査察急襲、特務一課
人類戦士が消えた。任務終了後、姿を眩ませた彼女はついにその日中現れなかった。司令もいつものことだ、と捨て置く。
「司令、迷子の案内放送はどうでしょうか?」
「……さりげなく毒を吐くな、君は」
不機嫌そうにディスクが顔を背けた。どこかいじけたような態度。司令も人類戦士とは割と気の知れた旧知の仲だが、ディスクももしかしたら彼女と何かあったのかもしれない。
「緋色は人類戦士が大好きだよね」
「何たってあれこそがヒーローだろ!!」
ディスクがむくれる。刃に抱き寄せられるも不機嫌な表情は収まらない。逆に緋色がどこか羨ましそうな表情を見せる。
「お前ら遊んでる場合じゃねぇぞ!!」
ギャングが怒鳴り声を上げる。本日は査察当日。特別任務遂行一課のお歴々をお出迎えするお時間である。
「まぁ、そうカッカするな」
相方の焔が宥める。時計の針が音を上げるにつれて司令から妙な威圧感が漂ってくる。ハートが無言で手を振ると全員が一列に並んだ。
◇
午前9時、時間ぴったりだった。
乱れぬ足音に空気が揺れる。先頭を行く女性には左足が無かった。車椅子の上で揺られる姿に弱さは感じられない。左側が火傷跡に包まれた顔から感じられるのは歴戦の戦士の威光。それが日本海軍出身の女将校、高見元帥だった。
「元帥、お疲れ様です!!!!」
風雲児司令が声を張り上げる。二課のヒーローが一斉に頭を下げ、緋色とディスクも慌てて頭を下げた。元帥が手を振り、場を弛ませた。
「出迎え御苦労。義足の不調でこのような見苦しい様で申し訳ありません」
「いえ……滅相もございません」
車椅子を押している女性の姿を見て、緋色は目を見開いた。かの人類戦士その人だ。いつもの圧倒的な有り様はなりを潜め、その存在感の薄さに緋色は驚いた。
車椅子の女性司令、高見元帥を立てるために意図して存在感を消していることはすぐに分かった。あまりにも自然に、随行者の身に投じている。
「あなた方も挨拶なさい。何名か初対面の方もいらっしゃるでしょう」
元帥が言葉を投げたのは、後ろに控える特務一課のヒーローたちだ。先陣を切るのは一課の筆頭、ヒーローの最頂点だ。
「ヒーローコード、アカツキ。人類戦士だ。初見の奴はいるが、初耳な奴はいないだろう?」
いつもの獰猛さを露わに笑う。それを遮るように、長身の男が前に出た。
「ヒーローコード、イチ。不在がちな人類戦士の代わりに一課をまとめることが多い」
背負う大剣の鞘は黒く。刃のような日本刀とは違い、緋色のヒーローソードに近い。その鋭い眼光は見るもの全てを斬り伏せると言わんばかりの威圧感だった。
「あんまり怖いの良くないヨ。ボクはヒーローコード、クウ。よろしくネ」
押し退けるように前に出てきたのは色黒の小男。両耳から吊された緑の宝石がゆらゆらと揺れている。
「カレー大好きネ」
香辛料の香りを漂わせながらにっこりと笑った。クウが譲った先にいるのは白袴の男。両肩に担ぐように太い注連縄を纏っている。
(緋色、白藤紋の袴)
(何かすごいのか?)
(すごい。特級の神職の証だよ)
狐のような細目で男はディスクを見た。目鼻立ち整った長身。見つめられ、彼女が緊張で赤くなる。
「嬢ちゃん、よう知っとるなぁ」
話し方で一気に胡散臭くなった。不思議である。
「ヒーローコード、ジン。皆様よろしゅう」
背筋を伸ばしたまま綺麗にお辞儀をする。流し目で後ろに目をやり、最後の一人を手で招く。
「こいつは、セキ。よう喋らんやつやけど、ええやつやよ」
ヒーローコード、セキが首だけ会釈をする。捉えどころが無い、というより特徴が無い男だ。
「こいつらがこの俺様の「我ら国家守護の要たるヒーロー。互いに死力を尽くして鎮護国家に努めよう」
イチの鋭い眼光が人類戦士を牽制する。いかに彼女といえど、臨界者という化け物の集まりでは絶対ではないらしい。
「それでは元帥、ご案内致します」
この場においても一切物怖じしないハートが前に出た。遅れて続く司令が高見元帥に睨まれる。
「アカツキ、貴女はどうしますか?」
「んー、二課にはちょくちょく来てるからなぁ。査察ってのも今さらが過ぎるが……」
イチの鋭い眼光が人類戦士に殺到する。珍しく気圧される風に彼女は高見元帥の背後に身を隠した。管轄違いの組織に気軽に出入りするのは、無論許される所行では無い。だが、人類戦士であるからこそ。元帥は気にした様子も無くイチを下がらせる。老成円熟の女傑の威を借りて、背中から顔を出して舌を出した。イチが再び睨みを効かせる。
「アカツキ、何なら遊びに行っても構いませんよ?」
そんな二人のやり取りなどどこ吹く風か。高見元帥は慣れた風に流している。
「夜はこっちに泊まるからいいよ。押させろよ、マムの車椅子は久しぶりだしさ」
はにかむように笑う人類戦士が車椅子を押す。空気を読んで待機していたハートが再び先導を始めた。一課のヒーローたちが後に続く。
「師匠、ああいうの苦手なんだな」
「何でもこなす人だと思っていた」
容赦ない新人の言葉に場が緩んだ。刃とかあからさまに笑いを噛み殺している。
「っふ、じゃあ焔、あとはよろしく」
「やらいでか。さて師匠がアレで、弟子はどうかな?」
小さく笑う焔に緋色は身を固くする。ディスクがその背中を叩いてサムズアップ。早々に戦力外通告を受けた者は気楽なものだ。
◇
「緋色、どうだった?」
急須に茶葉を仕込みながら焔は言った。特務一課所属のヒーロー勢揃い。その様は壮観と言う他ない。全員が臨界者という化け物の群れ。特務二課では鬼人と称される刃しか辿り着けない領域。変人と思われているディスクは事情が少々特殊なのでここでは除外しておく。
「人類戦士と比べたら劣るんだろ」
「お前、アレと比べてやんなよ」
焔は笑った。あの自己紹介の最中、彼は一課のヒーローたちの挙動を注目していた。ハートからの指示である。そして、彼らが全員一度は緋色を注視していたことに気付いていた。注目されているのか、狙われているのか。どちらにせよ、情報は向こうに知れ渡っているらしかった。
「前線でアレと一緒に戦ったんだって? 無茶するよ、ホント」
人類戦士と繋がりがあるのならば、筒抜けでもやむなしといったところか。焔からしてみればあの途方も無い英傑を姉貴分として慕う緋色の気持ちが欠片も理解出来ないが。
(今思えば、あの場に人類戦士を残そうとしたのは緋色と接触させるためかもしれないな)
『
焔は考える。臨界者に至れない自分はギリギリ人間の範疇にある。思惑が交錯する特異点たる緋色と、何の覚悟も無いままに臨界者に至ってしまったディスクの二人はどうか。まだ垢抜けない新人二人。まだ、新人。彼らはもっと強くなる。間違いなく最前線に躍り出る。
「準備はいいか、緋色。虎の巣に突っ込むぞ」
そんな二人のために何が出来るのか。
「脅すなよ、シャイン」
緋色が笑った。脅しでは無かった。ハートもそれを見越して緋色を推挙したに違いない。謀略絡みの不意打ちを警戒するなら真正面から打って出た方がいい。どうせいつまでも付きまとう問題なのだ。
脅しでは無い。冗談で済まされない。それでも、焔は笑い話にし続ける。緋色が笑って済ませるように。化け物がせめて人間らしく戦えるように。ハートだってあの鬼人を手込めにしたのだ。出来ない道理は、無い。
「行くぞ、俺に着いてこい!」
「うっす!!」
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