急な査察はお役所仕事の天敵
「司令、緊急入電です」
「これは、まさか…………っ!?」
特務二課司令の顔に冷や汗が浮かぶ。サングラス越しにも大きく見開いた目からは動揺がありありと伺える。百戦錬磨の偉丈夫が狼狽えるほどの緊急事態。
「どう致しましょうかね、司令」
一方、側に控えるハートは涼しい顔だ。オペレーターの左が読み上げる入電内容をいつもの柔和な笑みを浮かべながら聞き流している。
「ハート、緊急ミーティングだ。特務二課の全ヒーローを集結させろ!!」
「御意」
◇
「ヒーロー諸君、揃ったな」
ミーティングルームにダークスーツをだらしなく着崩したオールバックの大男が立つ。その着こなしから経験の長い者は非常事態ではないことを察した。虚ろな目をした隼や呆れた顔のギャングはその時点で帰ろうとしたが、ハートに止められた。
「今朝、特務一課から入電があった」
深刻な声色で司令が告げる。そのただならぬ様子に緋色とディスクは思わず前のめりになった。緋色が小声でディスクに耳打ちする。
「特務一課って何だ?」
「特別任務遂行一課。日本政府のもう一つのヒーロー機関」
「そんなのあったのか!?」
「二課があるんだから一課もあるでしょ」
「お、おう……」
緋色がしおらしく肩を落とす。そんな二人に構わず司令は話を続ける。
「来る三日後――――査察が入った」
その端緒は先日の作戦コード『フォーマット』。二課のヒーローは半減し、候補生たちは全滅。その現状を把握するための査察だ。
「そいつはまた随分と急ですね。お察ししますよ、司令」
他人事のように焔が軽口を弾ませる。ヒーローにとっては本当に他人事だった。組織を率いる司令と、普段あまり見ないスタッフが神経をすり減らすイベントなのだ。
「司令、組織図としては一課と二課は立場が対等です。そんなに気を揉む必要はないのでは?」
ディスクが自分の知識に基づいた疑問を口にする。全く話についていけない緋色を除くヒーローが皆、遠い目をした。
「その通りだ、ディスク。そのはず、何だがなぁ……」
サングラスを外し、瞼を揉みながら天井を仰ぐ。
「奴らはアレを抱えている――――ヒーローコード、アカツキ。人類戦士に留まらず、他のヒーローも全員臨界者だ」
即ち、所属ヒーローの圧倒的戦力差。その戦力差でもって、特務一課は二課の上部組織にのし上がって来ているのが現状だ。
所属ヒーローは全員臨界者、即ち適合率を常に九十パーセント以上を維持し続ける超人たち。二課には臨界者は刃とディスクだけ。戦力差は歴然だった。
「それって……」
「良くも悪くも実力主義だ。飲み込んでくれ」
手で遮ると司令が先に進める。
「この召集には他でもない。ヒーロー諸君が査察対象として指定されているからだ」
さっきまで他人事だった焔が露骨に嫌そうな顔をしている。要するに特務一課をもてなせということだ。焔はこうした接待が大の苦手だった、ということではない。彼の相棒のやらかしのフォローが大変なだけだ。
「査察には一課司令高見元帥、人類戦士以下ヒーロー一同の六名がいらっしゃる。盛り沢山だな」
そう言って貴重な女性陣二人に目をやる。
「……了解。もてなしは女の役目、ですね。ディスクちゃん、頑張ろうね」
「うん」
ここでハートが挙手。
「司令、この二人で何事も粗相が無くというのは……」
「「ハートっ!?」」
「うむ、忌憚ない意見だ」
「っ!?」
男性陣、爆笑である。隼ですら笑いを噛み殺していた。確かに子どもっぽい刃とどこか抜けているディスクとでは、上役の接待をこなせるか不安しかない。
「そうでなくとも、高見元帥は女性です。若い男がもてなした方が印象が良いのでは?」
ハートは柔和な笑みを浮かべて緋色に視線を送る。ギャングは論外として、絶不調の隼も候補から外れるだろう。嫌そうな顔をする焔はもう逃げられない。
「アレがそういう玉か……? まぁ、確かに緋色を紹介する場に仕立て上げる意見も分かる。どうせ人類戦士から報告は受けているだろうがな」
「おや、緋色の存在を明かしていたのですか?」
司令が唸った。場の成り行きを見計らう緋色に、ディスクは詰まらなそうに口先を歪める。あんまりな扱いをされた刃も同じ表情だった。
「焔と緋色はお茶の入れ方など確認しといて下さいね。元帥はブラックのコーヒーがお好きです」
「さり気なく自分を省くな」
焔は目敏い。
「いや、ハートは俺と案内役だ」
「……それ、一人で十分ですよね」
「決定事項だ」
頼む、と小声で聞こえた気がする。ハートは肩をすくめて了解のポーズを取った。
「以上、前日に最終ミーティングを行う。各自、決戦の日まで気を抜かぬように」
◇
「ありがちだなー」
居室エリアの廊下。床のワックス掛けを行いながら焔が言った。端から端へとワックスを撒いて、乾くまで袋小路に追い詰められている緋色はバツの悪そうに頷いた。下の階ではディスクが同じ目に遭っていることはここでは言及しない。
「カップ、スプーン、お盆、お手拭きのセットは前日までに用意しとこう。入れ方はその時に実演するよ。入室の声かけとかは俺に続けばいい。言葉遣いだけ気を付けてくれ」
食事はどうするかなー、と焔は思い悩む。何だかんだでやることはやる。頼りになる先輩だった。
「俺みたいな若輩者が出てっていいのか?」
「だから、じゃないか? 挨拶も兼ねるんだって言っただろう。ディスクを出さないのは気になるが……」
そこは組織間の軋轢があるのかもしれない。ネームバリューのある『ヒーローギア』の担い手を矢面に出して、切り札足り得る臨界者を温存する気なのかもしれない。
「ま、これも役所仕事だ。頑張りな」
飄々と笑う焔はどこか頼りになる兄貴分といった風だ。緋色は口元を緩ませる。
「お前さんはアレだな。あんまり弱みを出そうとしないよな。ストレスを抱え込むといざという時パフォーマンスが鈍るぞ」
廊下の隅で緋色が苦笑いをする。物理的な意味で追い詰められている今、弱みも何も無い。だが。
「ヒーローが弱くちゃマズいだろう」
「俺たちはヒーローである以前に人間だ」
「何かショートにも似たように言われたけど……よく分からないんだよ。ずっとこうだったし、これからだって……」
じゃあこれは宿題だな、と焔は前に進む。ワックスを撒いたエリアに突き進む焔に緋色は慌てて止めようとして。
「もう乾いたさ」
全部ではない。塗り方にムラがあったか、乾き方に差があった。焔は光の反射加減でそれを判断して器用に飛び地を渡ってくる。
「乾いてなくてもワックスくらいまた掛ければいい。だから何時までもそんな窮屈なとこにいるな」
差し出して来る手を緋色は取った。
「サンキューな、シャイン」
「ははは、格好良い渾名を貰ったな。いいね、俺好みだ。俺の相方とはエラい違いだけど」
緑のブルゾン、ギャング。口は悪いが根は真面目。それが極端に極まった男を、「緑だから」という理由で緋色はバジルと名付けていた。
「今は厳戒態勢で動けないが、そのうち外にでも遊びに行こうぜ」
「外……?」
「ああ、外出許可貰ってな。ずっと地下にいたんだろ。遊び方を教えてやるよ」
緋色の十年間。それはデビル軍を打倒するための研鑽の積み重ね。今でもそうだし、これからもきっとそうなのだ。
「遊んでる場合じゃ……」
「それもいいさ」
掃除道具を肩に背負い、焔は妙に格好付ける素振りを見せる。
「自由な奴が一番強い。だがら、自分で決めろ」
どう生きるか。何を考えるか。どのように行動するか。
そして――――何のために、戦うか。
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