作戦会議
「いやぁ今日もお疲れ様サね、緋色」
ミーティングルームと書かれた部屋には初めて来た。机と椅子、それとプロジェクターがあるだけの簡素な部屋。お疲れ、と緋色はカードの隣に座った。一緒に来たディスクは反対側の隣に座る。
「お、包帯取れたのか?」
「そうサね。まだ本調子では無いけど、明後日の作戦から完全復帰だよ」
「作戦?」
緋色が首を捻る。
「これから説明が入るはず。刃もそんなことを言ってた。大規模な作戦行動があるって」
反対側からディスクの声が入る。今日一日普通に訓練を行っていたが、緋色はそんな話は聞かなかった。
「おや、
カードが首を向ける先にはコックに劣らない大男がふんぞり返っていた。確かに見た感じこの二人の気が合いそうにはない。そんなことを考えていると強い視線に気付いた。緑髪のブルゾン、ギャングだ。ここ数日で何度も突っかかってきている。
「オイコラ新人ども! もうすぐ司令が来るんだから大人しく黙ってろ!!」
まあまあと宥めるのは彼の
「……おい、止めとくサね」
「野蛮」
両側の二人の制止を振り切って緋色が拳を握る。もう一度痛い目を見て分からせてやらなければ。ギャングも挑発的な表情を見せて立ち上がった。何故か焔が慌てる。
「待つッス、刃が来てるッスよ!」
いっそ悲惨な声を上げたのは隼だ。だからどうしたのか、と緋色が思う前に刀の鞘が視界に映る。だから言ったのサ、とカードが首を振った。
「私が、どうか、した? 訓練明けでも体力有り余ってるね」
緋色が固まる。異様なプレッシャー。緋色の背後に立つ刃の表情は見えない。が、怯えた表情でへたりこむギャングの姿を見て、緋色はゆっくりと、物音を立てないように着席した。
「よろしい」
「さすが刃、格好良い」
緋色はまた一つ
◇
「集合よし! 各自訓練ご苦労である! これより作戦の下達を行う!!」
暑苦しいオーラを放つのはダークグレーのスーツを今日はかっちりと着込んだサングラスの男。防衛省直下特別任務遂行二課を率いる偉丈夫、風雲児司令である。十年間ほぼ毎日顔を合わせ続けていた緋色は気楽なものだったが、全体的にピリピリとした空気が広がっていた。隣のディスクがガチガチだ。
「本作戦はウォーパーツの護送任務である! 輸送先は欧州ドイツ同盟国、道中デビルの襲撃が予想される。迎撃状況によっては混戦が予想される。各自気を引き締めるように!」
司令が合図を出すとプロジェクターが起動する。操作しているのはオペレーターの二人だ。スクリーンに映るのは透き通った水晶の球体。それを取り囲むようにギザギザのリングが三つ並んでいる。その名前は『アンティキティラの天体図』。
一緒に映った細かなデータ類を見て緋色は顔を背けた。隣のディスクはさっきまでの硬直が嘘のようにペンを走らせていた。あのデータ群に何の意味があるのか緋色には理解出来ない。あとで聞いてみよう。
「護送経路及び持ち場の指示は追って通達する。諸君らの知ってのとおり『アンティキティラの天体図』の運用が可能になればデビル軍の本拠地を叩ける希望が生まれる。極めて重要な任務である。全力で臨め!!」
特務二課のヒーローたちの目が切り替わる。緋色はそんなウォーパーツ何て知らないとは言い出せなかった。あとでディスクに全部聞こう。
「以上、ミーティングを終わる。解散っ!!」
言うだけ言って司令はミーティングルームを後にする。その後ろをハートが音もなく追った。意外にあっさりと終わってしまった、というのが緋色の感想だった。会議と聞くとやたら長くて面倒なイメージだったが、無駄を省くとここまでスマートなのか。
「清掃及び施錠は私と隼が担当。事後の行動はギャングに従うこと」
テキパキと指示を出す刃に緋色は訝しむ。何故、あの緑髪のブルゾンが。勢い良く立ち上がった当人が声を張り上げる。
「新人どもよく聞きやがれぇ!! 新メンバーを加えての特別任務遂行二課の結・成・会を行うぅ!!」
勢いのある歓声があちらこちらで上がる。幹事お前かよ、という緋色の突っ込みはカードの上げた雄叫びに塗り潰された。案外ノリが良い奴だ。
「おう。未成年は飲酒不可だが、明日は休養日だ。思う存分ハメ外せぇ!!」
拳を振り上げたギャングがぞろぞろとヒーローを引き連れていく。おどおどと戸惑っているディスクと呆気に取られる緋色の背中がばんと叩かれた。
「ほら、行こうぜ。会場は食堂だ」
ヒーローコード、焔。爽やかな雰囲気の眼鏡の男。優しく手を引かれるディスクが口元を綻ばせながら着いていく。緋色も、カードと談笑しながら後に続いた。二人とも、こんなことは初めてなのだ。
「いいんッスかね、こんな時に」
残ったのは刃と隼の二人。掃除ロッカーを開ける刃が小さく笑った。
「こんな時だからこそ、だよ。明後日の作戦は彼らが思っている何倍もハードになると思う。ちゃんと英気を養わなくちゃ」
これだけ設備が整っていて掃除ロッカーに入っているのは古臭い長箒だった。二人は慣れた手付きで掃いていく。
「あれからコックとはどう?」
「あ、だからオイラを残したッスね。何というか、そんな不調というわけでもなく何となく噛み合わないって感じッスね」
大規模な作戦を前に不調に陥ることはヒーローにはよくあることではあった。この二人はほぼ完璧な連携を取れているが故に、ほんの僅かな齟齬が浮き彫りになってしまうのだ。
「でも、ちょっと心配ッスよ。あいつと
「そっか。もうそんなになるんだね」
遠い目で刃は過去を思い出す。彼女は特務二課設立からの初期メンバーだ。十年の間に色々な出会いがあって別れがあった。その全てで今の彼女は成り立っている。
「じゃあしっかりしなきゃ。片方が大変ならもう片方が踏ん張るの。どこかが折れたら他の場所は代わりに戦い続けるの。それが人類の力だよ」
助け合い、支え合う。受け継ぎ、受け渡し、連なっていく。ヒーローのデビルとの戦いはそうして続いてきた。
「今は取り敢えず新しい仲間を歓迎しないとね。今日は私も飲むぞー」
「……いや、姐さんはあんまり飲まない方が」
何よぅ、と刃がむくれる。隼は刃の正確な年齢は知らなかったが、こういう子どもっぽい仕草からあんまり上には見えなかった。十年も特務二課にいるのだからそれなりの年齢ではあるはずだが。
(姐さんの酒癖は酷い時は本当に酷いッスからね……緋色やディスクがドン引きしなければいいッスけど)
先行きが怪しくなってきた。結成会では大人しく身を潜めておこうかと考えて。
「あ、ハートが腹芸するらしいよ」
「何それ超見たいッス!!」
◇
「ショート、今大丈夫か?」
「……何?」
扉ごしに眠そうな声が聞こえる。昨日は飲めや騒げやのドンチャン騒ぎだった。未成年の緋色は酒を飲んだことは無いのだが、あの液体はあそこまで人を変えるものなのだろうか。
そう、本日は休養日である。
「結局、それ気に入ったんだな」
無警戒に部屋の扉を開けたディスクが固まる。全身をすっぽりと覆う猫パジャマは酔った刃が無理矢理着させたものだった。に゙ゃ、と全身を逆立たせて部屋の奥にすっ飛んでいく。
「非常呼集。五分で準備せよー」
「え、うわちょっと待って待った」
緋色の冗談をまともに受けてディスクが慌てふためく。面白がった緋色は腕時計を覗き込んだ。きっちり一分ごとにカウントダウンする。
「ごーよーんさーんにーいーーー」
勢いよく開け放たれた扉に緋色が後退る。上下黒ジャージの出で立ちの少女の後ろ頭にポニーテールが揺れている。この短時間で結ったのか、それとも寝ている時にもその髪型なのか。
「ジャーゲジョージでアレだけど」
「…………?」
「……ジャージ上下でアレだけど」
「あ、今ボケたのか」
俯きがちにこちらを睨んでくる。慣れれば面白い子だった。緋色が軽く詫びながら前に進む。
「休養日にお部屋訪問だぜ」
「待って、そんな無遠慮に女の子の部屋に入ろうとしないで」
止められた。割と必死そうな顔だったので、緋色はあっさり足を止めた。異性との付き合いが今まで皆無な緋色だが、それなりに色々と考えているつもりだ。女の子の扱いは大変なのだ、と司令はよく言っていた。
「じゃあ俺の部屋に来いよ。ちょっと話がある」
「え……うん」
緋色の部屋まで歩いて数分。何となく頷いてしまったディスクは若干緊張しながらも後を着いていく。何せ男の子の部屋に二人きりだ。何の気の無し自然体の緋色が妙に頼もしい。
「何もないけどな、ベッドにでも座ってくれ」
「え、うん」
こざっぱりとした、というか殺風景な部屋だった。各部屋に備え付けられている机とベッド、と筋トレグッズ。テレビもなければ冷蔵庫もない。小物も最低限で見た目に似合わずきっちり整頓されていた。
「実家から何か持ってきたりしないの?」
「ああ、そうか。俺ここの地下で十年間暮らしていたから特に私物とかないんだよ」
さらっと言われてディスクが戸惑う。緋色は自らの境遇を明かすことに司令の許可を事前に取っていた。情報漏洩には当たらない。緋色は何となく地下での
「……ちょっと緋色のこと誤解してたかも。髪赤いし」
「それは地毛だ」
「え、地毛なのっ!?」
緋色は首筋に手を当てながら目を逸らす。話題が逸れすぎた。緋色は本題を切り出す。
「あの、何とかの天体図ってのは一体何なんだ? 何か重要案件として周知されてるっぽいけどそんなの知らねーぞ……」
知らない。会議の場でそう発言することにどこか気後れがあったのかもしれない。失態を演じることへの忌避感か。常に堂々としている雰囲気の彼には意外な反応だったかもしれない。それで誰にも聞かれないようにわざわざ二人きりで
「私も知らない」
「え」
「だから調べた」
ディスクがメモしたデータ群。そこから彼女は『アンティキティラの天体図』のスペックを演算していた。緋色はディスクの眠そうな目に感心していた。眠気を押してまで調査していたのか。昨晩各方面で好き勝手にされていたこの少女が。
「全ての男女は星である。光輝く存在を黒い覆いで包まれている。『アンティキティラの天体図』はその星光を指し示す天体図。人の居場所を捉え、掌握する万能の千里眼。
凄いのはそのカスタマイズ性の高さだね。これ特定人を対象にすることも特定条件に合致する対象にすることも可能みたい。風雲児さん……司令の言い方からは多分――――デビルも条件対象としても選択出来る」
微妙に早口に捲し立てるディスクに緋色はまたもや面食らいながらも、辛うじて話に追い付いていた。今まで神出鬼没だったデビル軍の動向が分かる。いや、それ以上に。
「そう、帰投ポイントが分かる。奴等の拠点が判明する」
「今までの受け身な戦いから一転、こちらから攻め込めるってことか……」
戦争の鄒勢は変わる。総力戦になるのであれば、特務二課の戦力、頭数の重要性が高まってくる。人類戦士だけではなく、人類総力戦へと拡大するかもしれない。
「これも、そのデータが正しかったら、か」
「どういうこと、緋色?」
「何かおかしいなって思ってさ。そんなものがあるならこの十年どうしてそのままにしていたのか」
緋色なりにいくつか予想する。人類総力戦の準備が整わなかったか、適合者が現れなかったか。何故このタイミングで欧州への輸送なのか。
「緋色は特務二課が信用出来ない?」
「違う。何か、裏がありそうだなって思っただけ。考えても仕方がねーし、出たとこ勝負しかない」
「でも、その発送はユニーク。緋色といると刺激になるし考えさせられる」
ディスクが笑みを浮かべる。結成会の時にも感じたが、こうしてみるとまるで妹のようだった。緋色も表情を崩しながら手を伸ばす。その頭に触れようとして逃げられた。
「髪の毛はだめ」
チャームポイントのポニーテールを庇うように後ずさる。緋色は深追いこそしなかったが、唇を尖らせて不満を言う。
「何だよ、忍者に撫でられた時はあんなにデレデレしてたくせに」
「デレデレなどしていないっ! それに、ハートは、おでこだから」
ほぅ、と緋色の手がディスクの額に触れる。ディスクはびくりと身体を震わせるが、次第に大人しくなり、やがてされるがままになった。
「なぁ、ショート」
「ん?」
「頑張ろうな。二人で強くなろう。一緒に戦おう」
「うん、一緒に」
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