第2報 強者国で声をかけた住人について

「あぁ…もう、見てらんねぇ」

 だったら早く手を貸してあげればいいのにと、手を顔にやったガタイの良い男達を半眼で見つめる。

「お、お前行ってこいよ…俺昨日手を貸しちまったし」

「無理だよ。俺一昨日手伝ったぜ?」

「俺なんか手伝いすぎて悲しそうな顔されちまったんだぞ?またあんな顔させちまったら…俺…オレェ……」

 どうやらそう言う事らしい。

 あまりの印象の差に軽く頭痛を感じつつ、席を立つ。

 手元のお茶もいつの間にかなくなった。

 いつまでも此処に居座ってはいられない。

 とりあえずは何もしないよりかはマシだろうと行動することにした。


「ねぇ…良ければ手伝いましょうか?」

 一生懸命作業をする少年の邪魔をしない様に気をつけつつ、気持ち優しい声音で声を掛ける。

 一拍おいて自分に問いかけられたのだと気付いた少年は、振り返ってキョトンとした顔をした。

 まぁ、力自慢な人間ならともかく手伝いを申し入れたのが細身の神官ならばその反応も当然だろう。此方も思惑あってのことなのだからその反応も気にしない、例え自分より小さな少年がそんな反応をしても気にしない。気にしない。

 僅かに眉間に力が入るが顔に笑みを浮かべ、次に少年が運ぶだろう大樽に手をかける。

「!……っ、うむむぅ!!」

 ヨタヨタと大樽を動かし始めた私に少年は驚き、慌てて動き出した。

「お姉さん!このくらい僕一人で大丈夫だから!無理しないで!!」

 僅か動かせた大樽の片側に手をかけて少年が声をあげる。何だろうこの子、癒される。

「い、いのよ、年下の子が一人頑張ってるんだもの。大人の私が見ているだけだなんて出来ないわ。」

「…大人?」

 笑みを維持したまま、目尻に浮かびそうになる液体を押しとどめた。子供の無邪気な言葉に少し泣きたくなる。

 確かに私は童顔だし身長もちょっと、ほんのちょっと平均に行ったってないけれども、少年よりも背は遥かに上…なんだ、よ?

「ああぁ…ちっちゃい子達が重たい物を!手を、手を貸したい!!」

「くそっ!何でこんな時にギルド長が留守なんだよ!あいつだったら手伝っても問題ってのに!!」

「漁礁の奴が大怪魚捕まえるって連れていきやがったんだよ!ちょっと運びにくいぐらい我慢しろってんだ!」

 屈強な男達が騒ぎ立てる声が煩い。

 悪かったな、私は強者サイドの人間じゃないんだ。どっちかと言うと弱者の中の最弱な方だよ。

「えぇ、と。見てられなくて来ちゃったんだけど…私一人では無理だから、手伝ってくれる?」

 少年は私の言葉を噛みしめる様に少し間を開けると、笑顔で頷いた。

 あと屈強な男達は感動の涙を流し始めた。正直ウザい。


 何とか少年が運び入れていた荷物が片付いて、一息つく。街中で強者達が運んでいた様な山の荷物量じゃなくてホッとしたのは秘密だ。

「ありがとう神官のお姉さん。おかげで納品が早く終わっちゃった。」

 ニコニコとお礼を告げる少年の姿に、ちょっとした意地の悪いことをしたくなる。

「それは良かった村人くん。非力な私でも君の手助けができてとても嬉しいわ。」

 私の言葉に不思議そうな顔で僅かに首を傾げ、次に花咲く様に笑顔を浮かべた。

「えへへ。村人くんだって〜。」

 安直に少年の服装から村人と言ったのだが、彼はそれを自分のアダ名と認識したようだ。アダ名の様だと思えばそうなのだろうが、どちらかと言うと悪口の部類じゃなかろうかと思うのだが。ちょっと困らせてやろうと思って言ったのだが、少年お笑顔に何とも言えない気持ちになってしまう。

「じゃぁ私は神官さん?神官姉ちゃん、かな?」

 そう言ってあげると少年はさらに笑みを深くした。

 彼と私のアダ名は『村人くん』と『神官姉ちゃん』で決定した様だ。

 後ろで轟く様に聞こえる屈強な男達の号泣する声が煩い。

「神官姉ちゃんはどこから来たの?この国の人じゃないよね、僕あったことないもの」

 無邪気に問いかける村人くんに何と言ったものか。最低でもどこの国からの命令かは秘匿しなければいけないだろう。でないと自分の命が危ない。今まで強者の国に向かわせた者は誰一人として戻らなかったと言う話なのだから。

「ん〜、と。実は知り合いがこの国のことを話していてね?変わった所だから一度見てくると良いって言われたのよ。」

 嘘ではない、知り合い(国の上官)が見てこい(潜入調査してこい)と言ったのだから。

 私の苦しい答えに何の疑問も浮かばず、村人くんは笑みを浮かべたままだ。

 どうもこの子、警戒心がなさすぎて心配になる。

「変わってるの、かな?でもこの国の人は良い人ばかりだよ。とっても強くて、優しい。弱っちい僕にも好くしてくれるんだ〜」

 私は無言で村人くんの頭を撫でた。

 なにこの子、超可愛い。

 突然頭に置かれた手に驚きつつも、村人くんは嬉しそうにされるままだ。私より低めの頭はちょうど撫でやすい位置にあり、柔らかな髪が気持ちよかった。

「ねぇ、よかったら何だけど。この国を案内してくれないかな?」

 無邪気に懐いてくれている村人くんに少し罪悪感が湧くが、この少年に話しかける前から考えていたことだ。

 どことも決めずにこの国を一人ではある国は恐ろしく、強者に近付いて調査するのも怖すぎる。ならば、同じ弱者のこの少年に案内を頼めば危険を回避することが出来るだろう。何せこの国にそれなりに長く暮らしているのだから、どこに行けば危険でどこが安全かと言うことは把握済みのはずなのだから。

 村人くんは私のお願いに笑みを控えた。さすがに馴れ馴れしいと警戒されたのだろうか。

「ごめんなさい。僕まだ配達がのこってるんだ。案内、したいんだけど…」

 心の底から申し訳なさそうにションボリと眉をハの字にする村人くん。断り文句というわけでもなく、本当に残念そうに身を縮めている。

 もう何この子、抱きしめたい。

 衝動のままに動くことはできないが、彼の事を逃すわけにはいかない。私の身の安全がかかっているのだから。

「じゃあ、その配達を私も手伝うわ。そのついででも良いしその後でも良いから案内、お願いできないかな?」

 さらなる私のお願いに、村人くんは僅かに下げていた顔を上げ嬉しそうな表情を浮かべた。

「それなら大丈夫!神官姉ちゃんの案内は僕に任せて!いっぱいいっぱいいろんな所連れてってあげる!」

 全身で喜びを表現する村人くんの姿に私は耐えきれず、その体を抱きしめた。ついでに頭も撫で繰り回す。

 あと外野の屈強な男達は良い加減に黙れ。

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