一課の実力、孤高剣士イチ
舞台にヒーローは勢揃いしていた。
「急やけど、大丈夫なんか?」
「即応体制の維持。問題無い」
刃物のように鋭い視線。ヒーローコード、イチ。一課の剣士は二課の面々をぐるりと見渡す。
「なぁ、マム。俺様が出ちゃダメなのか?」
「論外です。しばらく大人しくなさい」
聞き分けのない子どものようにあしらわれて人類戦士が舌を出す。イチに物凄い睨まれた。遠く離れた観覧席にいるはずなのに、目敏い。
「……俺、対人戦は苦手何だけどなぁ」
「シャキッとしろよ!」
相対するのは焔とギャング。緋色からしてみれば不可解な人選だった。強さを示すならばハートと刃を出せばいい。
「ハートは社外秘って奴だ。一課と言えどあまり手を晒したくはない。ディスクも同様だ」
(同じヒーロー組織に社外秘って何だ……?)
思ったが口に出さない緋色である。司令の表情は固い。きっと彼には預かり知らない事情というものがあるのだろう。
「緋色は戦いたかった?」
「まあな。あんまりある機会じゃないだろ」
「私のせいだね、ごめん」
「んなことはないぜ」
言って気付いた。悪戯っぽく舌を出すディスクを。そんな冗談を言う子だったか。思う以上に強かになっていく彼女が口を開く。
「大丈夫。私も強くなる。ちゃんと緋色と並んでいつか見返すんだ」
ディスクの見る先には人類戦士の姿。そこにどんな想いがあったか緋色には想像が及ばない。だが、その想いは買った。二人の拳が静かに合わさった。
「同じ剣士同士、という気持ちも無いわけではないが」
大道寺の一人娘、とイチは小さく呟く。その目は刃に向いていた。二人の視線が交錯する。
「あー、イチの童貞野郎また女をガン見してるー」
「ど、や、止めろそんなことは無い!」
「アカツキ、黙って」
怒気を孕んだ威圧を二方向から受け、流石の人類戦士が黙る。刃はやや後退しながら自らの身を抱き締める。ハートがさり気なく視線を遮るように立った。とんだフレンドリーファイアである。
「両者、準備が出来たら報告なさい」
空気を引き締める高見元帥の声がよく届く。大剣を鞘から抜くイチ。大槍を構える焔。ギャングの周りに石球が浮かぶ。
「我が剣銘は『英雄剣エクスカリバー』。いざ、尋常に仕合おうぞ」
◇
剣士イチが大剣を構えた。ぶわりと見えない圧が広がる。圧倒的な王者の剣。焔が崩しに走る。
「『灼熱槍ルー』。一番槍ってやつさ」
鋭い突きが悉く大剣に捌かれていく。しかし、そのリーチの差は歴然。攻め手を緩めない焔に、イチは防戦を強いられる。
「なるほど。悪くない腕だ」
さらに周囲を囲む球体。『宝球コスタリカ』が虎視眈々と好機を狙う。
「腕じゃあ負けてるみたいだがな」
防戦一方。しかし、ただの一本も取りこぼすこと無く完全に受けきっている。槍と剣ならば明らかに前者が有利。だが、堅実かつ剛健な立ち住まいを崩せない。
「退くか」
焔の退き際にイチが合わせる。完璧なタイミング。だが、彼は一人ではない。不可視の振動波を発しながらコスタリカがそれを阻む。イチは大剣を盾に構えてそれを防ぐ。
「……イマイチ攻めきれねぇな」
「手が堅実だ。こいつを崩すのは骨が折れる」
攻めきれず、崩せない。鉄壁でありながら、守り一辺倒ではいかない威圧を感じる。バランス良く、基本に忠実。一課の筆頭格としては人類戦士のような派手さには欠け、しかしそれは。
「俺は――――王道を往く」
強い。二人は、戦場に立つ二人だからこそひしひしと感じる。その肌に染み込んでいく。敵を屠り、自分は生き残る。そんな当たり前を淡々と確実にこなしていく。イチはそんな戦士なのだと。何事にも微塵も揺るがない国家守護の戦士。
「おい、何か語り出したぞ」
「いいから攻めろやおい!」
微塵も揺るがない。
振り抜く大剣が焔の身体を両断する。そのまま盾のように大剣を構え、大槍の突きを弾き返した。
「気温の上昇……やはりか」
「陽炎ってやつだ」
業炎が槍から吹き出す。大剣を前に、盾のように。そして背後から殺到するコスタリカ。
「ソニック・シュート。俺の玉が暴れたりねぇぜ」
全方位攻撃。大剣一振りしかないイチにはひとたまりも無い。大剣を振るい、前へ。炎の中を突っ切る。
「そうくると思ったよ」
姿の見えない振動波より、脅威の予想し易い炎の中に。だが、振動を続けるコスタリカがそれに続く。小規模な爆発。イチは大剣を振るった。
焼石に大爆発。
火の付いた衝撃波が辺りを吹き飛ばした。爆炎を斬りとばす英雄剣。その身に火傷跡を残しながら、それでも男は揺るぎなく立っていた。
「成る程。悪くないコンビネーションだ」
同じ剣士でも刃のような俊敏さは無い。そう侮った二人の失敗。ヒットアンドアウェイでダメージを積み重ねていく。その判断自体は正しかった。攻撃は通る。しかし。
「ギャング、もっと下がれ!!」
大剣に薙ぎ倒された焔が声を張り上げた。男は止まらない。止められない。離脱が間に合わない。
「お前、近接型に近付かれたらどうする気だったんだ?」
焔の援護炎撃を『英雄剣エクスカリバー』が打ち払う。ギャングは一歩前へ。大剣の振るえない近距離。イチは大剣を手離した。
「特務二課の現状、しかと把握した」
徒手空拳。剣士でありながら、それも圧倒的だった。わずか数秒でギャングを昏倒させ、身を翻して駆ける。焔の炎撃を拾い上げた英雄剣で両断。あっという間に一対一の状況に成り下がった。
「まだ俺はウォーパーツの解放を残している。続けるか?」
「いや、降参ですよ。流石一課の猛者はお上手だ」
「……つまらんな。灼熱の槍使いと称されるお前ならば単独でも俺と打ち合えるだろう」
「そいつは流石に買いすぎっすわ」
焔は武器を納めるとダウンしたギャングに肩を貸す。イチの鋭い眼光とは目を合わせない。
「…………」
「ご苦労、イチ」
一度立ち止まり、無言で横を通り抜ける。機嫌が悪くなるとひたすら黙る。そんな彼の性格を熟知していた元帥は咎めない。人類戦士に車椅子を押され、舞台に上がる。後ろには一課のヒーロー。相対するのは二課司令、と二課ヒーロー一同。
「……まだ、無駄なツーマンセルを続ける気ですか?」
「これが、私のやり方です」
元帥の目は厳しい。本来であれば管轄が違う二課のやり方に口を出すのはお門違いという話。しかし、その建前はもはや無用の長物。特務一課がそこまでの力をつけてきた証。
「弱点を補い合い、助け合うことで生存率を引き上げる。理念は理解します。しかし、現実はどうでしょうか。未熟が未熟のまま戦場に立つとどうなるか、分からない貴方ではないでしょう。
一人で戦えなければそれはヒーローとは呼べません。一足す一が二にしかならないのであれば、バラバラに動かした方が効率的です。生き残ることより、勝つことを優先なさい。どんなに足掻こうが、兵は死にます。戦士は、消耗品です」
緋色は気付いた。人類戦士がじっとこちらを見ている。彼女は緋色に投げ掛けている。戦士は消耗品。だが、彼女は違う。唯一代替不可能な人類戦士。緋色はそう思っていた。
(でも、確かに言っていた)
第二の人類戦士、と。唯一絶対の人類戦士の、二番目。それが一体何を意味するのか。
「お言葉ですが、元帥。私はそうは思いません」
司令がサングラスを取った。過去の戦いで傷を負った目。その目付きは、しかし揺るぎない。
「特務二課は、彼らは私のかけがえのない仲間です。誰一人として決して替えの利かない唯一の存在です。彼らを失わないことこそが私の戦いなのです」
それにしては手痛い敗北も何度も背負ってきた。しかし、それでも特務二課司令はスタンスを変えることは無かった。高見元帥は黙って目を瞑った。
「……貴方の組織です。勝手になさい」
「御意」
再びサングラスを装着し、頭を下げる。査察はこれで終わりだ。引き上げる一課の面々をハートが見送りに行く。
「イチ。マムを頼む。俺様は今日はここに泊まっていく」
「アカツキ、帰りに私の義足を受け取ってきて下さい。いつもの技師に頼んでいます。明日の正午に修理は完成しているはずです」
おうよ、と人類戦士が片手を上げた。無言のままのイチが車椅子を押し、他の一課のヒーローは努めてフレンドリーに別れを告げた。トップ同士の馬が合わないと下は大変である。
◇
「……行ったか」
「じゃねぇよオッサン。いい加減マムを怒らせるの止めてくれよ、心臓に悪い」
「心臓に悪い、か。お前も面白い冗談を言うようになったな」
険悪な雰囲気だけが残され、二課のヒーローたちは解散した。その場に残ったのはサングラスの偉丈夫と歴戦の女戦士。
「マジな話、刃と緋色はこっちに回せ。アンタだって分かるだろ!」
「それは本人たちの意志次第だ。自力で口説き落とせ」
人類戦士の舌打ちを大男は軽く流す。一度決めたことは曲げたりしない。そんな彼の戦い方は彼女もよく知っていた。しかし、それでも。人類戦士として彼女は問わなければならないことがあった。
「なぁ、本当にもう――――人類のために戦う気は無いのか?」
「俺は仲間のために戦う。それが俺の戦いであり、答えだ」
即答された。流石の人類戦士と言えど、人の意志までは変えられない。深くため息をこぼしながら人類戦士は歩き出した。
「部屋は用意している。どこ行く気だ?」
豪快不遜な女傑は鼻で笑った。肩越しに右手をひらひら振りながら答える。
「どこって、オッサンが言ったんだろ」
ギラギラと笑いながら、人類戦士は挫けない。決して諦めない。
「口説き落としに行くんだよ。自力でな」
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