2ー42  明朗な王様

まおダラ the 2nd

第42話 明朗な王さま



ーードォン、ドォン!


大きな太鼓の音がふたつ。

それが鳴り止んでから、扉の向こうで間延びしたような声が上がる。



「セロ王弟殿下、レジスタリア王女シルヴィア様、ご来城ぉ~」



そして、謁見の間と通路を隔てている扉が、ゆっくりと開かれていった。

この先にはグランの王様がいる。

遠くにある玉座に座っている人がそうなのだろう。



「ずいぶんと簡略化されたものだ。謁見までに半日はかかると踏んでいたがなぁ」

「へぇー。簡略化って、何か事件でもあったんスかね?」

「それ、お父さんのせいかな。すっごい怒ったんだよね?」

「そうらしい。その結果随所変更したようだが……あれこれ思考したらしい。ご登城をやめた思えば……」



ククッとセロさんが苦笑した。

どういった意味を込めたのかは、私にはわからなかった。


扉が開ききると、セロさんを前にして私とテレジアは進んでいった。

そのまま赤いカーペットを歩き、玉座の前まで。

そしてセロさんがひざまづいたのを見て、私たちもそれに倣った。



「第八王子セロ、ただいま参上いたしました」

「セロ、止さないか。他国の目の無い中で形式ばった挨拶をするでない」

「後ろに居られるのはレジスタリア王のご息女ですが? さらにはプリニシアの……」

「では尚更であろう、魔王殿の娘御であればな。さぁ、膝をつくのも止めてくれ。またあのお方に叱られてしまう」



グランの王様が快活に笑った。

どうやら気楽に接して良いらしい。

慣れない堅苦しさから解放されるのは、素直に嬉しかった。



「兄上、あなたは国王陛下なのですから。もっと威厳を持たれませ」

「慣れぬな。私は部屋に籠って魔道具の研究に没頭しているのが、調度良いという人間なのだ」

「腹をくくるべきでしょう。王座に就いてもう10年にも及ぶのですから」

「私はその器でないぞ。セロに譲りたいくらいだ」

「滅多なことを! 国が乱れますぞ!」

「冗談だ、真に受けるな」



弾けたように王様が笑った。

ざっくばらんで、陽気な人なんだなぁ。

ちなみに王様はセロのお兄さんらしいけど、そこまで若くはない。

兄と言うより叔父と言った方がピンとくるくらいだ。



「やれやれ。随分とご機嫌が宜しいようで」

「わかるか? 魔道具の研究が順調でな。すこぶる気分が良いわ」

「ほう。また何か発明されたので?」

「そうだ。これは世界を変えてしまうかもしれんな。詳細は完成してから教えてやろう」

「……では我らは仲間はずれ、と」

「拗ねるな。そなたは発表の折りに、家臣どもと揃って驚けば良いのだ」

「人の驚く顔が見たいと。そのような振る舞いは相変わらずですな」

「当たり前だ。生来の気質などそうそう変わらんよ」



ニヤリ、とその顔が歪んだ。

イタズラを企んでいる顔……の濃度を色濃くした感じ。

ちょっとだけ邪悪な感じがしないでもない。

大人がそんな表情をすると、自然と弱い『悪意』みたいなものが出てしまうのかもしれない。



「さて、シルヴィア王女殿。聞くところによると、人買い連中を追っているとか?」

「ええ。正確には『人買いも』かな。困ってる色々な人たちのことを助けたいの」

「そうか。それは殊勝なことだ。人助けを率先してやるなど、考えはしても実践する者は少ない」

「グランはどう? 何か困ってそうな人とか、亜人とか」

「特に報告はあがっておらんな。プリニシア程ではないが、我が国も亜人融和策を取っておる。いわゆる亜人差別や弾圧は無いはずだ」



前までの自分だったら『人買い集団を探している』と即答していたと思う。

でも、今は違った。


ーー巨悪を叩け、未来が変わる。


その言葉が影響しているんだと思う。

まだ確信は無いけど、誘拐騒動だけを追いかけてもダメな気がしていた。



「不法行為を働く者が居れば教えてくれぬか? さすれば、屈強なる王国兵をすぐに向かわせるであろう」

「ありがとう。その時間が許されるなら報せるわね」

「くれぐれも無茶をせぬように。そなたに危険が及べば、我が国は灰塵と化すであろうからな」



私はその言葉に答えなかった。

通報をするだけじゃ、人から信頼は得られないからだ。

そして、極力自分の力で解決したい。

そんな想いが返事をさせなかったのだ。


グランの王様との会談は終わると、私たちは街へと向かった。

セロさんとはここでお別れ。

彼は宿に泊まらずに、その日のうちに帰るらしい。


ーー愛する妻と子が、私を待っている。


凄く凛々しい顔で、そんな言葉を置いていった。

そんな真っ直ぐな愛情が羨ましく思う。


なので私、テレジア、ケビンの3人で宿を借りた。

コロちゃんは城壁の外の森に待たせてある。

あの子だけ仲間はずれになってしまうのが、ちょっと可哀想に思う。

ヤポーネだったら街中にも入れるのになぁ。

窓から外を眺めていると、ベッドに寝転がったテレジアがポツリと言った。



「グランの王様……ヤバイッスね」

「ヤバイって、何が?」

「アタシって人の嘘に敏感なんスよ。姉ちゃんの一件以来、そういうのが気になっちゃって」

「それって、あの王様が嘘をついてたって言いたいの?」

「いやぁ、嘘というか何というか……。あの人、頻繁に笑ってましたよね?」

「まぁ、明るい人だったね。声をあげて笑ってたしさ」

「あの人の目、全然笑って無かったッスよ。それどころか、こっちの事をつぶさに観察してたッス」



ちょっとだけ胸が騒いだ。

その言葉に心当たりがない、訳じゃないから。



「何だっけ、ショセー術でしょ? 王様なんだから、色々あるんじゃない?」

「まぁそうかもしんないッスけど。気楽にしろって言われた後でしたから……」

「気にしすぎだって。あんまり疑っても可哀想だよ?」

「まぁ、そッスね。今のは忘れてください!」



ーーボフン。

テレジアは寝転がった姿勢で半身を起こして、再び枕に顔を埋めた。

そして……。



「ンガァァアアーーッ」

「えぇ? テレジア?」

「ンゴォォオオーーッ」

「……まさか、もう寝ちゃったの?」



さっきまで話してたのに。

ほんの一呼吸枕に顔を埋めただけなのに。

もう熟睡してしまった。

もしかすると、彼女は疲れているのかもしれない。

やる事も無い訳だし、ここはゆっくりと寝させてあげよう……。



「んごおおおーー!」

「ケビン、真似しなくっていいの」

「んがぁぁあーー!」

「シィーッ! 静かになさい!」



テレジアのイビキに合わせて、ケビンまで騒ぎ始めた。

ベッドで手足をバタつかせながら、大声を叫び始めたのだ。

私が注意すると、さらに動きが激しくなって埃が辺りに舞った。

叱られて喜ぶってどうなの?



「ほら、静かにしてったら! テレジアが起きちゃう……」

「ンゴゴゴゴォーッ!」

「……様子は無いわね」



思い出した。

テレジアの趣味は寝ることで、滅多なことでは目を覚まさないのだ。

大事な仕事の日も寝過ごすほどの剛の者たった。


それは良いのだけど、もう少し大人しく寝てほしい。

少なくとも、宿屋みたいな密閉空間においては。

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