。最初の立ち回りではわざとスピードを落としていた。緋色が圧され、援護に回るネブラ。
「そのパターンももう読めたって」
潰したはずの右腕が跳ね上がる。その強靭な五指が下から円盤を喰い破っていた。そのまま握力に任せて砕く。両腕を構えたファイティングポーズ。右腕の傷は塞がりかけていた。恐るべき回復力である。
「お前らさ。別々に戦った方が強いんじゃないの?」
豪風が緋色を叩く。人類戦士全力の踏み込み。カウンターを狙う緋色だが、その実気迫に圧されて気付かなかった。この踏み込みはフェイント。彼女は大きく真後ろに跳んだ。
「やべえ、ショート!!」
「緋色、私を信じて!!」
ディスクがらしくない声を上げる。その構えは見様見真似の龍拳の基本姿勢。右に一歩。ネブラは展開させたまま動かさない。人類戦士の踵落しを身を開いて回避する。その心臓付近に掌底を打ち付ける。
「非力」
体幹をブレさせずにむしろ当たりに行く。逆に弾き飛ばされたディスクだが、人類戦士の打撃を辛うじて避け続けている。緋色の咆哮が耳に響いた。『
「何だ、ただの付け焼き刃じゃんか」
両手を勢い良く広げた。発勁の呼吸。ネブラをまとめて弾き飛ばした人類戦士が傲岸不遜の笑みを浮かべた。緋色の歯車が宙を回る。ディスクの八が完璧に掌握される。人類戦士はどちらも見ていない。その真ん中をじっと見つめて視界の端に両者を捉える。
「それが二課の限界だよ。甘えたバディ制度じゃその上には行けない」
歯車を纏った緋色が飛び出した。ネブラが旋回を始める。ウォーパーツの制御に力を割かれた緋色には、いつものキレがない。鳩尾に強烈な一撃を入れて返り討ちにする。その腕を狙う回転鋸。
「ちっ」
人類戦士は拳を引いた。必然、浅い打撃。歯車に守られた緋色にはダメージ足り得ない。歯車で強化された右ストレートを、両腕を使ってガードする。
「俺たちは確かに未熟さ」
「でも、足りないものを補え合える。二人でなら至れる」
そうやって前に進む。進んできた。それが特務二課の戦い。
「一人で至れ。話はそこからだ」
緋色の拳を弾き返す人類戦士。ネブラの光線が牽制に動く。バックステップを踏む人類戦士に緋色の歯車が殺到した。
「それが、ヒーローのスタートラインだ、半端者」
踏み込む力は意志強く。全身をバネのように弾ませて、囲むネブラをごぼう抜き。真っ正面から放たれるレーザーを拳で受けきった。
「そんな奴に魂は震わせられねぇ」
打ち合う拳。クロスカウンター。
派手に吹き飛んだ緋色を見下ろしながら、不屈の笑みを浮かべる。口の端から鮮血を滴らせながら、それでもこの程度はダメージとは呼べない。
「……化け物」
圧倒的な立ち姿にディスクは戦慄する。歯車の浮力で立ち上がった緋色は隙無く構えた。彼が抜かれれば、あの拳はディスクに向かう。それは即ち、敗北を意味していた。
「緋色、お前の拳は守りには適さないぜ」
健気な弟分を見て、人類戦士は言った。つまらなそうな顔で二人を見渡す。
「ディスクを守ろうと動きが鈍ってる。格下相手なら悪くないかもしれんが、お前が目指すのはそんなものか?」
「ネブラ・レーザー!」
四方八方。悠長に口を開く人類戦士に熱線が降り注ぐ。回避ではなく、ガード。緋色は動けなかった。身体を丸めて防御姿勢を取った彼女は、閃光が明けた先で仁王立ちしていた。
焼き爛れた腕でファイティングポーズを構える。こんなものはダメージの内に入らない。恐るべきことに、まだ人類戦士はウォーパーツを発動させていない。
「アネゴこそ……余裕かましてるじゃないか」
「全力だ。全力で手加減してるよ」
人類戦士は身体の向きを変えた。凄惨な笑みを浮かべてディスクを見定める。狙いは明確。させはしまい。緋色が人類戦士に挑みかかる。
「掌波連弾!」
「甘いっつーの」
ギアを纏った緋色の連撃。そのことごとくが人類戦士に受け流されていく。それでも骨を揺らす一撃が積み重なる。人類戦士が回避のために足を動かした。
「狙ってたよ」
立ち位置を変える。そのためには足を上げる。不安定な一本足。緋色は彼女の股下に軸足をねじ込んで、背中いっぱいで当たりに行く。
後ろに重心が傾いた人類戦士に突き上げるような掌底。足と首を押さえた緋色の連撃が人類戦士に届く。
「二点掌握――――二拍子」
トドメの一撃を、しかし人類戦士は全身で抱え込んでいた。恐るべきタフネス。掌握した拳を起点に、今度は人類戦士が連撃を打ち込んだ。
「お返しだ、点拍子」
歯車が盾に。ネブラが盾に。それでも容赦なく連撃は叩き込まれる。体勢は崩され、回避は不可能。人類戦士の拳が緋色を打ち抜いた。
「さて。調、お前がヒーローになったってのは俺様も考えもしなかったな」
頑丈で、気丈で。ディスクからすればそれこそ超人的な身体能力を発揮していた緋色が地に沈んだ。戦いを見守る司令は止めようとしない。充分許容範囲なのだ、最前線を経験した戦士からしてみれば。
「実際やり合って改めて思ったけど――向いてないよ、お前」
ザクセン・ネブラ。殺到する回転鋸を人類戦士は砕いていく。残り二枚。インファントで人類戦士に及ぶべくもない。ディスクの顔に焦りの色が浮かぶ。
「お前のスペックなら、オペレーターって道もあったろ。重要かつ困難な役目だぞ。俺様が保証する」
「貴女に言っても、分からない」
「そうかよ。じゃあ身体に教えてやる」
ネブラがまとめて二枚砕かれた。目で捉えられない神速のジャブ。動きが止まったディスクに、肘うちが直撃した。胸の中央。インパクトのまま、鋭い肘をそのまま振り下ろす。
「が、が、ぁぁあ……っ」
苦悶の声が。激痛。生涯経験したことのない苦痛。より痛感を刺激する一撃が。大粒の涙を零しながら小さな少女がうずくまる。
「立て」
女は少女の胸倉を掴み上げた。片腕だけの腕力で高々と持ち上げる。ディスクは縋るような目で辺りを見回した。
緋色は立ち上がらない。司令は止めに入らない。孤立無援。自力本願の境地。絶体絶命の少女を見下ろすように見上げる人類戦士は高圧的に笑った。
「甘えんな。人々が縋る先がヒーロー何だよ。ヒーローは誰にも縋れない。でなければお前はただのモブだ」
思いっ切り叩きつける。絶叫を上げる少女を蹴り上げて女は笑った。余裕は失わない。自分が追い詰められることは人類の崖っぷちに等しい。だから人類戦士は笑い続ける。
「お前に覚悟があるか。ヒーローとして戦い続ける覚悟があるか。状況に流されるままここにいるだけのお前に」
転げ回るディスクを殴り飛ばす。たった四発でこれだ。ディスクはもう戦えない。興味を失ったかのように人類戦士は振り返った。
「やめろ」
「お前はどうなんだ、緋色」
流石にリカバリーが速い。間違い無く気絶していたはずだが、ウォーパーツを発動したままの状態を保っている。
屈しない。折れない。百戦錬磨の元帥に口火を切っただけのことはある。彼には揺るぎない覚悟がある。
「やめろ……っ!!」
緋色は、強い。呪文のようにその言葉を反芻する。
「足手纏いを庇って、それで戦い続けるつもりか。未熟を舐め合って、こよしで済ませる気か。そこに何の意味がある?
今のお前に何の理念がある。どんな信条がある。頂に縛られたお前は木偶人形と同じ、薄っぺらだ」
「俺は、でも、違うんだよ」
確かに、その言葉に揺れ動かされたのだから。この十年間、一人で鍛錬に励んでいた緋色が、それでも欲したものだから。
(俺は、人類戦士みたいに強くなんかない。『
立て、と。
緋色は心の中で叱咤する。立ち上がれ。拳を握って、大地を踏み締めて、前を見ろ。緋色はその先を見据えている。隣に立つはずの
「俺は、こいつと一緒に強くなるって決めたんだ」
「言ったな」
歯車が緋色に集う。噛み合い、繋がる力。『ヒーローギア』の担い手が人類戦士を見た。
「この道は、間違いなんかじゃない。俺が見つけて俺が選んだ道だ。間違いなんかじゃ、ない!」
「お前は何も見つけてなんかいない」
緋色の叫びを人類戦士がねじ伏せる。歯車と打撃の奔流は、しかし人類戦士には全く届いていない。全てをねじ伏せて、凄惨に笑う。
「それは、ただ用意された道だ。お前は勝手な理由をつけてそれにしがみついているだけだ」
あの言葉に救われた。
「お前はヒーローにならなくていい。戦わなくていい」
そんな選択だって、きっとあった。緋色ではない自分になれた可能性。
「駄目だ。この十年は、じゃあ何のために」
「結果が見えないと前には進まないか?」
緋色は膝を付いた。どこか空虚で、どうしようもない視線。それを受けて、人類戦士は笑みを深めた。
「望むなら言えよ。お前をヒーローに縛り付けている奴らを皆ぶっ飛ばしてやる。俺様が、助けてやる」
緋色は、その顔を見上げた。出来る。目の前の女は人類戦士だ。強くて、不屈の、圧倒的ヒーロー。緋色のヒーロー。その選択肢を現実に提示され、緋色の目が霞む。
取り戻せない過去。あったはずの未来。試されるのは現在。人類戦士が手を伸ばす。緋色は口の端を強く噛んだ。
「……ひい、ろ」
彼は、笑っていたのだ。
「緋色――っ!!」
「俺はもう選んでる」
緋色の拳ががら空きの鳩尾にめり込んでいた。少し卑怯な気もするが、相手はあの人類戦士だ。些末事を気にする器ではない。
それに、緋色にはこう思えたのだ。こんな話をする人類戦士は、隙だらけだと。侮り、油断したのだと。緋色は拳を止めない。
「ギア・インパクト!!」
渾身の一撃が叩き込まれた。人類戦士の身体が紙切れのように薙ぎ倒される。やり過ぎとは思わない。血反吐を吐きながらも、人類戦士は難なく立ち上がった。
「今のは、効いたぜ……?」
倒れない。屈しない。これが人類戦士。人類の最前線。その姿に強烈な憧れを抱く。だから、緋色は目指すのだ。
「ショート、行けるか?」
「愚問。奥の手――万全」
ディスクがにやりと笑う。人類戦士は首の骨を鳴らした。余裕の笑みを崩さずに、指を振る。
「俺様は見てきたぞ、世界の道を。その上で人類戦士を選んだ。信念がある。だから負けねぇよ」
十一番目のネブラが光線を放つ。回避しながら迎え撃つ相手はルーキーヒーロー。歯車の奔流を沈めながら、人類戦士は笑った。
「緋色、お前は一つの道しか知らない。選択の意志まで至らない。
――お前の拳には、決定的に信念が足りない」
踏破する。肉迫する緋色と人類戦士。激しいインファイトの余波にディスクは近付けない。
「俺は、ヒーローになる」
「世界を知れ、緋色。ヒーローになるんじゃない。お前はお前を突き詰めろ。これから色々な道を知るんだ。そこから選んでいけ。俺様に緋色の意志を見せてくれよ」
穏やかに笑う人類戦士に闘気が纏う。脈打つ心臓が魂を震わせ、人類戦士が覚醒する。緋色はもう臆さない。繋ぎ噛み合う歯車をかき集め、象るのは大なる剣。
「『ヒーローハート』」
「ヒーローソード……っ!」
緋色の一撃が速い。研ぎ澄まされた斬撃が人類戦士の左腕を飛ばした。骨が砕け散り、鮮血が舞い散る。だが、その程度で人類戦士は止まらない。
「リトルインパクト」
右の豪腕。幅広剣を振り抜いた緋色に巨大な衝撃が炸裂した。地を削り、緋色の身体が壁に激突した。衝撃を守る歯車は次々と砕けていき、緋色の失神と共に完全に沈黙した。
ウォーパーツの発動が解ける。勝負あり。人類戦士の左腕は復活していた。実質無傷の完全勝利。人類戦士が『ヒーローハート』を停止させた。
「正直、立ち上がってくるとは思わなかったぞ」
人類戦士はディスクに向き直る。ディスクは拙い構えを取った。隙だらけで失笑ものの立ち振る舞い。それでも彼女は構えた。立ち向かったのだ。
「何がお前を駆り立てる」
「お姉ちゃんには教えてあげない」
人類戦士は笑った。その構えは緋色と寸分違わない。龍拳の基本の構え。人類戦士は不敵に笑う。手加減無用。彼女の瞬歩がディスクの観察眼を超える。
「覚悟を見せたな。なら俺様も見せてやるよ」
ディスクは動けない。奥の手も通じない。人類戦士が繰り出すのは掌底。ディスクは回避出来ない。その小柄な肉体のど真ん中に突き刺さる。
「これが完成形だ――掌波」
全身に衝撃が駆け抜ける。波打つ感覚。深い水底に沈んでいく感覚。打撃点を中心に虚脱感が巡った。たった一撃で全身を打ち抜いた。ディスクは冷静にそう分析した。
「私は――――進む、よ」
もう立てないし、指先一つ動かない。ディスクも静かに意識を落としていたし、人類戦士も正確にそう把握していた。どこか満足したような顔を浮かべて、顔だけを男の方に向ける。
「満足か、タカツキ」
「だな。ちょっとスッキリした」
小さく笑う彼女の先に司令の姿はあった。的確に医務班の準備を指示し、二人のルーキーを肩に担ぐ。
「約束は守る、だよな?」
「ああ。ディスクのことはマムに黙っといてやるよ」
「結局、お前とディスクはどういう関係なんだ?」
「機密事項」
人類戦士は悪戯っぽく笑った。
「じゃ、もう行くわ。緋色を……いや、二人を頼んだぜ」
「無論」
小さく笑って人類戦士が手を振った。意識を失った二人を担ぎ上げて司令は医務室に向かう。
二人の間に交わされる無言の会話。司令もディスクと人類戦士との間柄について詳細まで知っているわけではない。それでも、そこに深い縁を感じた。
「またいつでも来い」
人類戦士は黙って手を振った。司令は小さく笑い、足を前に出した。
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