相棒(バディ)

「ショート、何で」

「一緒に戦う、でしょ?」


 フラダンスを踊りながら決め顔を作るディスクに不安感しかない。だが、彼女の実力は良く知っている。互いにボロボロだが、だからこその十全だ。


「あっちも地獄でこっちも地獄。ヒーローは大変だね」

「『フォーマット』の主戦場は二課本拠地だもんな。激戦区だったろう」


 まあ、とディスクが頷く。その目の前に立ちはだかる巨体。デビル・ドラグが咆哮を上げた。


「コンビネーション、どう動く?」


 訓練では一度もうまく機能しなかった。


「私にいい考えがある。だから緋色は真っ直ぐ突き進んで。私が援護するから私を守って」

「よく分からんが、了解」


 緋色はギアを纏って駆け出した。後ろから追い掛けるのは四枚のネブラ。ドラゴンの鉤爪を四枚刃で防ぎ、緋色が懐に飛び込む。


「龍王掌波っ!!」


 ギアで強化された気功拳が腹部を打ち抜く。硬い鱗に阻まれるが、遠当てで内部に衝撃を与える。デビル・ドラグが暴れ出す。


(緋色そのものを変数として入力。ネブラの一として演算に組み込めば)


 五枚目のネブラが緋色を足下から攫って救出する。暴れるドラグニールの頭上、五枚のネブラが折り重なる。


「十全――――ネブラ・レーザー」


 怪物が膝を付いた。その顎が大きく膨らみ、あれはブレスの兆候。緋色がディスクの前に立ち、歯車の盾を展開する。それに支えられるのは十枚のネブラ。


「ネブラ・ミラー」


 業炎がドラゴンに跳ね返る。焼き尽くされ、その奥で鋭い眼光を放ち続ける。堅固な鱗が炎を阻む。巨大な翼が広がり、雄大に羽ばたいた。圧倒的な風圧に業火も、ネブラも、歯車も吹き飛ばされる。


「ショート!」


 緋色がディスクを抱き抱える。衝撃。緋色に抱かれながら、ディスクは肉体が軋む嫌な音が聞こえた。尻尾による殴打。それだけでこの威力。暴力の権化を相手に、人の身の何と儚きことか。剥き出しの岩肌を転がり、倒れる。

 少女は少年の名を呼び続けるが、苦痛を飲み込んで蹲るだけで反応に乏しい。デビル・ドラグが大地を蹴った。翼が大気を叩き、猛加速した巨体が突っ込んでくる。


「ネブラ・シールド……っ」


 十全。だが、不全。足りない。即席のコンビネーションが実戦で通じるはずもなく、ネブラごと弾き飛ばされた二人が宙を舞う。歯車が四方から少女を包んだ。


「応えろよ――ヒィィロォォギアァ!!!!」


 空中に生成した歯車を足場に緋色が駆ける。ディスクが稼いだ数秒に準備は整った。強大な顎を開くドラグ相手に緋色が行使したのは徹底した蛮勇。前に突き進む、緋色にはそれしか出来ない。


(でも、それに意味を与えてくれたのはお前でもあるんだ)


 緋色は強い、と。

 カラカラに乾いた口の中で呪文のように反芻する。強くなければならない。戦って勝たなければならない。でなければ、この十年間は。緋色の蹴りが下顎を跳ね上げる。


(強い。強くて強くて強い)


 『勇者ブレイブ』のように。人類戦士のように。

 緋色の右拳に歯車が集っていく。噛み合い、組み合い、それらが形創るのは一振りの大剣ブロードソード。噛ませ合う歯車が回り続け、幅広剣が光り輝く。懐に入られまいとデビル・ドラグが剛腕を振りかざす。直撃コース。


「行って、緋色!!」


 ネブラ・レーザー。腕の軌道が逸らされ、空回る。その衝撃波にディスクが叩き付けられた。


「ヒィィロォォソォォォドォ――――!!!!」


 正義一閃。光の剣がデビルを切り裂いた。一撃を放った緋色が膝を付く。過呼吸を起こしながら辛うじて意識を保つ。消耗が激しい。だが、ここで倒れるわけにはいかない。

 土煙の向こう側、そこに怪物の巨体は無かった。代わりに、すぐ目の前に仁王立ちする満身創痍のデビル・ドラグの姿。



「あと一歩、及ばなかったな」


「二度目の正直って奴だよ、バーカ」



 ギアパージ。

 暴力をねじ伏せる暴力の嵐。残りの体力も気力も全て持っていかれた。ついに倒れる緋色だが、相対するデビルも倒れたまま動かない。不気味なまでの静けさが戦いの終わりを告げていた。







「…………」


 拙い連携を眺めながら人類戦士は軽く舌打ちをした。気に入らない。人という字は互いに支え合うと言うが、それは違う。二本の足で確固として立たなければ。それこそが人類戦士、日本政府の威信を一身に背負う戦士。緋色が至るべき道だ。


「日本だけに二本。HAHAHA」


 口に出して笑ってみた。気が滅入る。苛立ち紛れに邪魔な岩壁をぶち抜いた。そこで一陣の風を感じて目を見開いた。


「危ね! あの野郎、俺様をペテンに掛けやがったな」







「ショート?」


 返事が無い。気を失っているようだ。ちらりと見やると派手な外傷は無さそうだが、華奢な彼女のことだ。無事は確信出来ない。

 しかし、緋色ももう動けなかった。体力気力ともに自信があったが、それもすっかり使い切ってしまった。全身が石像にでもなってしまったかのように動けない。


「誰か」


 今度こそデビル・ドラグにトドメを刺さなければ。そうでなくとも、ここは世界有数の砂漠のど真ん中だ。このままくたばってしまうのも笑い話ではない。

 さっきからノイズしか聞こえないオペレーターを当てにするしかないのか。だが、近くに人類戦士はいるはずだ。ディスクが飛び入りしてきたのならば他のヒーローも来ているかもしれない。


「誰か、ショートを――!」

「はい」


 返事はすぐ目の前から。過ぎ去る風の声。緋色の顔が凍りついた。

 人類戦士がいる。相棒バディがいる。他のヒーローもいるかもしれない。だが――――敵だっているのだ。


「四天王――っ」

「あの『ヒーローギア』の担い手にしては未熟」


 有無を言わさない圧力。その鋭い視線に緋色の呼吸が止まった。明らかにさっきと雰囲気が違う。殺気。それだけで全てを引き裂きそうな鋭い圧の群衆。その手刀が一切の猶予も無く緋色の首を刎ねるために振り下ろされる。


「ガキの喧嘩に保護者が割って入るなっての」


 その手刀を掴み取る人類戦士がにやりと笑う。『ヒーローハート』は発動済み。緋色が声を上げ、デビル・パズズの目を見た彼女の目に焦りが浮かぶ。緋色を蹴飛ばして下がらせて勇猛する真っ正面。


――――殲風


 何かが弾ける音がした。火薬のような重低音。鮮血の花火が咲き誇る。だが、人類戦士は倒れない。常人なら即死の威力を叩き込まれようとも、既にリカバリーを果たしている。闘争本能が拳に火をつけた。


「おいおい、旦那ぁ。ひっさしぶりの本気マジじゃん! ここで決着ケリつけるか!?」


 風の魔神が二歩下がる。その両の手刀が風を纏う。それだけで人類戦士は迂闊に攻め込めない。デビルはもう三歩下がった。倒れたままのデビル・ドラグを庇う形だ。


「遠慮します。お互いコブ付きの身ですからね」


 ハリケーン。

 膨大な風力が岩肌を削り、強引に砂嵐を撒き散らす。人類戦士は目を庇った。緋色も飛ばされた先で合流したディスクをその身で庇う。嵐が止んだ後には敵の姿は跡形も無かった。


「無事か、緋色」


 血濡れでボロを纏いながら人類戦士は振り返った。返事が無いのを訝しがって確認すると、二人揃って気絶していた。元々気を失っていた相棒バディを全身で守るように覆いかぶさる緋色。どう見ても重傷なのは緋色の方だが、彼は自身の信じる行動を貫いたのだろう。

 人類戦士は不機嫌そうに唾を吐いた。ふらつく足で二人を軽々と持ち上げると、既に沈みかけていた夕日に向かって静かに歩き出す。途中通信が入ったので回収を頼んだが、遥か先のポイントに帰投を命じられた。理不尽である。無心で砂漠を横断する他ない。

 人の両肩に担がれたまま寝ている二人組は呑気なものだ。それでも無心に歩き続けた人類戦士の前に一機のヘリが舞い降りた。あれは特務二課の装備品だったはずだ。人類戦士は眉をひそめた。恐らく、さっきの理不尽な帰投命令はこのヘリと出くわさないためだろう。


「持ってけ。俺様には別の命令系統があるからな」


 ヘリのパイロットに二人のヒーローを投げ渡す。敬礼にぶっきらぼうな返礼を返すと、彼女は再び歩き出す。背後で飛び立つ風切音を耳に、帰投ポイントまで駆け足を始めた。妙なところでストイックである。

 そして、ヘリの簡易ベッドに固定された二人はようやく目を覚ました。未だぼうっとする頭を揺らしながら、互いに顔を見合わせる。


「無事か、ショート」

「うん。お疲れ様だね」


 力無く笑う。緋色は初めての戦場だったし、ディスクはそれ以上に初めてな戦いだった。


「作戦内容は聞いた。そっちはどうだったか?」

「うん。たくさんいなくなった」


 ディスクが顔を背ける。緋色は深く追求しなかった。気が滅入る話だが、新人である二人にとってはまだ楽な方だろう。仲間想いの刃のことを思うといたたまれなくなる。


「でも、私たちは勝ったね」

「ああ……そうかもな」


 本物の戦場。戦争の最前線。それを経験して緋色は自分の至らなさを痛感していた。十年間の研鑽は外の世界を知らず、井の中の蛙だったことを自覚するための戦い。


「ショート、強くなろう。もっともっと」

「うん、一緒に」


 健気な目線がこそばゆい。緋色は知らず拳を握り締める。ヘリの窓から入る落ちかけの夕日が眩しい。もぞりとディスクは身体を起こそうとする。心配しているのだろうか、緋色の顔を覗き込もうと。緋色はその心配を振り解くように軽口を叩く。


「医務室って初めてだな。白衣の美人ナースとかいるのか?」

「……うん、まあ…………」


 凄いのがいる、とはとてもじゃないが言えなかった。

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