2ー41  謎の老人

まおダラ the 2nd

第41話 謎の老人



孤人の兄妹と、獣人のおじいさん。

それがオーク迎撃軍の全てだった。

だけど、その見かけの頼りなさを大きく裏切って、被害のひとつ出さずに防衛してしまった。



「ほう、これはまた大きな力を秘めたお嬢ちゃんだのう。悪ぅない、悪ぅないぞ」



穏和な声で私に話しかけてきたのは、そのおじいさんだ。

真っ白で長い髪にヒゲ、そして純白のローブを着込んでいる。

遠くから見ると白い塊にしか見えなかった。



「じゃが、お前さんには印が出ておらん。選ばれはせんかったか」



私の右手は、何故か剣へと伸びた。

尻尾は自由を奪われたように震え、耳は力なく倒れてしまう。

歯がカチカチと鳴るのを止めるのが精一杯。


ーーこの人は危険だ!


言葉にしようのない恐怖が私を包み込んでいた。

頭の中どころか、体の毛先ですら警告を発しているのだ。

そんな私に対して、おじいちゃんの声は一層丸みを帯びるようになる。



「そんなに怯えんでもよい。ワシはなぁんにもせんよ?」

「あなたは……何者なの?!」

「ただのお節介焼きじゃ。下らん策謀で数多の命が散ろうとしたから、横やりを入れただけじゃ」

「そう、ですか。コロナを救ってくださってありがとうございます」

「オークの頭としても礼を申す。ご助力に心より感謝致す」



相手から目線を外さないようにしつつ頭を下げた。

3人とも特に気にするでもなく、怪しい素振りは見せなかった。

特に狐人の2人はこっちを見ようとすらしていない。



「オークの頭とやら。この者たちが目を覚ました後の方が大変じゃろうが、キチンと説得する事じゃな」

「必ずや。全員を再度気絶させてでも連れ帰る所存。ご老人よ、同胞は襲撃者を追いかけていたはずだが、見かけはしなかったであろうか?」

「ワシらがここに着いたときには居らなんだ。恐らく幻術をかけられていたのであろう。幻影の敵を追い続けたという訳じゃな」

「そうであったか……。おのれ! 近くにおれば八つ裂きにしてやるものを!」



おじいさんは静かに顔を綻ばせた。

それがどういう気持ちから生まれたものかは、私にはわからない。

感情を読もうと思考を巡らせていると、おじいさんの顔がゆっくりと私に向けられた。



「ときにお嬢さん、名をなんと言うかね?」

「私は、シルヴィアと、言います……」

「ほぉ。そなたがあの獣人かね。さもありなん、さもありなん。筋は良いが、そなたでは無さそうじゃな」

「それはどういう意味です?」

「うんにゃ。年寄りの独り言じゃ、気にせんでくれ」

「はぁ、そうですか……」



おじいさんは顎ヒゲを撫で付けつつ、どこか寂しそうに言った。

発せられていた気のようなものも、少しばかり萎んだような気がする。



「お前さんよりも、向こうの少年の方が可能性がありそうじゃ。あの犬ッコロの背に乗っておる子じゃな」

「ケビンですか? あの子がどうかしましたか?!」

「気を付けなされ。お前さんたちは今後、大きな流れに呑まれていくであろう。欲に塗れた汚泥のごとき濁流に」

「欲? 濁流? 一体何の話ですか!」



風が吹き出した。

いや、このおじいさんに向かって、風が集まり始めたのだ。

木の葉を連れた渦のようなものが、おじいさんと2人の付き人の側で回りだす。



「良いか、心するのじゃ。本当の悪とは、容易に尻尾を見せん。恐ろしく狡猾であり、表に出ようとはせんのじゃ」



風は徐々に強くなり、いつの間にか突風のようになった。

私たちは引き込まれないように姿勢を保つだけで精一杯となる。



「小悪に惑わされず、巨悪を叩け。さすれば未来は変えられるであろう」

「待ってください! 順を追って説明を……!」

「しばし、別れじゃ。次に会える日を楽しみにしておるよ」



風の渦は竜巻のようになっていた。

細く、高く、鋭く快晴の空へと伸びて……。


そして消えた。

私たちと、まだ目覚めないオークの集団を残して。



「シルヴィアお嬢様ー! 今の竜巻はなんスかぁー?」

「ママァ! へいき?!」



テレジアたちも遅れてやってきた。

あの竜巻はなんだったのかなんて、こっちが聞きたいくらいだ。

要領の得ない言葉を何度も繰り返し、ようやく話を伝えることが出来た。



「なんか、超絶怪しいジジイ。大丈夫ッスか? エロい事されてません?」

「大丈夫だから。優しそうな人だったよ」

「でも、怖かったんスよね? 指が強張ってるッスよ」

「ママへいき? いたいとこ、ない?」

「ありがとう、ケビン。全然平気よ!」



ケビンが両手で私の手を包み込んだ。

私の手よりも遥かに小さなそれは、懸命に指を開いて。

子供というのは敏感な生き物だ。

私の感情の変化を直ぐに察したらしい。

そう、私はもう守る側の立場なんだ。

少なくとも、この子の前で情けない姿は見せられない。



「シルヴィア殿。歓談中すまんが、敵襲のようだ。構えられよ」

「えっと、あの人たちは……!」



コロナの方から100人程の軍勢が押し寄せてきた。

先頭で率いている人には見覚えがある。



「セロさん!」

「シルヴィア殿?! オークの軍勢が攻めてきたと言うからやって来たが、何か大事であったか?!」

「ええと、順を追って説明するね?」



人族と亜人の混成軍だ。

みんな血が騒いでいるのか士気が高かった。

こっちはこっちで静めなきゃいけないのか、大変な事になったなぁ。



「……ふむ。謎の襲撃者に、謎の老人に狐人か。何が何やらサッパリわからんな」

「だよね。私たちもそうなの。それはさておき、戦闘にならなくて良かった」

「ジアス殿……と言ったな? このオークの集団にはお引き取りいただけるのかな?」

「領主殿よ、多大なご迷惑をおかけした。全員を殴り付けてでも連れ戻そうと思う」

「そ、そうか。なんとも激しいものだ」

「ジアスさん、これからどうするの? 魔法で起こす?」

「いや、自然に起きるのを待とう。さすれば幻術とやらも解けるであろうからな」



気絶しているオークの顔は、様々な表情だった。

苦痛に歪んでいるもの、悲しそうに弛緩させているもの、ちょっと楽しそうな夢見心地のもの。

確かに今の時点で、幻術が解けてそうな子も居そうだった。



「さて……すまんが、外してもらえるか? 他種族が居るとなると、こやつらがまた興奮するやもしれん」

「そうなの? 説得を手伝おうと思ったけど」

「遠慮させていただこう。そもそも言葉でケリを付けぬ」



ーーバシンッ!

ジアスさんの拳が彼の掌を鳴らした。

穏便な解決方法じゃないらしい。

森に潜んで研究をしているタイプ……には見えないんだけど。



「短い間であったが、ここで別れるとしよう。世話になった」

「そんな! 私たち何もしてないよ?」

「それは結果論だ。実際心強くはあったのだ」

「というか、出会い頭に攻撃しちゃったッスよね……」

「そうだったわね。ごめんなさい……」

「フハハッ! 怪我は無かったのだし、良いではないか! 律儀な事だな」



ジアスさんの笑い声おっきいな。

体がビリビリ震えたよ。

その厳つい顔はというと、笑顔になっても怖いままだ。



「さらば、律儀な者たちよ。落ち着いた頃に里へ参られよ。そなたらであれば歓迎しよう」

「そうね。そのうち遊びに行くわ、元気でね」

「こわいおじちゃん、またね?」

「うむ、また会おう!」



別れを告げた私たちは、セロさんの元へ歩いていった。

コロナの皆さんはというと、毒気を抜かれたような面持ちだ。



「……シルヴィア殿、良いのか? あの者に任せてしまっても」

「大丈夫だと思うよ? 物凄く強いし」

「ふむ。貴方がそこまで言うのであれば、相当な手練れであろう。実直なようであるし、ひとまずは信頼しよう」

「……そうね。信頼、しようね」



信頼。

ジアスさんは会って間もないセロさんから、早くも一定の信用を得たみたいだ。

こういう形で人から信頼される形もあるんだなぁ。


お父さんは、多くの人から信用されろと言っていた。

それが私たち親子を守ってくれるとも。

だから私は、ジアスさんからも学ぶべきだろう。


ひとまず、もっと大きく、そして太ればいいのかな?

太るのはデメリットが多いけど、その代わり胸元にも肉が集まるよね。

これまで散々に貧相だ、寒そう、焼け野原、地平線から日の出だなんてバカにされ続けたこの上半身にも脚光を浴びる日が来るわけで巨大な双房で相手の暴言を封殺どころか圧殺する力が備わる……。



「そうだ、シルヴィア殿。……シルヴィア殿?」

「え? ごめんなさい。なぁにセロさん?」



いけない、つい心の闇が。

漆黒の熱意が私をコンガリ焼いていた。

これ……私まで幻術にかかってるって事は無いよね?



「先日通達があったのだが、兄上……もといグラン王と会えそうだ。よかったら貴方も一緒にどうかね?」

「付き添ってもいいの?」

「問題ない。何せ魔王殿の娘御をお連れするのだ。褒められこそすれ、叱責を浴びることは決してあるまい」

「そうなんだ、じゃあよろしくね!」



私の声は想定以上に明るかった。

でも本音というと、声色から程遠い。

ふと何故か、嫌な予感がしたからだ。

胸の奥を大きな手で握られたかのような、不思議な違和感。


これが気のせいであって欲しいと、心の中で願うのだった。

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