最強と最弱。

湖中二周

第1報 強者国に入国した件について

 強者ばかりが集まった、『強者国』というものがある。

 拳打で大地を穿ち、脚力で音速を超え、声量で空を割ることもできるという強者といわれる生物。そういった元来の人類を超越した者達が一丸と集まってできた国だ。

 その圧倒的な存在故に恐れられ、畏怖されている。

 絶対的な存在として無視できないものとしてあるが、強者達が他国に対して行動を起こしたことで危険視されているわけではない。

 彼らは他国周囲に攻め入るでもなく普通に生活し、穏やかに生きているのだ。

 特殊な性質を持っているが故に、弱者の方もそんな国が存在するという認識しかなく気持ち穏やかにしていられるとも言える。

「…ゴクリ」

 しかし他国に対して攻め入る意思はないと公式に宣言されようとも、弱者たる周りの国々がそれを馬鹿正直に真に受けることはできない。何せ相手のちょっとした行動ひとつでウッカリと国や人類に害がなされる可能性もあるのだから。

 たとえ僅かであろうとも事前に何かしらの情報を知ろうと行動を起こす必要もあるのだろう。

 それで幾人もの帰らぬものが生まれようとも。


「…はぁ」

 与えられたこの国に関する情報を頭の中で反復させてみたところで現状に納得いくことはなく、自然と口から溜息が溢れる。

 情報を与えられたのはこの国に潜入、という大それたものでは無いが要は調査するため。調査するのは『強者の国』の現状と何かしらの動きの有無。そして調査を命じられたのは自分一人だという。

「(情報を得たとして、それが何だというの)」

 この国に入ってから何度目になるのかという程に、この疑問は頭の中を占めている。

 門に入って早々、小さな子供が手刀で薪を割っているのに驚いた。荷運びでは人の足音とは思えない重低音を響かせながら、持ち上げる当人以上の大荷物を軽々と持ち歩く姿に驚愕した。街中で突然起こった爆発に何事だと驚けば、辺りの人間はまた何時もの小競り合いかと平然としている様子には最早どう驚けばいいのかも分からなくなってしまった。

「っ!」

 これが日常生活の一部でしか無い。いや、一部ですら無いだろう。こんなモノの集まりが何かするという事前情報を仕入れたとして、自分たちが何を出来るというのか。国として集まっても対抗できる気がせず、逃げ出すにもどこに逃げればいいのか逃げる先が存在するかも分からない。考える度に頭が痛くなることである。

「あぶなぃ!」

 力のない瞳で視線を転じた。

 その先には大騒ぎをするのは数人の男たちが席を囲んでいる。言葉としてはおかしな表現だが、要は全くもって声を潜められていないのだ。少し前からこの状態が続いているのだから 誰かしら、それも彼等の注目している先の者が反応してもいいような者なのだが…いつもの事なのだろうか。

 状況に困惑して眉をしかめる。

 先ほどから騒いでいるのは一目で分かるほどに強靭な肉体を持つ男達。私がこの建物に入ってきたときの、その眼孔から放たれた威圧に圧倒的な力量差を感じたので間違いはない。この国の住人、たった一人でも国を相手取れるような者達だ。

 その強者達が今、その厳つい眉をハの字に曲げて情けない声を出していた。

彼等の視線の先を辿れば、そこには重そうな樽を運ぶ深緑色の髪の素朴な服を着た少年の姿。強者ばかりが集まるこの国にしては珍しい光景だろう。なにせこの国には稀少な弱者の姿なのだから。

 

 強者達が外部へと攻め込まないその理由、彼等が持つ特有の性質がコレらしい。

 『弱者を虐めるべからず、そっと見守り慈しもう』

 そんな性質が彼等の根底に存在していると聞かされた時は話した男の頭を本気で心配してしまったのだが、割と本気で少年を心配しているハラハラしている姿をこうして見てしまうと何とも言えない気持ちになってしまう。

「……はぁ」

 そんな気持ちが溜息となって口からこぼれた。

 手の中の木の杯には随分前から少しずつしか目減りしていないお茶、そこに少女の顔が写り込んでいた。15歳を迎えたばかりとはいえ、成人しているにしては幼い顔立ちを困惑に歪め、そう長くない薄金色の髪がその表情をさらに影を落とさせる。視線を落とせば着慣れない法衣が目に映り、新品特有の生地が肌をむずつかせる。装備はすべて新品、この任務の為に与えられたものだ。

 むぅと静かに呻き声を上げて、辺りに視線を散らす。

 少し大きめな部屋。部屋に入ってすぐ大きな掲示板、そこには色とりどりの張り紙がされている。その左手奥にはカウンターがあり、複数の窓口がある。右手側にはテーブルが並んでおり、軽食が取れる形となっている。

 此処は『一応』冒険者ギルド。

 旅の途中で立ち寄った街ではまずは冒険者ギルドへ立ち寄ってその街周辺での情報を集めるのだ、と耳にした記憶を思い出してこうして立ち寄ったのだがこの国での冒険者ギルドは一風変わっていることに扉をくぐってから思い出したのだ。

 通常の冒険者ギルドはどこかの国に属することはなくとも、一つの組織が元を締めている。そこに複数の冒険者が登録し、モンスター討伐や盗賊の捕縛、旅商人の護衛、新規開拓地への調査などを依頼したり受けたりする場所だ。

 しかしこの強者の国の冒険者ギルドは『一応』というものでしかなく、その実がただの寄合い所でしかない。これは元締めが別である事が発端である。

 本来新規でギルドを建てる時は冒険者ギルドの方がその国々に誘致を打診するのが普通なのだが、こと強者の国ではそれを行わなかったのである。強者の国とは関わりになりたくないという気持ちと、強者達に方々で暴れる理由を与えてたまるかという思惑から強者の国へ冒険者ギルド設立を拒否したのだ。強者の国からの打診すらも冒険者ギルドがのらりくらりとかわし続け、その結果痺れを切らした強者の国が独自にそれらしい場所を作ったのである。それがこの場所、強者達ゆえに依頼すべきことも自己解決してしまうが為にただの寄合所と化してしまった形だけの強者の国の冒険者ギルドである。

「………」

 何度目かにもなる溜息ももう音にもならない。

 これからどうしたらいいのか。とりあえず国に命令された通りに強者の国に入国はしたものの、其処からは何を調査すればいいのかは指定されていない。

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