タクラマカン戦線

「あらら、やられちゃったサね。流石、身内同士で潰し合っている種族は強かだ」


 仮面を着けた道化が笑う。くつくつと暗鬱な笑みを浮かべながら諸手を上げた。


「うん。虚を突いて絡め手で攻めても効果が薄いかな」


 蒼い衣を纏った小柄な少女が腕を組む。視た者全てを凍てつかせるような絶対零度の視線。道化もそれを恐れてか、徹底して少女の前に出ないようにしていた。断じて尻ばかりを見ているわけではない。


「そうでも無いサ。こちらからは常に正攻法で仕掛けてきたからね。不意の絡め手はうまく嵌まったサ。敵勢力は幾らか削れたよ」

「全部雑魚じゃない。私が出れば五分で終わるけど?」


 そういうことではない。が、道化は黙っていた。何を言っても聞くわけは無い。何と言っても彼女は恐れ多くもデビル軍四天王を率いる氷の魔姫、人類勢力の言うところ『デビルコード・ヘルム』なのだから。


「王子の人形は全滅しちゃったんでしょ? やっぱり人類戦士を袋にしちゃうのが早いんじゃないかなかな」

「……その呼び方は止めて欲しいサ。人形は全滅でも感染者の存在はバレていない。人形はそこからまた増やしていくサ」


 道化は黒いリングに包まれる。彼の言うところのという奴だ。周囲にいる知的生命体を人形に変えていく細菌保持者。道化は自らの切り札を対デビル機関である特務二課に紛れ込ませていた。自覚無き無差別細菌兵器を。


(同期のせいで情報は得られるけど、僕本人もこんな感じになるのは頂けないサね。選ぶならもっとマトモな奴にすべきだったか)







 タッキリマカン。「生きて帰れぬ場所」と言わせしめる無限の死の世界。ここは中華地方西方、剥き出しの岩石群が散らばるタクラマカン砂漠である。


「おいでなすったね。あれが俺様の敵で、これからお前の敵でもある」


 人類戦士は不遜に言い放つ。緋色は見た。聳え立つ五体のデビルを。自らの、ヒーローが戦うべき敵を。ヒーロー、緋色は覚悟を固める。どれもデータ上で見たことのある姿だ。

 デビル・キリー。真っ正面最前を陣取る針金のように細いデビル。鋭い斬撃で人も物も何もかもを切り裂いていく災厄。

 デビル・ネガブ。その足元に広がる水銀のように粘っこい体躯のデビル。毒々しい紫の体液は触れたものを灼き溶かす。

 デビル・ガンド。歪な形の骸骨がカタカタ動く。あらゆる呪いを撒き散らし、原理不明な破壊を振り撒くデビル。過去、特務二課の多くのヒーローが葬られてきた。


「って、一番奥にいる奴ってまさか……っ!?」

「知ってたか。ま、俺様にとっては十年来の付き合いだがな」


 碧の襤褸を纏った痩躯の、まるで影のような男。デビル・パズズ、四天王の一人だ。後ろに控えるのは彼の側近、黒眼球の人型デビル・メイド。どれも人類戦士の相手に不足の無い主力級デビル。

 緋色は拳を握り締めて呼吸を整える。心筋に勁を発する練気の呼吸。同じく拳を堅めるアカツキが緋色の背中を叩いた。後押し、気合い注入。緋色が死の大地を蹴る。


「人類戦士……貴女いつのまにコブツキになったのですか?」

「うるせえ。ウチの新人だ、お手柔らかにな!」


 吹き去る風の音のように、その声は奇妙に耳に残った。真っ正面のデビル・キリーの斬撃がアカツキの足に弾かれる。狙うは一等賞、緋色は奥の四天王に目を向ける。


「良い気合いだぞ、緋色」


 足元から浸食するデビル・ネガブ、歪な音を上げて迫るデビル・ガンド。狙われる四天王を庇うよりも人類戦士殲滅を狙う。当たり前だ。彼らの将には鉄壁の守護の布陣がある。


「竜王、掌波っ!!」

「……」


 緋色渾身の掌底はデビル・メイドの指先に阻まれた。身を落とし、彼女腕を掻い潜る。空いたボディに一発入れようとした拳が蹴り上げられた。ロングスカートの裾をちょこんと持ち上げるデビル・メイド。その真っ黒の眼球からは思考は読めない。


「地竜「いーあ」


 蹴り上げた足を振り下ろす。緋色の震脚が相殺された。行動が読まれている。否、違うのだ。こちらの動きを観察するような仕草は、真っ黒な眼球がこちらの一挙手一投足を捉えて離さない。


(まさか……動いたのを見てから封殺しているのか!?)

「おう、緋色! そいつ生身の俺様よりも強いぞ!」


 人類戦士の大声が響いた。彼女も名持ちのデビル三体相手に防戦一方だった。とは言っても、自身のウォーパーツ『英雄魂ヒーローハート』を発動させずの防戦だったが。


「相変わらず舐めたことをしてくれますね、人類戦士」


 四天王、デビル・パズズが動き出す。徒歩で。

 自分の横を自然体で歩き抜かれかけて緋色は攻撃を仕掛ける。が、その悉くがデビル・メイドの足技に封殺された。動きを読むのでは無く、動き出しを確認してから封じる。恐ろしいまでの反応速度だった。新人研修では刃にも似たようなことをやられたが、あれは静止状態からの睨み合い。難易度は桁違いだ。


「ヒィィロォォハァァァト――――!!!!」


 英雄の魂が燃え盛る。全身に滾り渡った覇気が人類戦士を唯一頂点へと高めていく。碧の襤褸が翻った。三体のデビルが退く。暴風と拳が激突した。


(これが、最前線……ロクに発動出来ないギアで通用するのかっ!?)


 主あるところに従者あり。デビル・メイドが暴風の主に付き従うために動き出す。徒歩で。緋色の瞬歩が先回った。行かせるわけにはいかない。ここで止める。


「掌波連弾!」


 発勁の拳。裏拳で弾かれた。その勢いを利用して回るように放つ裏拳が小指で弾かれた。上向きのエネルギーをそのまま蹴り上げる。その蹴りを追い越した従者の足が緋色の蹴りを踏み下ろした。真っ黒な眼球がじーと見つめる。


「緋色、ギアはどうしたっ!!」

「くっ――」


 やるしかない。四天王と名持ちのデビル三体を相手にしているアカツキにさらに負担をかけるわけにはいかない。緋色の腕時計が鼓動を打った。


「ヒーローギア!!」


 その叫びに、一瞬その場の全ての戦士が動きを止めた。だが、そこに光り輝く閃光は無かった。歯車は回らない。緋色の顔に焦りが浮かんだ。


(不発……? まさか、こんな一大事にっ!?)


 『ヒーローギア』は不発。それでも時間は稼げた。正味二秒程。それだけあれば、人類戦士の渾身の蹴りがデビル・メイドを襲い、両腕で防御されながらも緋色の首根っこを掴んで離脱するには十分だ。


「ヒーローは、甘えちゃダメだぜ」


 そう言って人類戦士は緋色をデビルどものど真ん中に放り込む。真っ先に反応したデビル・キリーの斬撃を紙一重で躱し、四天王パズズに肉薄する。十年は嘘を付かない。咄嗟の行動でも身体は付いてきてくれた。


「何を、」


 デビル・パズズはその右腕に風を纏う。緋色はその右腕を弾き、膝を制する。男の表情が変わった。


「まさか」

「二点掌握――二拍子」


 連撃。コンボ。デビル・メイド相手には全く通用しなかったが、それは相性の問題だった。あの従者の鉄壁ぶりは人類戦士も匙をぶん投げ続けるレベル。如何に四天王と言えどもそこまでの防御性能は無い。二発、三発と決める緋色の真ん前に真っ黒な眼球が躍り出る。主に向かう拳を、片手を振り上げて弾き飛ばす。緋色の体勢が完全に崩れた。


(ダメ、なのか……?)

「上出来だ」


 針金武者を蹴り飛ばして骸骨を巻き込み、震脚で紫の水銀を牽制する。『ヒーローハート』による圧倒的な身体能力。緋色の攻撃から主を守るために片手を真上に上げてしまった従者を。その千載一遇の隙を見逃す人類戦士ではない。


「トリガーセットだ」

(これって!?)


 緋色の構えと同じ。無意識無限。練り込まれて洗練された連撃がデビル・メイドの防御を打ち砕く。誰一人止められない怒涛の連続攻撃。トドメの掌底を放ちながら彼女は言うのだ。


「無拍子」


 堅牢鉄壁が派手に吹き飛んだ。守りは抜いたぜ、とアカツキは不敵に笑う。

 デビル・キリーの突きを脇腹に掠らせて緋色は転がった。その先に骸骨の左手が待ち受ける。他の三体のデビルも全員ネームド。明らかに緋色より格上で油断ならない。


「怨恨呪「人類戦士に攻撃の隙を与えるな!!」


 風が叫ぶ、荒れ狂う。人類戦士が拳を放った。


「イ ン パ ク ト キャ ノ ン」


 荒れ狂う衝撃が全てを吹き飛ばす。それを外から暴風が飲み尽くし、圧し潰した。


「ひゅ~、流石に一筋縄っちゃ行かねえか」


 戦場の絶対者。揺ぎ無い強さを携えて人類戦士は拳を握る。攻撃の隙を二度も与えてはくれまい。三体のデビルが殺到する。緋色は迎撃に走った。今はまだノーマークだが、注意が緋色に移れば人類戦士の攻撃のチャンスは増えるはず。そう考えた緋色の懐に潜り込んでいたのは碧の風。四天王デビル・パズズが暴風を放つ。


「無粋な邪魔者にはご退場願います」


 まるでロケットの様に。緋色の身体がいとも簡単に飛ばされた。猛烈なGに意識が飛びかけながらも、風景の激変に現実に引き戻される。高度1000メートル、落ちれば即死のフリーフォールだ。


「これが四天王ってか、滅茶苦茶だな」


 戦場からも大分飛ばされてしまった。通常、この状況に陥ればもう助からないだろう。だが、緋色はヒーローだ。その手には、超常のウォーパーツがある。緋色は『ヒーローギア』を構える。さっきは不発に終わった運命を。



――――緋色は、強い



 思い出す、その言葉を。信じるのだ、その分析を。熱く、硬く、そして強い。そんな自分を思い描く。そんなヒーローを思い描く。研鑽と鍛錬をその身に刻み込んだ。嘘は何一つ無い。本物の想いを握り締めながら、今度こそ緋色は叫んだ。


「ヒィィロォォギアァァア――――!!!!」


 歯車が回りだした。新たな英雄譚が紡がれる。







「緋色のところに連れて行って」


 そう名乗り出たディスクにハートは怪訝な表情を浮かべた。緋色は現在別行動中、時間的にはそろそろ大陸に渡っているはずだ。追いつきようもなく、追いついたところでどうしようもない。彼がどこかでデビルと戦っているだろうことしかハートも知らないのだ。


「流石に説明不足だぜ、ハート。こりゃ一体全体どういうことだ」


 ディスクの声を後押しするように焔が言った。その隣で沈んだ表情のギャングが惨状を見渡す。真っ青な顔で震える隼と、仲間の形をしていた残骸の中で立ち尽くす刃。普段飄々としているカードですらその表情は暗い。生き残ったのはこの七人。半減、あまりにも大きな犠牲だった。


「ヒーローに成りすましていたデビルが増殖していた。候補生たちも全滅だよ。そんな特務二課を自浄することこそが作戦コード『フォーマット』の真の狙いだ」


 淡々と語るハートに焔は憤りの表情を浮かべる。簡単なことでは無かったはずだ。今までの戦いからは完全に毛色の違う攻撃。今回の搦め手は完全に虚を突かれた形になった。それを後手に回ったとしても察知して対応出来たのは、ひとえにこの男の手腕があってこそだ。至らない自分に憤る。


「緋色のところに、連れて行って」


 ディスクが再度名乗り出た。ハートから聞いた話だと、作戦行動はまだ終わっていない。緋色は戦い続けている。その戦いがディスクと関係ないものであったとしても、それこそ関係ない。

 言ったのだ。決めたのだ。一緒に強くなる、二人で戦う、と。ディスクは一歩前に出る。


『オーダー、了解。ヒーロー・ディスクの要求を実行します。地下格納庫へ向かって下さい』

「左さん、何を」


 地下訓練場のロックが解かれる。行き方はディスクに直接通信が入った。弾かれたようにディスクが走り出す。ハートは焔に後を託してそれを追った。


「止めないで。私は緋色のところに行くよ」

「止めても無駄なら行くといい。だが、ちゃんと生きて帰ってこい。これは命令だ」

「うん、ありがと、う?」


 突然抱え上げられたディスクが目を白黒させる。彼女が走ったよりもハートがこうして走った方が倍も速い。人間離れした疾走に振り解かれないようにしがみ付く。


「左さん、目標クリア。次の指示……ああ、これかぁ」


 呆れたように零すハート。優しく降ろされたディスクも言葉を失った。


『設定上は問題ありません。整備結果もオールグリーン。生体による実験が今まで、何故か、却下され続けただけです』


 数千キロ離れた地域への輸送手段。特務二課のオペレーターがさも当然のように用意したのは小型のミサイルだった。もちろん、これに乗って飛ばされるのだ。ディスクは血眼になって送信されたスペックデータを読み漁る。一通り目を通すと、決意に満ちた顔を上げた。


「うん、これなら発射時のGも着地時の衝撃も生身でいける。絶妙なバランス」

「……正気か、ディスク」

「数字は嘘を言わない」

『流石、本物の天才は理解が早くて助かります。試作品につき、一機しかありませんがどちらが乗りますか?』


 一人乗りらしい。乗るヒーローはもう決まっている。ハートにはまだやることがあって二課本拠地から離れられない。現場にさえ無事辿り着ければ人類戦士がいるはずだ、生存率は比較的高い方だろう。ハートは彼女の背を押した。


「これからも君は否応が無く危険な戦地に赴くことになる。遅いか早いかの違いだ。だが、覚悟はいいか? 戦えるか?」

「うん、行くよ」


 ディスクが歩き始める。オペレーター左の音声が響いた。作戦進行に滞りは無い。


(一緒に戦おう、緋色)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る