人類戦士は色を好む

「待って、ちょっと……」

「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし」


 服の上から尻を揉まれて顔を赤くする。尻たぶの肉を堪能したその手をその割れ目に指を沿わせながら、下卑た笑いを浮かべる。


「だ、だって、見られて……っ」

「見せつけてやりゃいいんだよ」


 尻から手を離し、背中を擦るように叩く。その手で猪口を摘まみ、東北の地酒を舐めた。美味。アルコールによる酩酊を心地好く感じ、豪快に笑う。


(こんな場に連れ出されて、どうしろってんだ……っ!)


 緋色、即応体制不十分。血眼で目前の情事を網膜に焼き付けながら。冷めたチャーハンの上にスプーンを落とす。対応しきれない。とんでもない現場に連れ出されてしまった。頬を赤らめ、しかし満更でも無さそうに顔を背ける刃。そして下着同然の露出度の高い寝巻きを纏う人類戦士。あと緋色。査察後の夕食は三人の小宴会と化していた。

 酌しろ、と刃を呼びつけた人類戦士。割りと良くあることらしく、刃もノリ良く杯を交わしにきた。刃と飲むなら地酒、と相場が決まっているらしい。女同士仲が良いみたいだった。


(だったら俺邪魔なだけじゃねーか!? いや、嬉しいけどさぁ!!)


 心の中で絶叫を上げる緋色。伏し目がちにこちらを睨む刃と挑発するような目を向ける人類戦士。年上女性二人の色気に対面する緋色には、経験が圧倒的に足りていない。


「なぁ緋色もそう思うだろぉ? いい女だよこいつはー」

「うっす!」


 刃が目を背けて人類戦士が笑った。


「あんまりからかわないでよ……」


 酔いと羞恥で顔を赤くする大和撫子を見て緋色的にもぐっと来る。しかも、それだけでは無かった。隣で刃の猪口に酒を注ぐ人類戦士に注視する。


「ほう、気付いたか緋色」

「師匠っ!?」


 緩いタンクトップの色は淡いピンク色。水色の短パンから伸びるのは引き締まった、しなやかな脚線美。色気だけでは無い、やや女の子な部分を感じ取って緋色が震える。

 偶然現れた司令の姿に人類戦士が顔を上げた。その拍子に揺れる胸。緋色の目が目敏く光る。


「これはっ」

「そこに気付くとは流石だな、我が弟子よ。人類戦士の寝間着はノーブラというわけだ」

(何で知ってんだよ師匠っ)


 緋色が勢い良く机を叩く。ここには緋色の心を乱すものが多すぎる。気持ちを強く持たなければ。ヒーローは強くなければならないのだ。


「よぉ、オッサン。注げよ」

「俺は忙しいんだ。見れば分かるだろ」

「「分かんねーよ」」


 緋色と人類戦士の突っ込みがハモる。サングラスの位置を片手で直しながら司令は首を傾げる。その後ろにいたのは身体がすっぽり隠れていた小柄な少女。


「偶さか、通りがかった。緋色、隣空いてるよね」

「よく来た相棒バディっ!!」







「で、何だよ?」


 来るや早々にディスクは人類戦士を睨み付けた。ハンバーグを口に含みながら、ディスクの不機嫌な視線は引っ込まない。初対面の相手にこんな対応をするとは彼女らしくない。


「どうした、ショート?」

「別に」


 刃が間をとりなすかのように人類戦士に酌をする。何とか場を誤魔化そうとするが、こうずっと睨まれたままだとそうはいかない。


「刃、悪い。ちょっと俺と席を外して貰っていいか?」

「えー……いいですけどぉー私の田酒がぁ……」


 不満たらたらな酔っ払いである。


「緋色、ディスクに付いててやれ。俺もついさっき事情を聞いたばかりなんだ」

「? いや、いいけど……」


 この二人の間で何かあるのか。緋色もディスクの力になれるのならばそうするつもりだ。和装を着崩した酔っ払い女性を厳ついグラサンの大男が引き摺っていく。非常に危ない画である。


「お前、緋色の相方か……」


 件の相手も酔っ払いには違いない。それなりに酒が回っているのか、頭を揺らしながら少女を見回す。


「可愛いな。俺様好みだ」

「アネゴ……?」


 舐め回すような視線に流石にディスクも身を退いた。その様も楽しむようにじろじろ見続ける。流石に止めるべきかと緋色が口を開こうとし、その時酔っ払い痴女が首を傾げる。


「んや、どこかで会ったか……?」

「久しぶり。私を置いてどっか行っちゃった人」

「お前————調か!?」


 人類戦士が身を乗り出す。そこにいつもの傲岸さも不遜さも無かった。素の反応を見て逆に緋色が驚く。自分の相棒バディが人類戦士に所縁ゆかりがあったとは。人見知りで甘えたところがあるディスクがこうまで攻撃的なのだ。二人の間には与り知らない因縁がある。


(師匠め……それで俺に投げたんだな)


 二人の仲裁役。それを司令は自分ではなく緋色に任せた。ディスクが前に進むために。そこに寄り添えるように。彼女の過去は詳しくは知らない。ヒーローの機密保持というやつだ。しかし、力になりたいという気持ちは本物。緋色が心中を整理し、覚悟を決める。


「お前、見ない間に成長したなぁ! 元気だったか? ヒーローになったなんて驚きだよ。美人に成長して何よりだぞ……いや、まだまだ成長途上だなぁ」


 が、対する人類戦士その人は喜色満面。無邪気な笑みを浮かべて友好を示してきた。気持ちが空振り三振した緋色は心中派手にズッコケる。人類戦士は酒を注ぎながら「そうか、そうかぁ」と一人感慨に耽る。


「何一人勝手に納得しているの。私は何一つ納得していない。何で急に居なくなったの。いきなり人類戦士になったとか何があったの」

「俺様は人類戦士だ、だから色々あった。以上、察しろ」


 本当に言えないんだ、と彼女にしては珍しく申し訳なさそうな表情を浮かべる。その目を見て、緋色には感じることがあった。それは、親愛の情。事情はどうあれ、彼女はディスクのことを一人の人間として、それも近しい者として大事に思っている。


「むぅ」

「よせ、ショート。事情は分かんねえけど、久しぶりの再会なんだろ? 素直に喜んでいいんだぜ」


 彼には、そういう相手はいないのだから。


「……緋色はどっちの味方なの」

「お前の相棒バディだ」


 即答されてディスクの頬が朱に染まる。拗ねたように下を向くと、残りのハンバーグを口に放り込んだ。その光景をにやにや眺めながら、人類戦士は田酒を喉に放る。熱い息を吐き出しながら天井を仰いだ。

 

「酒、そんなにうまいのか?」

「何だぁ? 興味あるのか?」

「何か、楽しそう」

「成人したら飲み方教えてやるよ。お前の生年月日は掌握済みだ」


 そう言って上機嫌に笑う。今から楽しみで仕方がない。そう顔に書いてあるようなものだった。


「本当かっ!? 約束だぞ!」

「おうよ。朝まで飲み明かそうぜ」

「飲み過ぎは良くない。というデータがある」


 呆れたような顔をしてディスクが飲み物を渡す。にやにやしながら飲み干すと人類戦士の顔が鈍った。


「甘っ。嫌いじゃないが、酒には絶望的に合わない。てか何だこれ」

「バナナジュース」


 食後のバナナの皮を剥く。表情が弾む彼女を見て緋色は密かに癒されているのだ。


「何で、バナナ」

「バナナは完全食。エネルギー摂取効率は高水準、糖分も十全。バ ナ ナ は 完 全 食」


 夜の秘密の修行に備える補給だった。


「バナナ大好きとはイヤラシい奴め。旺盛に育ってお姉ちゃん嬉しいぞ」


 緋色が噴き出した。彼の脳内にはそれなりに破壊力の強い映像がコマ送りにされている。


「緋色、どうしたの?」

「お兄ちゃんたちのバナナすきすきー」

「止めてくれアネゴ、頼む……っ!」

「む、バナナをバカにするな」


 トドメを刺されて緋色が突っ伏した。人類戦士、大爆笑。ディスクは眉を逆ハの字にしてバナナを頬張る。バナナを頬張る。


「悪い悪い。何かお前らと絡んでると楽しくてな、つい」


 あっけらかんと笑う人類戦士が胸を揺らす。緋色は顔を上げたまま動けない。


「んまぁ、あんまり捕まえるのは悪いか。調……ディスクだったか。息災なのは何よりだが、身の振り方は考えろよ」


 その言葉にはどういう意味が込められていたか。人類戦士は食器を持って立ち上がる。今日はお開きの合図だ。部屋まで送ろうとした緋色の額が、力強い指に押し戻される。

 緋色にとっては刺激の強かった夜。どこか悶々とする彼の耳元に、元凶たる彼女がディスクに見咎められないように口を寄せる。ついでに柔らかい感触を押し付けながら。


「今夜は、た、く、さ、ん、お楽しめよ」


 耳まで真っ赤にしながら緋色がショートする。人類戦士は下品に笑い転げながら去っていった。







 急にやってきてふらっと居なくなる。神出鬼没の人類戦士に二課は随分振り回されてきた。そんな過去があったが、もう慣れてしまったところもある。なので、見送りを用意しないのが常だった。彼女自身が望まなければ。


「よぅ、コンディションは十全か?」


 朝、というより昼前。人類戦士に呼び出された緋色とディスクは地下訓練場に集まっていた。すぐ外には神妙な顔つきをした司令が中をモニタリングしていた。彼はこの後起こることを聞いていた。


「アネゴ、もう出なくていいのか?」


 高見元帥の義足を取りに行ってくると言っていたはずだ。ディスクは何も言わない。ただ、彼女は何となくこの後どうなるか分かっていた。


「それは気にするな。で、だ。やっぱり一課に来る気は無いのか?」

「それははっきり答えた」


 曲げない。譲らない。緋色の答えは揺るがない。


「そっかあ」


 人類戦士は嘆息した。至極残念そうに。しかし、彼女もこれが最後と決めていたらしい。吹っ切れた顔で笑みを浮かべる。


「なら、俺様が直接手ほどきしてやれる機会もないか」


 今日この時を除いては。ここまで言えば鈍い緋色も気付いた。拳を強く握り締めて人類戦士と視線をぶつける。


「緋色、お前は自分が強いと思ってないか? 戦える奴だと思ってないか?

 実際お前は大した奴だがよ。所詮まだまだひよっこ、ヒーローとは言えないよ」


 緋色に足りないもの。彼女はそれを知っている。


「だからその鼻を折ってやる。分からせてやる。それが、俺様の新人研修だ」


 特務二課の新人研修。それはウォーパーツの適合者となって超常の力を身に着けた者の助長を折る儀式。上を見せつけ、上を目指させる通過儀礼。


「緋色、私はやるよ」

「合点承知だ、ショート」


 『円盤ザクセン・ネブラ』が展開する。緋色もギアを展開することに迷いは無かった。戦いの中でいつでも発動出来るように意識を研ぎ澄まさせる。

 半身に構える人類戦士が指を振った。



から殺すつもりで来い」

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