人類戦士は破天荒
査察前日。こういう大イベントにハプニングは付き物である。
「一日前だが、俺様が来た」
豪快極まる女傑。ホットパンツにタンクトップという露出過多な風貌が自己主張。野球帽の庇を押し上げると、自信と確信に満ちた不敵な笑みを浮かべる。
司令が頭を抱えてうずくまった。緋色は目を輝かせて胸部に注目する。朝の訓練での疲労が吹き飛んだ。
「やり込んでるじゃないか、緋色。調子はどうだ?」
「絶好調っす、アネゴ!!」
「アネ、ゴ……? うん、まあ悪くない」
満更でもなさそうに首を振るのは、人類戦士その人。殊勝な弟分が気に入ったらしい。
「……査察は、明日じゃないか?」
「あん? んだよおっさん、俺様が来たんだから素直に喜べよ!」
ばしばしと司令の背中を叩いて人類戦士がにっかりと笑う。朝からテンションが高い。うなだれる司令の姿にはいつもの堂々とした風格は無い。
「このクソ忙しいタイミングに勘弁してくれ……」
弾んだシャドーを繰り出す緋色に人類戦士が手を合わせる。ジャブの勢いを逸らせる弾き方。緋色は体勢を崩されないように重心をこまめに整える。
「おう、いいぞ」
最後に緋色の拳を掴み、引き寄せた。寄った緋色の頭に手を伸せる。照れ臭くなって顔を逸らせた緋色は視界の端に小さな相方を見つけた。
「ねっ……人類、戦士?」
見開いた目でこちらを見てくる。瞳孔も開ききってどこか不気味だ。
「あ? あのチビは確か……」
「俺の相棒(バディ)だ!」
自信満々に言い放つ緋色に対して人類戦士の表情が曇る。彼女はバディ制度には反対の立場だった。ヒーローたる者、強く在らねばならない。正義は強くなければ成り立たない。
「…………?」
対するディスクも、むっとした表情を向ける。人類戦士は思案に首を傾けた。
「お前、どこかで会ったか?」
返事は無い。代わりに、騒がしく不安を煽るサイレンが鳴り響いた。
◇
ハプニングは重なるものである。作戦本部室に一同が集う。
「三鷹エリア、デビル反応。その数、約二百。ネームドは感知せず」
オペレーター左が淡々と述べる。デビル侵攻にしてはそこそこの規模。それでも対応を誤れば死人が出る。二課のヒーローたちに緊張が走る。
「起動ヘリ『イーグル』にハートペア、『ウィッチ』に焔ペアを準備。東西で挟み撃ちにしろ」
「機体はとっくに準備済み~」
動く。オペレーターたちは既に投下ポイントの割り出しにかかっている。不調の隼には待機が命じられる。どちらにせよ二課ではツーマンセルが基本だ。
「緋色、お前はディスクとともにハートに付け。サポートに徹して前に出過ぎるな」
「了解」
緋色は司令の意図を汲む。これは訓練ではなく実戦。頑丈な緋色ならばともかく、守りを抜かれればディスクは最悪の結末を迎えうる。
「ん、人類戦士はどこに行った?」
ふと気付いて辺りを見回す。あれだけ目立つ女傑がどこにもいない。
「まさか……」
◇
「高機動ヘリの乗り心地はどうだい?」
「すごい。この速度に、この安定感。火器管制も付いてるし、これぞ技術の粋」
目を輝かせるディスク。迷彩服を着たパイロットが後ろ手にサムズアップした。ハートは平常と一切ブレない様子で新人のメンタルをコントロールしていく。数字が友達の天才少女は、その実乗せられやすい単純な性格をしていた。
一方、緋色は無言で窓の外を眺めていた。思い出すのはタクラマカン砂漠での激闘。知らず拳に力が入る。
「撫子、今回の戦いはどんな感じなんだ?」
『天羽々斬』を片手に瞑想していた刃が片目を開ける。仏頂面のまま口も開いた。
「タクラマカン砂漠の時ほどではないよ。あれは私も死を覚悟するレベル。ネームドが複数に四天王とか正気じゃない」
そこまで言われると改めて人類戦士の凄まじさが際立つ。最前線。その言葉の意味を噛み締めながら。
「普通のデビルがうじゃうじゃいる感じ。この前みたいなタイマン重視な戦い方だと足下掬われるから気を付けて」
ネームドではない普通のデビル。その多くはデビル・エッグと呼ばれる最重要攻略対象から生み出されたもの。それらも例外なく物理耐性を所持しており、撃滅はヒーローの使命である。
「なら、頭数はより重要だろ。特務一課のヒーローは来るのか?」
「ううん、彼らは来ない。臨界者は攻撃が大味過ぎて連携に向かない」
刃は自虐的に言った。ディスクは例外的の例外らしい。
「それに、人類戦士はともかく、管轄が違うよ」
それはどういうことか、と緋色が問う前に小さな金属音が牽制する。刃が親指で『天羽々斬』の柄頭を跳ね上げたのだ。その音に込められた殺気に緋色が固まった。
「投下準備。緋色とディスクは僕に付け」
投下ポイントまで到達したらしい。ハートもディスクも既に臨戦態勢だ。ヘリのハッチが開く。
「殲滅しろ、刃」
了解、という言葉と共に抜刀しながら彼女が飛び降りた。二人を抱えながらハートも後に続く。目下には日本国防軍に足止めされているデビルの群集。
(何であんな固まってんだ……?)
答えを考える暇は与えられなかった。落下による浮遊感、そこから慣性の圧力に当てられてハートの身体にしがみつく。彼の袖から伸びたワイヤーがどこかに巻き付いたようだった。
(これじゃあ本当に忍者だな……)
次から次へとワイヤーによる移動で器用に落下の衝撃を殺した三人が敵勢力の端っこに着地する。ハートが合図すると、国防軍が威嚇射撃を続けながら後退していく。
「緋色、ギアの使用は極力控えて援護に回れ。ディスクはネブラを展開」
『ヒーローギア』の発動と発揮には体力と精神力が持っていかれる。多数を相手取るにはまだまだ不安が残る。ハートの指示は適切だった。
「ショート、周りは任せろ」
「うん」
展開する十全。攻めに七、守りに三、そこに緋色が加わったフォーメーション。遥か先、敵陣ど真ん中では鬼人の刃が暴れまわっている。
銃声。ハートの右手からだ。鞭のようなワイヤーがしなりを上げ、左手の小太刀が近づいたデビルを斬りとばす。
物理耐性を持つデビルは倒し切れない。だが、飛ばされた先でネブラに切り裂かれ、誘導された先でまとめてネブラの閃光に消し飛ばされる。
「このフォーメーションを崩すな」
そこまでしてハートはまだ遊びを有していた。シビアな手を取らず、何体かのデビルを通り抜けさせる。緋色の拳がそれを討つ。龍拳の苛烈さはデビルの物理耐性を突破しうる。
「逆龍暴示」
デビルの肉体を破壊していく緋色。一口にデビルと言っても、その姿は多様。人型、獣型、蟲型、不定形型、飛んでいるものから遠距離攻撃を仕掛けてくるものまで。油断大敵。どこから攻撃が来るのか気が抜けない。
「相変わらず、チンタラやってんなぁ!?」
着地、というより着陸の衝撃で戦場が揺れた。どこまでも通るその声は、ヒーローの代表者たる人類戦士。
ヘリを追って走ってきた。手近なビルから敵地ど真ん中に大ジャンプした彼女は刃と背中合わせに立つ。その圧倒的な存在感に鬼人すら霞んだ。
「合わせます、人類戦士」
「背中は任せた、刃」
緋色は遠目に人類戦士の拳を見ていた。条件は同じ。『ヒーローハート』を纏わない生身の拳がうねりを上げた。
拳が、蹴りが、肘が、膝が、頭突きが凪がれるように繰り出される。物理耐性をねじ伏せ、敵の肉体を破壊していく。
圧倒。というより殲滅はあっという間だった。反対側から面で制圧した焔とギャングも唖然としている。オペレーターからはデビル反応の完全消滅が告げられた。当の人類戦士は明後日の方角を向いて目を細めている。
「状況終了。各自撤退を」
その視線をハートの黒姿が遮った。睨み合う両者が捻れた威圧を撒き散らす。
「独断専行は控えて頂きたい」
「独断専行って言葉は俺様の代名詞何だけどなぁ」
先に視線を切ったのは人類戦士だった。切り替えの速い彼女は、かわいい弟分に今の偉業を自慢している。
見かねたディスクが緋色の袖を引いて注意を向けた。ヘリのローター音が皆の耳を叩いた。
◇
「…………ちょっと冷や冷やだったわねん」
紫電を纏わせて女は薄ら笑いを浮かべた。電磁波による索敵機器からのステルス化。だが、人類戦士はその闘争本能から敵の目を察知していた。二キロ離れた地点からばっちり目が合ってしまったのだ。
「坊やの話も、笑って聞き流せないか」
一対の黒翼を宙に震わせて、女デビルが撤退を図る。追われれば、本気で抵抗しなければならない。ヒーローの何人かは潰せる算段はあったが、自分が生き残ることへの保証は無かった。
(全員、ほぼ無傷なんてね)
実は、自らが遣わしたデビルの群集には、三体ほど人体には猛毒を発するものを混ぜていた。
一体目は人類戦士に見切られた。あの女剣士の方に弾き飛ばして両断させたのだ。二体目は黒スーツの男。ワイヤーで誘導させた先で熱線に消し飛んだ。三体目は見逃した。注目していたはずなのに気付いたら始末されていた。余りにも自然、余りにも鮮やかに潰されていた。
敵勢力の思わぬ底力に舌なめずりをする。流石に十年以上も戦争し続けた相手だ。一筋縄ではいかなさそうだ。
(それにしても……何だったのかしらねん、あれ)
彼女は、考えもしなかっただろう。まさか目立たない立ち振る舞いをしていた新人の少年が、そのデビルを直接拳で討滅したとは。猛毒を見切り、それを相方に近付かせないで対処した実力。そのヒーローこそが彼女と浅からぬ縁を持つ彼の言っていた対象だと。そして、やがて敵として相対する相手となるだろうことは。
深淵の瞳が戦場を捉えていた。デビルと人類との戦争。そこに参戦する算段を組み立てる。
「次はこの私自らが。覚悟してねん、人類ども」
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