ディスクの夜の修練道

「ガンガン来いやぁ!?」


 怒声を浴びせるギャングのコスタリカが激しく動き回る。その中心で荒れ狂う焔の炎槍を緋色は必死に捌き続ける。緋色をネブラの一とし、演算回路に組み込んだ二人の連携は、しかし自在に動き回る『宝球コスタリカ』に阻まれていた。


「ギアソーサー!!」


 歯車の回転が炎を弾き、道を作る。だが、焔の繰る槍撃が緋色を阻む。デビル・ドラグが担っていた多節棍型ランスと違って正統派の動きだ。


「ギアの使い方も様になったじゃないか!」


 彼を爆心地にして爆炎が撒き散らされる。ギアを盾に下がる緋色をネブラの十全が援護する。その爆撃から飛び出してきたのは石球。焼石が弾け飛ぶ。


「ソニックボンバーだゴラァ!」


 爆破×超振動=超々広範囲高威力爆撃。ディスクを庇って攻撃を受けきった緋色は床に突っ伏した。「医務室は嫌だ医務室は嫌だ」とうわ言のように呟きながら辛うじて立ち上がる。


「今日はここまで」


 その訓練光景を監督していたハートが手を叩く。隼・コックとの連携訓練は焔・ギャングの相棒バディに引き継がれた。この二人も戦歴が長いだけあってか一糸乱れぬコンビネーションを誇っていた。ボロボロの緋色が倒れるディスクに手を伸ばす。どこか遠慮がちに掴むその手は力強く引っ張り上げられた。

 登録名、デビル・ダウト。傀儡の生体細菌兵器を操るその悪魔は、なるべく相棒バディをセットで毒牙にかけようとしていたらしい。恐らく結びつきの強さを警戒しての手だろうが、事実それが攻撃発覚の端緒になっていたらしい。ハートはそれ以上のことを語らなかったが。


「……ごめん、緋色」

「いや、連携は取れてきた。まだまだ先に行ける」


 タクラマカン砂漠での激闘から一週間。緋色はすっかり完治し、日々過酷な訓練に臨んでいる。その脅威のバイタルを「鍛えてるから」の一言で片付ける緋色に、ディスクは頭を抱えていた。身体に無理をさせているのは間違いない。何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。


「おう、調子整えてまたかかってこいや」


 ギャングがしたり顔で笑う。彼は一対一タイマンならば緋色やディスクに及ばないかもしれない。しかし、その戦い方は緋色のような試合めいたものやディスクのような理論値とは違っていた。デビルとの殺し合いを想定している戦い。ヒーローとして求められる強さ。本物の実戦で彼と相対したとき、二人であっても勝てるとは言い切れない。


「焔、あとで組手。緋色たちも見てく?」


 素っ気なく刃が言った。彼女は未だ空元気といった風だったが、恐るべきことにその剣先は全くブレていなかった。どんな状況でも万全を吐き出す戦う剣士。その在り方に緋色は正直圧倒されていた。鬼人の如く研ぎ澄まされる彼女の剣を受けるのは並大抵のことではない。焔が冷や汗塗れで乾いた笑みを浮かべていた。


「ハート、たまには受けてやれよ」

「うーん、頑張れ」


 このやり取りももう三日と続いている。緋色とギャングは二課のトップヒーローの技を少しでも盗むために観戦モードに移行。だが、今日のディスクは様子が違っていた。


「私は部屋に戻る」

「ショート……?」


 緋色が視線を送る。彼がディスクを気に掛けてくれていることは彼女も気付いていた。


「強くなる。今まででは駄目。そのためにどうするべきか考えたい」

「そうか」


 緋色は考え込んでいるディスクの表情を見て何か納得したようだった。小さく笑って送り出す。







 その夜。暗闇に潜む小さな影が暗躍する。個人用トレーニングルーム、そこには筋トレ用のグッズだけではなく大小様々な暗器が転がっている。その隅の簡易ベッドに横たわっているのはこの一室の主、ハートだった。彼は度々訓練の後そのまま睡眠を取っていた。侵入者が両の手を広げ、攻撃の意図を示す。


「年頃の女の子が夜這いなんて感心しないね」


 その十の指を真っ正面から絡むように捕まれた。少し力を入れれば全部へし折れそうな体勢。鳩尾に突きつけられた右足からの蹴りは容易く内蔵を潰すだろう。ハートが首を振るとそれに合わせて灯りがついた。侵入者は眩しさに目を細めるが、ハートにその素振りは一切無い。


「流石」


 メカメカしいリュックサックを背負う少女はそう言った。両の手を広げる十全の構えは完封されていた。不意打ちからの返り討ち。解放されたディスクはそれでも満足げに口を歪めていた。


「何のつもりだい? 電子ロックが掛かっていたはずだけど?」

「ハート、私に戦い方を教えて」


 電子ロックをどうしたかは話さなかった。それで誤魔化せる彼では無かったが、分かりきっていたことなのでさらりと流す。


「ウォーパーツの扱いに関しては君はもう一流だよ。それでも上を目指すならば刃を頼るといい」

「違う。ネブラの力だけじゃない。私が戦えるようにならないと、緋色に並べない」

「緋色に学ぶといい。彼の体術もまた筋金入りだ」

「ハートじゃなきゃ、ダメなの」


 緋色ではなくハートでなければならない理由。過程をすっ飛ばされていたが、彼にはその理由が検討がついた。緋色の技術は磨穿鉄硯ませんてっけんの末に肉体の無意識に身に付いたものだ。一朝一夕に身に付くものではない。体感的な動きが重視され、ディスクの分析でも再現は到底及ばない。

 しかし、ハートの体術は徹底的に効率化された殺人拳の真髄だった。進んで手の内を晒すようなことは避けてきたが、天才少女の超分析はその一端を掴んでいた。それは達人の域とはいえ単に技術の寄せ集め。理論が分析出来れば再現は可能。決して容易いことでは無いが、それでも彼女の超分析ならば食らい付ける部分はあるはずだ。


「……僕には弟子を取る趣味は無いんだけどね」


 それでも、と考えてしまう自分がいる。現状いまいち活かしきれていないこの分析力が果てしてどう化けるか見てみたくもある。


「お願い。緋色のおまけで終わる気は無いの。ちゃんと隣に立ちたい」

「とは言っても、所詮ただの技術の寄せ集めだよ。調べればあちこちからデータは集まると思うけど」

「生体からの情報の方が都合が良い。筋肉の動きとか重心移動とかも確認したい。出来れば裸になって欲しい」


 真顔でとんでもないことを言う。最後のは固辞するが、実際に身体を動かしながらというのはハートも賛成だった。そもそもの話、彼女にまず必要なのは筋力や体力だった。


「それは動きながら身に付けていけばいい、か」


 新人研修の時のディスクの立ち振舞い。そこにハートは思うところがあった。彼女は謂わば、一つのハードディスク。ソフトを取り込めば取り込むほどに彼女は力を上げていく。あとはより上質なソフトを与えられるか、そして彼女自身が正しく読み込めるか。


「正直、君に手の内を晒したくは無い。だが、同時に君に賭けてみたくもある」


 ディスクが小さくガッツポーズを取る。喜ぶのはまだ相当早いのだが、こういうところは子供っぽい。何かを思い出したのかハートが静かに微笑む。


「そうだね。早速やってみるか。攻撃を避けてごらん」


 そう言ってハートは軽く拳を握る。ディスクは咄嗟にネブラを展開しようとするが、はっと思い直して手をグーにする。


「拳の握り方は緋色に聞け。ネブラは背負ったままでいい。その状態の重心移動を身に付けろ」


 右のジャブ。だが、その拳は著しく遅かった。十分の一のスローモーション。それでも体幹が一切ブレない姿は壮観だったが、あっさりとディスクは回避する。ゆっくりと引き戻される拳にディスクは反撃を迷ったが、回避に専念するために一歩下がった。が。


「あれ……?」

「速度は変えていないよ。これが間合いを保つ足捌きだ」


 付かず離れず。一歩分がいつのまにか詰められている。歩幅の違いも勘定に入れて全く同じ距離だった。もう一度右のジャブが迫る。この距離はハートの腕が届き、ディスクの腕が届かない距離。余裕の動きでジャブを回避し、距離を詰めるために前に出る。ハートのジャブがゆっくりと手刀に姿を変え。抱き込むように彼女の首後ろを叩く。


「一本だ。次」


 ディスクの額に汗が浮かぶ。同じ右のジャブ。今度は左に回り込もうとし、その先にあった左の蹴りがこめかみに添えられる。


「二本。今のは悪手だね」


 右のスロージャブ。ディスクは大人しく下がった。引き戻される拳に進むハート。もう一度放たれるジャブに今度は右に回り込む手刀が首筋に添えられた。


「三本。見て動いて分析しろ」


 右のスロージャブ。緋色の見様見真似で入り身して懐に入り込む。待ち構えていたかのような左の掌底が腹部に添えられる。四本。また右のスロージャブ。今度は引き戻しに合わせて前に進む。ハートが器用に後ろに下がるが、十分の一の速度で動いている彼よりもディスクの方が断然速い。だが、牽制のジャブに動きを取られ、太ももにローキックが添えられた。五本。

 右のスロージャブ。考えすぎてまともに食らう。六本。右、回避、手刀、七本。左のスロージャブ。不意を付かれてすっ転ぶ。八本。右ハイキック。潜り込んだ脳天に踵落とし。九本。いきなり間合いを詰められる。この掌底は緋色の構え。回避先にタックルを食らって転がされた。


「今日はこれくらいにするか」


 十分の一のスピードで動く相手に簡単に手玉に取られてしまった。肩で息をしながらディスクは立ち上がる。


「すごい。重心が全くブレないから攻撃に歪みがない。動きが読まれたのは……こちらの予備動作?」


 ハートの攻撃はまるで精密機械のようだった。速くても遅くても変わらない。最適動作を寸分の狂いも無くこなしていく。


「ご名答。何か行動を起こそうとすると、そのための準備動作が起こる。そうしたヒントは極力減らした方がいい」


 涼しい顔で話すハートに、ディスクはどこか底知れなさを感じた。彼がこの上さらにウォーパーツを使用したらどこまで強くなるのか。


「ありがとう、ハート。また、お願いしたいんだけど」

「乗り掛かった船。毎晩来るといい。朝は緋色の訓練を観察して動きを分析しろ。それから体力錬成にも励むように。メニューはメールで送る」

「……ありがとう」


 はにかむようにディスクが笑う。メールアドレスの交換を行い、口元がにやけた。


「今日はもう遅い。早く寝て、早く起きるんだ」

「うん、おやすみなさい」


 おやすみ、とだけ返してハートは灯りを消した。完全な暗闇の中、迷い無い足取りで簡易ベッドまで辿り着く。


「何か、昔の刃を思い出すなぁ……」


 暗がりの中、スマートフォンの明かりが部屋を照らす。言うまでもなく、ディスクの体力錬成のメニューの作成だった。

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