新人研修(後)
「ネブラ・シールド」
折り重なるネブラが盾となった。突進を妨げられた男はズレた眼鏡を片手で直す。
「ちっこいナリしてやるね」
「どうも」
浮遊するネブラは四枚。さらに両手に一枚ずつ構えながらディスクの目が動く。相手を観察する目だった。無機質な瞳が一挙手一投足を見据える。
「俺は焔。『灼熱槍ルー』の使い手だ。これだけやれれば君たちの実力に文句言う奴はいないだろう。存分に全力を見せてみなよ」
「どうも」
長槍から炎が噴き出す。浮遊する円盤が積み重なるように盾になる。いや、それだけではない。半透明な円盤が色を持つ。それは世界を映す鏡。
「ネブラ・ミラー」
受け止めた炎が反転する。襲い掛かる炎の龍がフレインの槍に切り裂かれる。不敵な笑みを浮かべる彼を無機質な瞳が覗き込んだ。手の円盤を手離し、浮遊する円盤は十枚。ディスクは両手を広げる。その手は十全。まるで演奏するように十指を動かしていく。
「そう来なくちゃ!」
炎を纏う焔が駆ける。その高熱にネブラは近寄れない。鋭い突きに四枚のネブラが重なって受け止める。左右からの回転鋸をバックステップで避け、火炎弾を飛ばす。
「ネブラ・ミラー」
無機質な瞳がぐらぐらと揺れる。盾が反射板と化して呼び返る火炎。それを灼熱槍が飲み込んだ。ディスクの額に玉の汗が浮かぶ。純粋に熱いのだ。
「これなら攻撃出来ないだろ?」
ディスクのネブラはまだ枚数に余裕を残している。数を増やしたのは注意を逸らすためと脅しをかけるためだ。事実、それは効いていた。だからこそ、焔は瞬時に対策を組み上げた。
「その切り替えの速さは情報不足」
「どうも」
意趣返しに焔が笑う。半透明な円盤を繰るディスクはその身を半身に構えた。出し惜しみを抑えてギアを一つ上げた。焔が走り出す。
(どちらにせよ手は出せまいっ!)
「ネブラ・レーザー!」
手は出なかったが、光線が出た。膨大な光の出力に火炎が食らいつく。
「灼熱太陽突き――っ!!」
全身全霊の前進が破竹の勢いで光線を割り裂いていく。十全。切り抜けた先でザクセン・ネブラを展開するディスク。焔は勢いそのまま突っ切っていく。
「貫け――――」
「抑える――――」
「……それまで」
激突の瞬間、焔は器用に後退していた。反応出来なかったディスクが前のめりになり、微笑を浮かべる優男を見上げた。
「別にこのままでも良かったけどね」
「白々しいぞ、ハート! 漁夫の利狙う気満々しゃねーか!」
噛み付く焔を手で制し、ある方角に指を向ける。
「焔、ちょっと提案があるんだ」
◇
抜き身の刀を、緋色は右拳で弾いた。髪と同じく真っ赤なハンドグローブ。誘いの斬撃をパリィされて刃は言った。
「防刃グローブ。二課の支給物資ね。緋色の他はハートくらいしか使ってないけれど」
短く揺れる黒髪に緋色は息を飲む。年上の大和撫子なお姉さんにときめかないわけでも無かったが、それ以上にその見切りの凄まじさに戦慄していた。
(今、俺の予備動作に反応したのか?)
長物持ちの達人に緋色は守りを固めていた。刀は振り抜かなければ切り裂けない。緋色には瞬間的に肉体を硬質化する硬波がある。肉を斬らせて骨を断つ所存だった。
だが、睨みあいに痺れを切らした緋色は攻撃に転じた。転じてしまった。その、攻撃へと移ろうとする姿勢の動きに反応された。あくまでも慎重に動いていたから辛うじて反応し返せただけだ。
「ふふ、壁を背にしたのは正解だったね。私の縮地だったら君の背後に回り込めないこともないし」
彼女の動き。足を上げない摺り足の動き。人は歩行するときに足を交互に上げる。その間、人は一本立ちになるのだ。緋色はその隙を狙っていたのだが、目の前に剣士には付け入る隙が無い。
「いいよ、纏っても」
睨み合いは飽きたのか。刃が一歩下がる。『天羽々斬り』の間合いの外。だが、緋色はその目で見ている。刃渡りを凌駕する脅威の間合い、唯閃を。
「ハート相手まで取っておくつもりだったんだがね」
正座までしてにこやかに催促されれば緋色も応えないわけにはいかない。隙を見せれば瞬殺される恐れもあったが、ここは出たとこ勝負でいくしかない。左腕の腕時計の針が勢い良く回りだす。
「回りだせ、
ガチリと噛み合うのは歯車の音。刃は息を飲んだ。緋色の右手に纏わりつく小さな歯車。彼女が鞘を前に構えると同時に、緋色はその鞘に拳を叩き付けていた。
「隙を見せたのはどっちだ?」
刃が派手に吹き飛んだ。転がるように受け身を取った彼女の左腰には鞘に収まった『天羽々斬り』。衝撃を逃された。だが、刃も鍛えているとはいえ女性の肉体。力押しならば緋色に分がある。
「それが、あの『ヒーローギア』。『
刃は縮地で距離を詰めるでもなく抜刀の構えを取った。恐らくは唯閃の構え。摺り足のまま一歩踏み込む彼女に緋色が固まる。その柄を、ハートが抑え込んでいた。
「いいかな?」
「あ、プランCね。これは期待通り上々」
バトルロワイヤル式なのだから途中で邪魔も入ろう。しかし、これはそういう雰囲気でも無さそうだ。視線を横に向けると、ディスクと目が合った。とても険しい目で睨みつけられていた。
◇
「まぁ、新人研修の本来の目的って新人の鼻を折るところにあるからね」
飄々とハートはそんなことを言う。しかし、緋色とディスクの二人は既に特務二課の中でも既に上位に位置する実力だった。鼻を折るどころではない。
「俺、刃にボコボコにやられそうだったけど」
「初見であそこまで見切っただけで大したもの。今回は負けでいいよ」
手を振った刃がハートの横に立つ。反対側には気に食わなそうに目を背けている焔の姿。三人が手を取り合い、真上に上げた。
「「「こうさーん」」」
唖然とする二人。ハートは柔和な笑みを浮かべたまま、それでも雰囲気を切り替えて口を開いた。
「残ったのは君たち二人だ。
冷ややかな目だった。そこに入り混じる僅かな殺気。場に戦慄が走る。
「おい、どうするよショート」
「どうするって、もちろん」
ギアを纏う緋色に、十全の指を振るうディスク。互いに身体は温まっている。緋色がその地を蹴った。
「ヒィィロォォギアァァア!!!!」
「迎撃、ザクセン・ネブラ!」
速い。ギアを纏った緋色の足は、ディスクが観察した瞬歩よりも先を行く。ネブラの展開が遅れ、七枚のネブラが緋色の背後で無用の盾と化した。彼の口角が跳ね上がる。
「龍王掌波!!」
「シールド、展開……っ!」
ディスクの身体に密着する勢いの三枚綴りの盾。その防御は緋色の猛攻を受け止めたが、彼にはインパクトを狙った場所にずらす技術がある。
「悪いな、瞬殺で」
勝ち誇った顔の緋色の目の前で、ディスクの身体が後ろに倒れていく。ノックアウト。その身が地に着くその瞬間、彼女の口が動いた。
「
抜かれたネブラが復帰を果たす。緋色の顔が驚愕に歪み、切り刻まれまいと必死に捌く。幾筋もの赤い線を刻まれながら、緋色が膝をついた。対照的に何でもない顔で立ち上がるのは小柄な少女。
「無傷……?」
遠巻きに観察していた刃が疑問を発する。緋色の遠当ては完全に決まっていた。一人離れた位置に動いていたハートが顎に手を当てた。
「そこからだとそう見えていたかい? 簡単な話だよ。重なり方がずれていた」
「だからわざわざ移動したってのか」
ハートの立ち位置からは見えていた。焔戦ではぴたりと隙間なく重なりあっていたネブラ・シールドが、今の攻防では配置がずらされて隙間も出来ていた。その分防御力も下がったが、緋色の攻撃は狙い通り逸らされた。その後の演技も含めて全てはディスクの手のひらの上だった。
「勝負開始の時点でこの展開を想定していたのか」
立ち上がる緋色は迂闊に攻められない。ディスクの周りにはネブラが十枚展開していた。両の手を広げて、十指でウォーパーツを掌握する。十全。ディスクは緋色を難敵と認識している。だからこその、万全の対策。
「なるほどね。舐めてかかれる相手じゃなかったわけだ」
拳を構える姿勢はファイティングポーズ。緋色が前を見据える。今度は自らのすぐ近く、鎧のように円盤が展開される。あれではさっきのようなごぼう抜きは通じない。
「データを蓄積するごとに対抗策が導き出される。同じ手は通じない。手の内を晒せば晒す程に不利になっていく。さぁ、どうする緋色?」
ハートの問い掛けは緋色の耳には届かなかっただろう。しかし、それでも緋色は答えを出した。
「押し通す」
瞬歩。阻むネブラに拳を叩き込み、ギアが回り出す。粉砕。四方から迫るネブラ・ソー。鈍い金属音がした。
緋色を包む無数の小さなギアがネブラの斬撃を弾き、その内の正面を拳で粉砕する。破片がディスクの背中の機械に吸い込まれていくが、修復には時間がかかるらしい。浮遊するディスクは八枚。一枚ずつならば緋色を止められない。
(強い、止まらない)
ディスクの右手と左手の指の動きがリンクする。ネブラが重なりあい、数が半減した。四組のネブラが展開する。
「器用だな!」
その間にもう緋色はもう目の前だ。拳を振るう彼の前に二組四枚のネブラが立ちはだかる。
「ギアインパクト!!」
「ネブラ・レーザー!!」
円盤が軋み、光線がプリズムのように拡散する。打ち勝った緋色の右にネブラ、左にもネブラ。
「
ネブラ・レーザー、二倍のダブル。挟まれる緋色がギアを回す。
「持ってけパージだっ!!」
緋色の纏うギアが弾け飛んだ。淡い光が光線を散らし、ネブラを押し退けていく。ディスクは飛ばされたネブラの制御を手離す。二組四枚。残りのネブラを分解する。緋色の四方を取り囲むように。光を溜める円盤に、緋色は次の手を読んでいた。彼の次の打点は、下だ。
「その攻撃は、想定外――っ」
ディスクは防御を捨てていた。ヒーローギアを手放した緋色は今や生身の肉体。一枚のネブラでも包囲したレーザーならば押し潰せる。むしろ緋色が重傷を負わないように手心を加えることを重視していた。しかし、彼は。
「地龍掌波っ!!」
大地を砕く発勁の威力。勁は筋より発する。鍛え抜かれた筋力と研ぎ澄まされた技術の発現は、伸筋の気功を撃ち抜いていく。つまり、緋色はウォーパーツ抜きの生身でも強い。
衝撃にひび割れる四枚のネブラ。ディスクは慌ててさっき制御を手放した四枚を呼び戻そうとするが、もう遅い。たっぷり五秒。大技を繰り出した後の隙を攻めるまでもいかなかった。緋色が大地を蹴る。
「奥の手」
緋色は目を疑う。恐らくは『円盤ザクセン・ネブラ』の本体。ディスクの背中の機械から白い腕が飛び出した。その手には最後の円盤。十全のその先、まさに奥の手。
「ちっくしょう!!?」
緋色には回避する余裕は無い。ネブラ・レーザーを前に彼は拳一つで特攻する。レーザーが緋色を焼くのが速いか、それとも拳が届く方が速いか。刹那の激突、が。
「――唯閃」
ハートの手が横から緋色の拳を掴んでいた。刃の斬撃が光の粒子を引き裂いた。両者の間に炎の槍が立ちはだかる。へたりこむディスクを見て、緋色は力を抜いた。
ハートが宣言する。
「――勝者、緋色」
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