第2話 修練! 人類戦士は強さを語る

戦い経ても日常は続く

 地下訓練場。惨劇の現場にディスクは再び足を踏み入れていた。何をしに来たかと問われれば、見学と彼女は答えるだろう。ここは緋色愛用の訓練設備でもある。軟禁生活から解放された後も彼はここでの日課を継続していた。監督するのは彼の師匠である特務二課の司令その人。


「緋色はいつもこんな?」

「ああ、あいつは十年毎日鍛錬を欠かしたことは無い」


 昨朝は絶対安静の緋色が病室を抜け出して大騒ぎだった。まだ癒えない身体を引き摺って地下訓練場で励んでいたのを(メニュー完遂後に)司令が引っ張ってきてようやく騒ぎは収束した。日課だからと彼は言っていたが、その追い詰められたような目がディスクには忘れられない。作戦コード『フォーマット』から二日、彼はもう回復していた。

 シミュレーションメニューが始動する。緋色は映し出される立体映像の的に的確に攻撃を加えていく。何年も積み重ねてきた流動ある動き。その型はディスクの累積データに一致する分析だ。四拍子、三拍子、二拍子、点拍子。緋色の技術の粋がこの鍛錬に凝縮されていた。


「重ねてきて、確かな自信のある奴は強い。だが、強いだけでは戦っていけない。君が彼を支えてくれることを願っている」


 流れるような連撃、散らす汗の煌めきをディスクはじっと観察していた。洗練された美しい動き。合理性極まる動きの数々を、ディスクは何故か美しさと結びつけていた。人の感動の機微に通じていないわけではないが、彼女は芸術を解さない側の人間だった。それが、何故。天才少女はその理由を分析し続ける。


(これが、緋色が積み重ねてきたものだからか)


 いつもの冗長な分析では無く、端的に結論付ける。緋色の積み重ねてきた過程にこそ価値を感じた。それを美しいと思った。ディスクは一人で頷く。


「私も、強くなる。緋色の隣に立てるように」


 司令の大きな手がディスクの頭をがしがし撫でた。彼女のポニーテールを器用に避けて、ディスクも抵抗しない。くすぐったそうに頭を揺らして目を細める。


「お前も二課のヒーロー、俺たちの仲間だ。よろしく頼むぞ」







 作戦コード『フォーマット』から二日。特務二課のヒーローは半減していた。候補生たちも全滅していて補充は出来ない。成果だけ見れば成り代わったデビルを殲滅出来たかもしれない。しかし、その直前まで仲間だった相手を失って平然としていられるのはハートだけだった。彼だけは粛々と処理をこなしていた。


「ヒーローコード、カードの死亡。彼の体内で寄生繁殖していた未知のウイルスがヒーローを傀儡に変えていた。司令からはそう発表されていたけれど」

「田中さんから聞いてる。忍者のやつが片付けたらしいな」


 その報告はあまりにも唐突だった。どこか空元気の刃、未だに塞ぎ込んでいる隼、焔やギャングもどこか沈んだ様子だ。

 それに追い討ちをかけるようなことをハートは淡々と言い放った。彼は一連の攻撃の根絶のために一人戦い続けていた。原因の特定と根絶、とことん任務に忠実な男だ。


「緋色は、カードと仲良かったでしょ?」


 不安げに問うディスクを緋色は見る。新入りである彼女ですら心を乱していた。それほどまでのセンセーショナル。緋色は少し考えて口を開いた。


「もうほとんどデビルだったものだ。だったら倒すしかない。俺たちヒーローの職務はデビルを殲滅することだ」


 真っ正面から言い切った。一片の曇りも無い本心だった。緋色はずっとそう教えられてきたし、そう信じてきた。


「分かってる。緋色やハートが正しいことは。でも、やっぱり……」


 割り切れない。数字で語る少女であっても、そんな当たり前の感情を捨てきれなかった。


「無理すんな。俺や忍者が受け止めればいい。誰かが折れても、誰かが踏ん張ればいい。それが人類の底力だ」


 そう言って、緋色は彼女のことを思い出す。強くて強くて強くて強い。たった一人で最前線を渡り歩く完全無欠のヒーロー。

 人類戦士、アカツキ。

 その強さを目の当たりにした彼は、自らの研鑽を思い悩む。十年間では、届かない。血を吐く努力も所詮は箱庭の中でのもの。本物の戦場を経験し、その意識は変わり初めていた。


「緋色は、強いね」

「まだまだだよ」


 自虐的に彼は言った。







 某所。


「すっかりボロボロにやられちゃったわね、坊や」


 蜥蜴顔のデビルはぐうの音も出ない。その肉体は既に砕けかかっており、歩行すらままならない。


「何か言ってみなさいよぅ! あーもーつまんない」


 籠手とすね当てだけの鎧を身に付けた女は悪戯っぽく笑う。胸と局部を布で隠しただけの露出度の高い格好が妙に様になる。


「……脅威は人類戦士だけではない。他のヒーローも着々と力を付けてきている」


 デビル・ドラグはベッドに横たわったまま首を向けた。ヒーローコード、緋色。赤髪の少年を思い出す。彼はまだ未熟ではあったが、その実力は本物だった。


「ご忠告あんがとさん。でもあたしは強いから蹴散らしちゃう」


 舌なめずりする彼女の横顔をデビル・ドラグは不快げに見た。深淵に瞬く紅の瞳がゆらりと揺らぐ。


「まさか……出撃する気か、aBBysS」

「軽々しく真名を口にしないで頂戴、あたしたちの仲だとしてもね」


 ドラグの折れた腕に軽くチョップして女が去っていく。苦悶に顔を歪ませるが、静かに風が鳴る音を耳にして居を正す。


「先生、あの女の言葉は……」

「虚言癖が目立つ彼女ですが、これに関しては真実です」


 神出鬼没の風の魔神、デビル・パズズ。彼らは奇縁極まる師弟関係にあった。


「王子が倒れました。潜り込ました同期傀儡を破壊されたフィードバックが甚大だと」

「だから私はあのやり方は気に食わないと……」


 風の魔神が手で諫める。


「敵側にも相当の切れ者がいるみたいですね。謀略塗れの絡み手はやはり人類が一枚上手だと確認出来ただけで収穫です」

「それで……あの女に出撃許可が?」

「確かに彼女の主義嗜好は我々にとっては危険です。しかし、貴方に許可が出て彼女に出さないわけにはいかないでしょう?」


 同じデビルとして平等にチャンスは与えられなければ、と言いくるめる。弟子は不満そうな顔をしていたが、先生はその頭にぽんと手を添える。


「とにかく今は休みなさい。戦うべき相手と理由を見つけたでしょう?」


 思い浮かべるのは赤髪の少年。彼とはまた戦うことになる気がする。そんな予感に駆られて静かに頷いた。


「貴方の闘争は貴方のものです。どうか壮健あれ」


 その言葉は口癖のように何度も言われてきた。胸の中に確かに感じる熱いものを抱いてデビルは目を瞑った。


 

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