訓練

 1000ヒトマルマルマル、第一訓練場にて集合。下達のあったとおりに二人は第一訓練場に集合していた。場所は新人研修の会場だった。一度行った場所なので迷うことは無かったが、二人とも早めに行動していたので時間が余ってしまった。三十分前行動である。


「おはよう、ショート!」

「うん、おはよう」


 入庁二日目。

 シャドーボクシングで身体を温める緋色と対照的に、ディスクの表情は未だ堅い。緊張が取れないみたいだ。


「力抜け、ショート。実戦ってわけでもねぇ」

「うん……緋色は張り切り過ぎじゃない?」


 朝から二時間もの自主トレーニングをこなしていることをディスクは知らない。しかし、訓練開始前に軽く息が上がっている姿を見ると思うところはある。


「軽くバテているぐらいの方がパフォーマンスは上がるんだよ。ショートは何か準備とかいらないのか?」

「集中。演算速度と脳の体力が私の命綱」

「よく分からんが、まあ分かった」


 雑な会話を繰り広げて二人は自分の世界に入る。ディスクは周りに壁を作っていたし、緋色は接し方が分からない。彼女はその性格から人見知りで、彼はその経歴から人を知らない。


「おや、早いッスね!」


 声をかけられて振り返る。黄色いシャツの小柄な男、隼が立っていた。


「まだ、十分前だぞ」


 後ろの大男はヒーローコード、コック。新人研修では二人とも刃に不意をつかれて脱落していた。


「二課の訓練ってのが気にかかってよ。いざ鎌倉って駆け付けたわけだ」

「……遅れると困るから」


 シャドーで汗を流す緋色に隼が前に立つ。一蹴。繰り出した拳に足を合わされる。五発。繰り出したジャブに尽く足を合わされる。緋色は動きを止めた。


「力入れすぎるとポッキリ折れちゃうッスよ」

「あまり身を頑なにするな。動けなくなる」


 隣では厳つい大男に睨まれたポニテ少女が固まっていた。まるで蛇に睨まれた蛙だ。コックは自分が強面なのは自覚していたが、ここまでな反応をされて物悲しい目をしていた。


「圧されるな、ショート」


 緋色が背中を叩くと石化したかのようなディスクの身体が跳ね上がった。息を吹き返したらしい。特に威圧しているつもりも無かったコックが沈んだ表情をする。隼が肩を小突いて慰めた。


「ここにいるってことは、今日の訓練のメンバーなんだ。タッグで組み手でもやる気なのかもな」

「正解」


 反射的に緋色が足を引いた。緋色と隼、二人の間。特注のダークスーツで固めた柔和な優男が立っていた。ヒーローコード、ハート。特務二課を引っ張る中心人物。


「新人研修ご苦労様。君たちは確かに強かった。けれど、どうして相棒バディ同士手を組まなかった? この二人ならば僕か刃を打倒出来ていたかもしれないよ?」

「勝者は一人」


 端的にディスクは言い切った。勝つのは一人。その条件ならば誰かと手を組むことは非効率。特に『円盤ザクセン・ネブラ』の制御に意識の集中しなければならないディスクにとっては、背中を刺されるリスクが最も脅威だ。


「俺は戦い方の分からない奴と初めから結託するより、戦いながら柔軟に動くようにした。事実、その二人と戦うときはショートと組んでたぜ」


 その方が勝てると思ったから。緋色はきっぱりと言い放つ。ハートが指差したのは緋色だった。


「そうだね。だからこれから互いの呼吸を合わせてもらう。個々の強さは申し分ない。後は実戦で通用するかだ」


 評価されなかったディスクがむくれた顔をする。緋色も渋い顔をする。今まで一人で強くなってきた彼には、連携プレーは敷居が高い。ハートにはその辺りの事情もお見通しなのだろう。


(互いにそれが弱点ってわけか)


 自分の戦いを磨いていったが故に連携プレーが出来ない。ディスクはどうだか分からないが、緋色は独力でデビルに対抗することは人類には不可能だと考えていた。それが可能とされているのは人を超えた代表者、かの人類戦士をおいて他にいない。これはいずれ越えなければならない壁だ。


「押忍っ! 俺は経験を積んでここまで強くなった。ショートと一緒に同じことをするまで!」

「うん、私も頑張る」


 いい返事だ、とハートは笑う。習うよりは慣れろ。相棒バディ同士タッグバトルである。ハートといつの間に現れた刃は緋色たちの後ろに立った。緋色が拳を構え、ネブラの円盤が4枚浮遊する。


「……全部出せよ」

「……何でウォーパーツを纏わないの」







「これは酷いなぁ」


 刃が苦笑した。緋色に煽られて十全を展開したディスクだが、ネブラの動きの激しさに完全に緋色が食われていた。ネブラの攻撃を、コックの『豪腕デリー』が大地を操り防いでいく。緋色は巻き込まれないように立ち回りながら隼の蹴りにじわじわと追い詰められていた。


「危ねぇ!?」

「そこ、邪魔っ!」


 完全に息が上がっている二人と対照的に、隼とコックの二人は平然とした顔で動き続けている。追撃の手は緩めずに、なおかつ深追いはしない。余裕を奪ってじわじわと削っていく。緋色が倒れた時が最後、ディスクの『円盤ザクセン・ネブラ』では隼の『韋駄天』には対抗出来ない。


「ディスク、ネブラの枚数を絞って状況把握にメモリを割け! 緋色は下がって視野を広げろ!」


 ハートの声が響いた。展開していたネブラが収束していく。その枚数は最初と同じく四枚。ディスクが最適と判断していた数。次いで緋色が大きく下がると隼も合わせて退いた。仕切り直しである。


「ショート、俺は前に出なきゃしょうがない。道を頼めるか?」

「了解。援護に回る」


 飛び出した緋色を追うように四枚の円盤が展開した。隼がその動きに合わせた。視野を広げろ。ハートの言葉は緋色まで届いていなかった。赤髪と円盤を通り越して両手を広げる少女に迫る。


「駆けろ『韋駄天』、ソニックシュートッス!!」


 肩。人体でも防御力が高い方でもある部位。加減された一撃はそれでもクリーンヒット。文字通り一蹴されたディスクが戦闘不能に陥る。


「ショートっ!!」


 緋色は足を止めてしまった。守るネブラも使用者のダウンとともに墜落していく。赤髪の少年を囲う四方の石柱。この大きな隙の間に隼は悠々と復帰していた。大地を蹴り、柱を蹴り、緋色を蹴り。無限軌道のコンボが炸裂する。


「「――鳥籠」」


 呻き声とともに緋色が膝をついた。そこまで、とハートが止めに入る。まんまと誘われた緋色が顔を歪める。その後ろではディスクが刃の肩を借りて辛うじて立っていた。


「どうだ、緋色」

「思うように、動けない」

「そうだな。仮に一対一タイマンだったなら、君はどちらにも勝てたはずだ」


 緋色は自分の動きを思い出す。ディスクの動きはどうだったか。彼女は刃から指導を受けていた。


「まぁ、そんなに落ち込むことは無いッスよ。初めはオイラたちもうまくいかなかったッスから」

「うんむ」


 うす、と小さく吐息を漏らした。課題は見つかったか、というハートに緋色は首を縦に振った。どうすればいいか分かるか、と聞かれて首を横に振った。


「考えてみるといい。やってみるといい。君たちには君たちのやり方があるはずだ。今日の訓練は終わりとする。明日も同時刻に開始。各自自己鍛練に励むように」


 解散を受けて各自散開していく。ディスクは刃に連れられて医務室に行くようだった。緋色も誘われたが断った。二人の間では頑丈さに天と地程の差がある。それを考えて行動するべきだった。緋色自身ならばあの蹴りを何発かは耐えられるだろう。


「考えろ、か」


 頭より身体を動かすタイプの緋色にとっては難しい所作だ。だが、相方は身体より頭を動かして戦う少女だ。今までのような力任せの戦いでは生き残れない。それを痛感させられた気がする。

 緋色は、ゆっくりと歩き出した。







「やぁ、お疲れさまサね」


 自室に向かう途中、声をかけられて緋色は振り返った。片目を包帯で隠したピエロのような格好をした少年が壁に寄りかかっていた。見た目緋色と同年代に見える。ここにいるということは特務二課のヒーローなのだろうか。だが、新人研修にはこんな目立ちそうな奴はいなかったはずだ。


「誰?」

「僕はヒーローコード、カード。負傷して新人研修は見学だったのサね。だから初めまして、緋色」


 ほらこんな目だから、と包帯に阻まれた右目を指差す。先程の訓練も見ていたみたいだ。研究熱心なのか、あるいは他に目的があるのか。何となく底の見えない不気味さがあった。


「そうだったか。俺はヒーローコード、緋色。よろしくな」


 ピエロは暗鬱に笑った。


「殊に、君があの『英雄の運命ヒーローギア』の使い手なのは本当なのサね?」

「黙っていてもいずれバレるから言うけど、本当だよ。っても現状ほとんど使えないけどな」


 カードが歩き出したところで緋色も何となく着いていく。向かう先は同じ居室エリアだ。ヒーローにはそれぞれ個室が与えられている。緋色の部屋はベッドと机があるだけの殺風景な部屋だった。彼には別に地下の特設のトレーニングルームが用意されていた。軟禁時代にも使用していた馴染みのトレーニング設備だ。


「君は確かに強かったサ。けれど、それでデビルに対抗出来る訳ではないのサ。分かっているサね?」

「ああ」


 痛感している。今日は一休みしてから午後はトレーニングルームに籠るつもりだった。しかし、今はそんな気にならなかった。考えなければならない。どう振るまい、どう動くべきか。


「クック、大変だろうサね。でも、気負い過ぎないでね。誰もが壁にぶつかって模索するサね。完璧なヒーロー何ていないんだよ」


 完璧はいない。緋色が苦渋を舐めた刃だって修行中の身であるし、得体の知れないハートだって人知れずに訓練に励んでいるはずなのだ。そう考えると少し肩の力が抜けた気がする。それでもやることは変わらない。デビル軍との実戦に耐えうる戦いを身に付けなければ。


「ああ、そうサね。食事は自室へのデリバリーも可能なのサ。あのハートもよく利用しているから試してみるといいサね」


 それは良いことを聞いた。昼食のために食堂に向かうのが億劫に感じていたのだ。


「サンキューな! いつかピエロとも手合わせしてみたいぜ」

「痛いのは嫌サね」


 苦笑しながら緋色は自室に引っ込んだ。

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