第5報 強者国で王城での出来事について

「国王様!新たな勇者がやってきました!!」

 フフフと口から漏れる様な笑いを発する私を中心に微妙な空気が流れる中、突然外から鈍色の鎧を着た騎士が駆け込み勢いのまま声を発する。

 落ち着きなく駆け寄る鈍色鎧の騎士を強国王は手で諌め、不敵な笑みを浮かべた。

「ふぅむ、勇者か。今度はどの様なモノを誂えたのか。いや、造ったのかの。」

 突然変わった空気に現実逃避をしている場合ではないと我に返り、少ない知識を引っ張り出す。

 勇者というのは弱者の国の一つである『宗教国』で、抜きん出た強さを持つ強者国の主を打ち倒すために選定された者の名である。宗教国の中での強者を選定しているという話なのだが、実は裏で洗脳や肉体改造、何処かから召喚しているなんて噂もあった。強者に対抗できるほどのものが何人も発生し、勇者の名を持つものがコロコロ変わることからもその噂に拍車をかける要因にもなっている。強国王の言葉はその噂を肯定する様な響きがあった。

「国王。勇者の存在に妄想膨らませる前に、今は彼らの避難を優先するべきでは?」

 銀色鎧の騎士はニマニマとした笑みを浮かべる強国王の手に未だにある木箱を、自然な動作で取り上げて鈍色鎧の騎士へと手渡して私と村人くんへと視線を投げた。

 その言葉に強国王はこちらへ意識を戻して指示を飛ばす。

「伝令を出せ。数名はこの場にて対勇者用陣形に、他は周囲に被害がない様に配置しろ。お前は坊主らを避難誘導後、木箱を私の部屋へ持っていけ。ちょろまかすんじゃないぞ。」

 返事ひとつ返して銀色鎧の騎士は大扉を抜けて謁見室の外へと駆けて行き、鈍色鎧の騎士が木箱片手に私達を謁見室横の扉の方へと促した。おそらく勇者と正面からかち合うのを避けるために別方向から移動しようとのことだろう。


 ――!!!


「ひっ!?」

「うわぁ!!」

 扉の方へと移動しきる前に突如、入って着た大扉の奥の壁が爆発した。飛び散った瓦礫がこちらまで向かってくるが、鈍色鎧の騎士が前に出て瓦礫を手で叩き落としてくれる。

「ほう、今度の勇者はせっかちな奴じゃな。わざわざ壁を壊さんでも表から入って来ればいいものを。」

 そういうと強国王は意気揚々と玉座の方まで歩み寄り、勇者を向かえる様にゆったりと座って爆発によって立ちのぼった土煙に焦点を合わせた。

 一瞬の静寂の後、煙の中から氷の塊が強国王へと飛来。氷の棘と評しても良いほどの鋭いそれは強国王に直撃する前に、軽く振るわれて腕によって細やかな粒子へと変わりはてた。

「くそっ!」

 氷の砕ける音に紛れて小さく息を詰める声。それが聞こえたと認識する前に、土煙の中から一つの人影が飛び出した。

「挨拶も無しに攻撃とは、礼儀がなっておらんなぁ。」

 不敵な笑みを浮かべて強国王の手から炎が放たれる。狙い違わず炎の弾は人影へと一直線に飛び、大きな破裂音を発して爆発した。

「っ、グゥッ!」

 人影は弾かれる様に後方へと吹き飛ばされるが宙で体制を立て直し、なんとか着地を決める。しかし衝撃を逃しきれなかったのか、すぐに立ち上がることはなく片膝をついて強国王を鋭い目で睨みつけた。

「…むぅ、此度の勇者はまだ子供の様だな。行動が真っ直ぐすぎる。」

 土煙から現れた人影、煌びやかな鎧を着た黒髪黒目の少年勇者はかすかに眉を顰めて困惑する強国王に気付かず、手に持つ装飾過多な剣を眼前に構えて声を張り上げる。

「お前の悪事も此処までだ!覚悟しろ魔王!!」

「…あ、今回はそういう筋書きか。」

 いつの間にか戻って着ていた銀色鎧の騎士が、勇者の言葉にポツリと呟く。周りを見渡すと勇者の後方を囲む様に数人の騎士が武器を構えていた。

「まおう?」

 その言葉を聴いたのは初めてなのか、村人くんが私の斜め後ろで首をかしげる。

 魔王。それは善ある人類と敵対し、圧倒的な戦力を有する悪の元締めのことだったか。

 だがそれが強者国の王に対する名として適用されるかと言うと、首を稼げてしまう所。なにせ、一致している点は圧倒的な戦力を持つという所しかないのだから。

 そもそも魔王というモノは宗教国で出版される物語にしか存在しない。完全に創られた存在だ。何故それが勇者の口から発せられ、強国王に対して向けられているのかといえば…その答えが銀色鎧の騎士が口にした言葉なのだろう。

 宗教国は自国こそが唯一にして絶対なる国であるという選民思想で纏まる国である。それ故に周囲の国々間でも大小様々な小競り合いがあったりもするのだが、ことそれが最も多いのが強者国とのもの。強者国を悪として語り、そう多くない選定者を刺客として嗾けたりする。

 相手が相手だけに大事にはなってはいないのだが、当事者はまだしもそれに巻き込まれたものは只事では済まない。命だけでも残ればそれすらも奇跡なのだと、そういった場への遭遇は回避しろと注意を受けていた。

 おそらくだが宗教国は、この成人にも満たない子供に勇者と魔王の物語を史実に基づくものだとでも唆したのではないだろうか。それを真実だと信じ込み、弱者としては力を持ち過ぎた彼は行動を起こした、と。嬉々として宗教国が提供しただろう彼の装備は一般には決して出回る様なものではなく戦闘を行うにしては華美なで装飾過多な物ばかりであることから、その推測が遠からず当たっているのではないかと思わせる。

 嫌な現場に巻き込まれたものだ。

「…魔王、と勇者……か。うむ。」

 動きのない強国王と逃げ道を塞ぐ様に囲む騎士達を警戒する勇者を尻目に、強国王は一人静かに思案し納得。何事か思いついたのか困惑の表情を不敵な笑みに変え、一つ膝を叩いた。

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